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8章:実力の片鱗

 そして放課後。


 俺がセレスティアお嬢様の帰り支度を手伝っていると、案の定というか、面倒な輩が絡んできた。

 昼間の授業で、他の生徒たちがセレスティアお嬢様と俺の関係をあれこれ噂していたから、それを快く思わない連中が出てくるだろうなとは予想していた。

 

 いかにもガラが悪そうな、上級生の男子生徒の三人組だ。

 制服をだらしなく着崩し、腰にはそれぞれ魔剣を差している。


「よぉ、セレスティア。ずいぶんと変わった趣味をお持ちのようだなぁ?  魔剣も持てねえような雑魚を護衛にするなんて、俺たち上級生をコケにしてんのか、ああん?」


 リーダー格の男が、下卑た笑みを浮かべてセレスティアお嬢様に詰め寄る。

 取り巻きの二人もニヤニヤしながら威圧するように立ちはだかる。

 よくある、弱い犬ほどよく吠えるってやつだ。


 セレスティアお嬢様は、心底面倒臭そうに、長くて美しいプラチナブロンドの髪を指でくるくるといじりながら、小さくため息をついた。その仕草すら、なぜか絵になるのがこの人のすごいところだ。


「あら、これはこれは、バルガス先輩ではございませんか。わたくしが誰を護衛にしようと、先輩方には関係のないことかと存じますが?  それとも、何かご不満でもおありで?」


 その声は鈴を転がすように愛らしいが、どこか冷ややかさが含まれている。


「関係なくねえだろうがよぉ!  お前みてえな有望なAランク様が、そんなゴミムシを連れ歩いてちゃあ、エルドリッジ家の名折れだろうが!  それとも何だ?  よっぽど特殊なご趣味でもおありなのか?  ああ?  俺様が代わりにその護衛とやらを躾けてやろうか?」


 バルガスと呼ばれた男は、ニヤニヤと顔を近づける。

 その目は完全に獲物を見る獣のそれだ。

 ゴミムシって言ったな、こいつ。

 セレスティアお嬢様に言われるのはまあ、諦めてるけど、こんなチンピラにまで言われる筋合いはねえぞ。


 セレスティアお嬢様の眉が、ピクリと動いた。

 空気が一瞬にして凍りついたように感じる。


「……よろしいですわ。では、手早く終わらせましょうか。わたくし、これから王都で評判のパティスリーの、限定マカロンの詰め合わせを買いに行かなければなりませんので。売り切れてしまったら大変ですわ」


 彼女が、ゆっくりと腰の【星刃アステライト】に手を伸ばす。

 その瞬間、空気が変わった。

 ビリビリとした緊張感が、訓練場全体を包み込む。俺は、本能的に察知した。


 これ……昨日の商店街で暴漢を一蹴した時とも、また違う……!

 この人、本当は……一体どれだけの力を隠してるんだ……!?


 セレスティアお嬢様から放たれる気配は、ほんの一瞬だったが、まるで絶対零度の氷塊を叩きつけられたかのような、圧倒的なプレッシャーだった。

 それは、昨日暴漢どもを一瞬で薙ぎ倒した時よりも、さらに凝縮された、純粋な「力」の奔流。


 バルガスたち上級生も、そのただならぬ気配に、本能的な恐怖を感じたのだろう。

 顔色を変え、ゴクリと唾を飲み込む音が聞こえる。

 さっきまでの威勢はどこへやら、明らかに動揺している。


「な……なんだ、今の……殺気か?」

「急に……背筋が凍るような……こいつ、本当にAランクかよ……?」


 しかし、セレスティアお嬢様は、次の瞬間にはいつもの涼やかな、しかしどこか面倒臭そうな表情に戻り、ふわりと【星刃アステライト】を抜いた。

 その刀身は、夕日を浴びて妖しいまでに美しく輝いている。


「では、お手合わせ、よろしくて?  あまり時間をかけたくありませんので、三人まとめてかかってきてくださってもよろしくてよ?」


 結果は、言うまでもなくセレスティアお嬢様の圧勝だった。


 だが、その戦いぶりは、明らかに手を抜いているのが見て取れた。

 昨日、暴漢たちを瞬殺した時のような、圧倒的な神速の剣技は見られない。


 まるで、ダンスでも踊るかのように軽やかにバルガスたちの攻撃を避け、的確に、しかし決して致命傷にはならない程度の反撃を加えていくだけ。


 時折、「あら、その魔剣、なかなか良い輝きですわね。もう少し手入れをすれば、もっと美しくなるでしょうに」なんて、戦闘中とは思えないような呑気なコメントまでしている。

 

 それでも、Bランク魔剣使いのバルガスたちは、三人掛かりでも全く手も足も出せずに打ちのめされたのだが。

 最後は、リーダーのバルガスが泣きそうな顔で「ま、参りました!」と叫んで、地面にへたり込んだ。


 やっぱり……この人、とんでもない実力を隠してる……。

 ただのAランクじゃない。

 もしかしたら、Sランク……いや、それ以上なのかもしれない。

 王国でも最強クラスなんじゃないか……?


 戦いが終わり、打ちひしがれるバルガスたちを一瞥もせず、セレスティアお嬢様は優雅にその場を後にする。

 その額には汗一つかいていない。


「さ、レン。行きましょう。マカロンが売り切れてしまいますわ」

 

 その後ろを歩きながら、俺は確信に近い思いを抱いていた。

 このお嬢様、ただの変態じゃなくて、とんでもないバケモノだ。


「ねえ、そこのゴミムシ」


 不意に、セレスティアお嬢様が足を止め、振り返りもせずに俺に問いかける。

 

「あなたも、何か隠していらっしゃるんでしょう?」

「え……?」


 ドキリとした。

 なぜ、この人はそんなことを?


「あなたのその【負けん】という能力……ただ『負けない』だけではない、何か特別なものがあるような気がするのですけれど。わたくしの【星刃アステライト】の攻撃を、あれほど容易く受け流せるなんて、尋常ではありませんわ」


 彼女はゆっくりとこちらを振り返り、翠緑の瞳で俺をじっと見つめる。

 その瞳は、全てを見透かすかのように、深く、そしてどこか楽しんでいるようにも見えた。


「お互い様、ですわね♡  これから、あなたの秘密も、少しずつ暴かせていただきますわ。ふふっ」


 そう言って妖艶に微笑むセレスティアお嬢様。


 俺の【負けん】と、彼女の隠された本当の実力。

 お互いに、まだ相手に知られていない秘密を抱えている。


 なんだか、とんでもないお嬢様の護衛になってしまったらしい。


 俺の異世界ライフ、これから一体どうなっちまうんだ……?

 そんな大きな不安と、ほんの少しの期待がない交ぜになった感情を胸に、俺は夕焼けに染まる王都の空を見上げた。

 

 この変態で最強のお嬢様との奇妙な関係は、まだ始まったばかりだ。

 

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