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4章:【負けん】能力本格発動

「危ない!」


 俺は咄嗟に彼女の前に飛び出す。

 暴漢の一人が、ニヤニヤと下品な笑みを浮かべながら、手に持った幅広の魔剣を、俺の頭上めがけて力任せに振り下ろす!


 ――来る!


 俺はギュッと目をつぶった。

 衝撃に備える。


 南無三!


 キィィィンッ!!


 鈍い金属音。

 しかし、想像していた脳天をカチ割られるような衝撃は全くない。

 代わりに、手ごたえのなさに驚いたような暴漢の声が聞こえる。


「な……なんだ、てめえ!?  硬え!」


 恐る恐る目を開けると、目の前の暴漢が、目を丸くして固まっている。

 

 その手元の魔剣は、確かに俺の額のあたりに当たっている……ように見えるが、間に何か見えない壁でもあるかのように、ピタリと止まっていた。

 まるで磁石の同じ極同士を近づけたみたいに、それ以上俺に触れることができないでいる。

 

 おお、これが【負けん】の能力か!

 女神の奴、胡散臭かったけど、効果は本物だったらしい!


「何してやがる、さっさとそいつを片付けろ!」


 他の暴漢たちも、次々と俺に斬りかかってくる。

 鋭い刃を持つサーベル型の魔剣、重そうな戦斧型の魔剣、どれも一撃で人間をミンチにしそうな凶悪な見た目だ。

 

 だが、その全てが、まるで分厚い鉄板にでも当たったかのように、カンカンと虚しい音を立てて弾かれる。

 俺自身も、正直驚いていた。


 これが……俺の【負けん】の能力……こんなにハッキリと効果が出たのは初めてだ……。

 すげえ、本当に攻撃が全く効かない!

 致命傷を負わない、気絶しない、心が折れない……どころか、そもそもダメージ自体を完全にシャットアウトしてるっぽいぞ!?


 俺は無傷。

 痛みもなければ、衝撃すら感じない。


 そんな俺の様子を、さっきまで魔剣にうっとりしていた美少女令嬢は、暴漢たちそっちのけで、なんだかキラキラした目で見つめている。

 その瞳は、さっき魔剣を見ていた時とはまた違う、純粋な好奇心に満ちているように見えた。

 獲物を見る目、というよりは、珍しい虫でも見つけた子供のような、無邪気な探求心。


「実に興味深いですわね。魔剣をお持ちでないのに、なぜ、あれほどの攻撃を受けて平然としていられるのかしら?」


 彼女の呟きが、やけにクリアに聞こえた。


 いや、お嬢様、感心してる場合じゃないと思うんですけど!

 こっちはいつまでこの暴漢たちのサンドバッグ役を続ければいいんですか!?


 俺が内心でそんなツッコミを入れていると、暴漢たちのリーダー格と思しき男が、業を煮やしたように叫んだ。


「何なんだ、このガキは!?  全然効かねえじゃねえか!  こうなったら、あの女の方を先に――」


 その言葉が終わるよりも早く、ふわりと、まるで羽のように軽やかに、お嬢様が一歩前に出た。


 その手には、いつの間にか、星の光を凝縮したような、細身で美しい魔剣が握られている。

 刀身は白銀に輝き、つばには精緻な星の意匠が施されている。

 間違いなく、とんでもない業物だ。


 次の瞬間、シュンッ! と空気を切り裂く音とともに、彼女の姿が霞んだ。


 かと思えば、さっきまで威勢よく魔剣を振り回していた暴漢たちが、まるで操り人形の糸が切れたかのように、バタバタと面白いように地面に崩れ落ちていく。

 一人、また一人と、声もなく倒れていく。

 

 何が起こったのか、俺の目では全く捉えられなかった。


 ただ、最後に残ったリーダー格の男が、信じられないものを見たかのように目を見開いたまま、「ひっ……」と短い悲鳴を上げた直後、首筋に手刀のようなものを叩き込まれ、白目を剥いて昏倒したのがかろうじて見えただけだ。


「え……?  い、今、一体何が……?」


 あっけに取られる俺を尻目に、彼女は盗まれた魔剣を一本一本丁寧に拾い上げ、恍惚とした表情で頬ずりしたり、匂いを嗅いだりしている。


「ああ……この冷たい鉄の肌触り……この微かに香る魔力の匂い……たまりませんわ……♡  やっぱり実物を手に取ると、興奮度が違いますわね!」


 やっぱりこの人、完全にヤバい……!

 しかも、あの暴漢たちを一瞬で……とんでもなく強いじゃないか!


 俺が呆然と立ち尽くしていると、彼女は一通り魔剣の感触を堪能し終えたのか、満足げな表情でこちらを振り返った。

 そして、悪戯っぽくニッコリと微笑むと、こう言ったのだ。


「わたくしはセレスティアと申します」


 お嬢様は丁寧におじぎした。

 

「ねえ、そこのあなた。わたくしのこの【星刃アステライト】の攻撃も、あなたには効かないのかしら?  ちょっと、試してみてもよろしくて?」


 言うが早いか、彼女は手に持った【星刃アステライト】を、軽く、本当に遊びのようにヒュンと振るった。


 さっきの暴漢たちの攻撃とは比べ物にならないほどの鋭いプレッシャーを感じる。

 並の人間なら、その風圧だけで吹き飛んでしまいそうだ。


 というか、普通の騎士でもまともに受けたらただじゃ済まないだろ!


 しかし――。


 パシィンッ!


 乾いた音。

 

 俺の体に触れた【星刃アステライト】は、まるで子供のチャンバラごっこの剣のように、あっさりと弾かれた。

 もちろん、【負けん】の能力のおかげだ。

 

「………………………………え?」


 美しい翠緑の瞳が、信じられないものを見たかのように大きく見開かれている。

 さっきまでの恍惚とした表情はどこへやら、今はただただ、純粋な困惑だけが浮かんでいる。

 完璧に整った顔立ちが、わずかに引きつっているようにさえ見える。


「な……なぜ……? なぜ、このゴミムシに……わたくしの【星刃アステライト】の一撃が、全く、これっぽっちも、効かないのですのぉぉぉっ!?」


 彼女の甲高い絶叫が、夕暮れの高級商店街に虚しく響き渡った。


 ……うん、ゴミムシって言ったな、この人。

 訂正する気はないらしい。


 これが、俺と、魔剣フェチで実は最強たぶんの変態令嬢セレスティア・ヴォン・エルドリッジとの、なんとも奇妙で、そして衝撃的な出会いだった。


 俺の平穏な(?)異世界ライフは、どうやらこの瞬間、終わりを告げたのかもしれない。

 

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