3章:セレスティア登場
相変わらずネズミ駆除とスライム退治という、地味すぎるコンボ依頼をなんとかこなした後、俺は王都の目抜き通りをトボトボと歩いていた。
ここは貴族や金持ちが買い物に来るような高級商店街で、ショーウィンドウには目が飛び出るような値段のドレスや宝飾品、そしてもちろん、俺の憧れの対象である高級魔剣なんかがズラリと並んでいる。
普段の俺には全く縁のない場所だ。
ただ、貧民街にある俺の安アパートへの近道なんだよな、ここを突っ切るのが。
衛兵の目も光ってるし、治安も比較的良いから、チンピラに絡まれる心配も少ない。
きらびやかなショーウィンドウに飾られた、いかにも高級そうな魔剣や魔道具を横目に、「はあ、いつかあんなのの一つでも手に入れられたらなあ」なんて、叶わぬ夢をぼんやり思い浮かべながら歩いていると、不意に前方が騒がしくなった。
何だ? 何かあったのか?
「強盗だ! 魔剣専門店の『エルドラド』に強盗が入ったぞ!」
「誰か騎士団を呼べ! あいつら、高ランクの魔剣を何本も盗んでいったらしい!」
人々の悲鳴と怒号が飛び交う。
道の両脇に立ち並ぶ高級店の店員や客たちが、パニックになったように右往左往している。
見ると、黒い覆面で顔を隠した、見るからに悪人面の数人の男たちが、件の魔剣専門店『エルドラド』――確か王都でも屈指の品揃えを誇る老舗だったはず――から飛び出してくるところだった。
その手には、見るからに高価そうな、鞘から抜かれギラギラと不吉な輝きを放つ魔剣が何本も握られている。
中には、明らかにAランク以上はありそうな、禍々しいオーラをまとったものまである。
「どけ、雑魚ども! 道を開けろ! 邪魔するやつは斬り捨てるぞ!」
暴漢たちは、そう怒鳴りながら、逃げ惑う人々を蹴散らして、こちらに向かってくる。
ヤバい、こっちに来る!
数が多いし、何より全員が強力な魔剣を持っている。
下手に逆らったら、間違いなくミンチにされる。
俺も慌てて逃げようとする。
人の波に逆らうようにして、路地裏にでも隠れようとした、その、瞬間だった。
「きゃあああっ!」
小さな悲鳴とともに、逃げ遅れたらしい小柄な少女が、暴漢の一人に乱暴に突き飛ばされ、ドサッと石畳の上に尻餅をつく。
まずいことに、その場所は、ちょうど暴漢たちの逃走経路のど真ん中だった。
そして、運が悪いことに、その少女は俺のほんの数メートル目の前に倒れ込んできたんだ。
うわっ、マジかよ!
このままだと、あの子、踏みつけられるか、最悪、魔剣の餌食になるぞ!
「大丈夫か!?」
俺は思わず駆け寄り、少女を庇うように身を乗り出す。
暴漢どもはもう目と鼻の先だ。
少女は腰を抜かしたのか、怯えた目で俺を見上げている。
クソっ、どうする!?
俺に魔剣があれば、こいつらを追い払うくらい……いや、無理か。
相手は複数、しかも見るからに手練れだ。
すると、まさにそのタイミングで、どこからともなく、鈴を転がすような、しかし妙にテンションの高い、場違いなほど優雅な声が響いた。
「あらあら、随分と威勢のいい方々ですこと。そして……まあ! なんて美しい魔剣たちを、そんな無粋な手でお持ちなのかしら!」
声のした方を見ると、そこには、プラチナブロンドの美しい髪を風になびかせた、とんでもない美少女が立っていた。
歳は俺と同じくらいか、少し下か。
上質な生地で作られた、いかにも高級そうな青いドレスを身にまとい、その佇まいはまるで絵画から抜け出してきたお姫様のようだ。
翠緑の瞳は、しかし、暴漢たちが持つ魔剣に釘付けになっている。
その瞳は、なんだかこう、獲物を見つけた肉食獣……いや、もっとこう、ねっとりとした、尋常じゃない光をたたえていた。
「ああ……なんて素晴らしい輝き……あの反りの入った刀身の滑らかな曲線……こちらの片手剣の、力強い柄のデザイン……たまりませんわ……」
彼女の頬が、みるみるうちにカッと赤く染まっていく。
呼吸もなんだか荒くなっている。
そして極めつけは、どこから漏れ出たのか分からない、甘くとろけるような吐息。
「なんて……なんて素敵な魔剣たちなのかしら……ああ、早くその感触を、この肌で確かめたい……!」
俺は、開いた口が塞がらなかった。
え……えええ?
ダメだこの人、なんかベクトルが明後日の方向にぶっ飛んでるぞ……!?
これ、もしかして相当ヤバい人なんじゃ……。
魔剣への憧れは俺にもある。
だが、このお嬢様のは、なんていうか、方向性がヤバすぎる。
完全に「魔剣」そのものに対して、あらぬ感情を抱いていやがる!
暴漢たちも、突然現れた美少女の奇行に「な、何だこの女……頭おかしいんじゃねえのか……」と完全に困惑している。
そりゃそうだ。
俺だってそう思う。
世紀末の救世主だってドン引きするレベルだ。
だが、次の瞬間、暴漢の一人がニヤリと下品な笑みを浮かべた。
「へっ、魔剣に興味があるってんなら、俺たちといいことしようぜ、お嬢ちゃん」
まずい! この変な美少女、いくらなんでも危険すぎる!
俺は咄嗟に彼女の前に飛び出していた。
守るべきか、関わるべきでないか、一瞬迷ったが、目の前で女の子が襲われそうなのを見て見ぬふりできるほど、俺の神経は図太くできていなかった。
それに、なんだかんだ言っても、これだけの美少女だ。
助けて損はない……はずだ。




