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死ぬ程洒落にならない怖い事件簿  作者: 春山ルイ
八尺様殺人事件
9/53

帰省の終わり

 切り株には2人の人形が並んでいた。さっき九木と見たときは1人ぼっちだったはずだ。


 しばらく人形を眺めていると、後ろから樫居がやって来た。


「ここにいたのか」

「ああ」


「ここ、蘭美ちゃんの墓代わりなんだよ」


 樫居は語る。言わずにはいられなかった、というように。


「……知ってる。この人形、誰が?」


「俺がときどき洗っては、ここに置いてる。

 ……蘭美ちゃんが死んだ場所が、この辺だった。美夏ちゃんは南の森だけど、寂しくないようにって、ここに人形を2人分、供えてるのさ」


「それは……ちょっと、どうなんだ?」


 しかし結果的には、美夏が死んだ場所もこの辺だったわけで。ちょうどよかったのだろう。


 僕はふと思いついたことを訊ねる。


「……帽子とか、供えてあった?」


 樫居は驚く。


「昔のことだよ。なんで知ってんの?」


「さあな」


「いつからか、なくなっちゃったんだ。風で飛ばされちゃったのかな。対策はしてたつもりだけど……」


「なるほどな……」


 証言で裏が取れてしまった。心の底では推理が間違っていることを願っていた。

 美夏が亡くなった原因は事故で、犯人なんていない。それが一番良い結末だ。


「──でも、真実は違う」



 九木の推理を聞いて、僕はすぐにおじさんの元に向かった。おじさんの意識はあって、少しなら喋っても大丈夫、とのことだった。


「……み……かは……らみを……おした……と……いっ……た……」


「おした……? 押しただって……? 美夏は、蘭美を……」


 途切れ途切れに、掠れた声を絞り出している。


「20……ねんまえに……きに……おした……だから……あやまり……たいといった……」


 木に押した。あの切り株のことだ。美夏は幼い頃、蘭美を突き飛ばした。


「とりみだしていた……から……おれが……きいたから……」


「……おじさんが問い詰めてしまったのか」


「そんな……つもりじゃ……」


 そう言って、彼は黙った。口元をわなわな震えさせて、瞳は虚空を映している。


「おじさん」


 しばらくしてから、おじさんは呟いた。



「……して、くれ……ゆるして……くれ……」



 彼が数十年生きた末に、なにを思ったのか。自分が犯した罪を隠し続けて、いかに苦しんだのか。


 知ったことじゃない。

 と、突き放せるのなら、どれだけ楽なことか。


「……さようなら。おじさん」


 彼の罪を糾弾するつもりも、周りに触れ回るつもりもない。


 僕はきっと、死ぬまで誰にも言うことはないだろう。


   ***


「ねー」

「……」

「ねーってば」

「……」


「無視すんなー!」

「うるせぇな!」


 九木が僕の後ろを、かなり遅れて着いてくる。僕が早足で置いていってるので、遅らせているというのが正しいが。


「帰っちゃうの? 松矢田さん、アレでしょ?」


 分別があるのか、ないのか。軽い調子で「アレ」と言葉を濁す。


 おじさんが、いよいよだと知りながら、僕はその前に故郷を後にした。


 彼の歴史が幕を下ろす瞬間に、僕は怒りを覚えることも、涙を流すこともないだろう。


 僕はもう彼の顔を見られない。


「君ってさー……」


 九木は声を張る。


「言葉遣いとか態度とか、そんな感じなのに優しいよねー」


「……は?」


 つい振り返ってしまった。夕暮れが目に痛い。

 彼女は黒く長い髪を紅に染め、なんだか幻想的に見える。


 冷たいヤツ、とかなんとか言われると思った。生まれつき目つきが鋭いから、「睨んでるの?」と訊ねられることが多かった。

 

「優しいから、逃げるんだ。

 あ、馬鹿にしてるとか、そういうんじゃないからね」


「意味分からない……なにが言いたいんだよ」


「君は、人を悪く思いたくない。失望したくない。できる限り、嫌いたくない。だから自分から遠ざかることを選ぶ」


 占い師かカウンセラーのつもりだろうか? 僕は一笑して、受け流した。


「お得意の推理か?」


「楢庭さん……美夏ちゃんと蘭美ちゃんのお母さん。入院中なんでしょ? そりゃ、大事な娘を2人も、しかも同じような状況で。精神を病んでもおかしくない」


 血が熱くなる感覚があった。九木がこれからなにを言うのか、分かっていた。それも当たり前だ。


 きっと彼女は真実を言うから。僕があのとき抱いた思いを、当ててしまうから。


「あの村、特に君や楢庭さんたちが住んでいる地域には、若い人がいない。だから娘を亡くした楢庭さんは──君を恨んだんじゃないかな」


「……」


「もちろん逆恨みだ。けど……彼女にとっては当然でもあった。2人も娘が死んでしまったのに、あの家の子は、元気に成長しているってね」


 否応なく思い出す。


 ある日から感じ始めた、怨嗟の視線。充血した眼で、憎しみと嫉妬、そしておそらく……罪悪感を込めて、僕を見る。


 美夏が生きていた頃は、あの家によく遊びに行った。村には同年代が他にいないから。

 楢庭さんは、そんな僕と美夏を微笑ましく眺めていた。


 その視線の色が、禍々しく変化したのに、耐えきれなかった。


「だから、逃げた」


 僕はわざとらしくため息を吐いた。そんなことで、相手が罪悪感を抱くとは期待していなかったけれども。


「……根拠は?」

「ないけど?」


 無駄に自信満々だ。


「君を観察してたら、そう感じた。それだけ」

「勝手に観察するな」

「何度も言ったでしょ? 興味ないこともないって」



 いつしか故郷が遥か遠くに見えていた。いよいよ小さくて、なんだか風が吹いたら綿毛みたいに飛ばされてしまいそうだ。


 子どもが死んで、年寄りたちもいなくなる。若者は去り、祭りも行われなくなった。


 近々、僕の故郷は消えてなくなるだろう。


 僕の過去自体がなくなるような気がして、途方もない絶望感を覚える。まるで、未来まで失われていくような。


「じゃあさ! 今度、わたしのお願いに付き合ってよ!」


「……なんだって?」


 九木が明るい、いや明るさを超えて素っ頓狂な声を出した。内容も素っ頓狂だ。


「……今度は、ってなんだ? 今回、僕に付いて行きたいって、馬鹿げた願いを聞いてやったんだぞ?」


「でも、10年来の謎が解けたのは、わたしのおかげだよ?」


「それは……頼んでないだろ……」


「君に貸し1つ、だよ」


 聞く耳を持たない。このイカレ女は。


「今度、別の怪異情報があったら、また同行してよ」


「同行するだけなら、僕じゃなくていいだろ。大学でお仲間がいるんだろ?」


「だってほら、君は怪異の村出身の、ナチュラルボーン怪異体質かもしれないよ?」


 ツッコミを入れたいことだらけで、逆に言葉に詰まった。聞いたことない体質だし、理由になってないし。


「怪異の村じゃないだろ。八尺様も、本当はいなかったんだからな……」


「でも、言っちゃ悪いけど。この村、呪われてない?」


「凄いこと言うな、お前。いや今更か……」



「祭りの日に、人が死ぬ」



「馬鹿な……」


 言いかけて止まる。恐ろしいことに気がついてしまった。


「……明日、だな。祭りがある日は……」



 蘭美、美夏。

 そして、このまま行けば……明日に、天に昇ろうとする者が1人。


 九木は心底嬉しそうにする。


「ね。10年後、また連れて来てよ。そうしたら、()()()()()()かもしれないし」


「な……なに言ってんだ……?」


 九木はいつの間にか僕との距離を詰め、並んでいた。と思うと駆け出して、僕より先へ、両手を広げて行ってしまった。



「わたしね、怪異に殺されたいの!」


「……はっ?」


「だから怪異を探すの! 正真正銘の未知! この世の本当の不思議、怪異!」


 頭が狂ったのか。しかしすぐ、元々おかしいやつだったと考え直す。


「……一応、聞いておく。悩みでもあるのか」


 肯定されても、聞いてやるつもりはない。


「そういうんじゃないけど。ほら、人はいつか死ぬでしょ?」


「さんざん、人の死がどうのこうのっていう話をしてきたところだな」


「どうせ死ぬなら、ほとんどの人が体験したことない死に方。未知の死に方がいいな」


「……イカレ女」

「そういうこと思ってても言っちゃ駄目だよ!?」


 頭が痛い。すっかり疲れた。帰って数日は学校を休みたい。


 だからだろうか、目の前の異常者が意味不明なことを言っていても、もはやたいしたことではないような気がしてくる。


「……おい」

「んー?」


「死ぬなら、僕の知らないところで。一人でやってくれ」


 九木は一瞬だけぽかんとしたが、すぐに笑顔を取り戻した。たださっきより無邪気で、憎たらしいことに、可愛げがあった。


 ──やっぱり、子どもの頃によく見た、彼女に似ている。


「……本当に。君は優しいね!」


 くだらない戯言だ、と感じながら、夕日のせいだろうか。心の中が嵐のようにざわついていた。


「……しょうもないな」

「あはっ」


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