九木狐十子の怪談 ‐八尺様殺人事件‐
『さあさあ、よってらっしゃい見てらっしゃい!
とある寒村に現れた、背丈八尺ほどもある謎の女性。賑やかな祭りの裏で、怪異が闊歩する!
しかし!
不気味で身の毛もよだつ奇譚には、想像も絶する真相が隠されていたのでした……!』
***
──10年前、東北の村でとある事件が起きました。
季節は春。しかし、まだまだ寒風が吹きすさび、小雨がしんしんと降っていて、厚着をしないと堪える日でした。
神社では祭りが催されています。山の神に感謝を伝える祭り、だということです。参道には屋台が並び、村のあちこちから人が集まっていました。
誰もが楽しい祭りに夢中……のはずでした。
彼女──まだ17歳の少女、楢庭美夏は、どういうわけか1人、神社から離れて森に入っていきました。
足元は悪く時間も夜なので森に入るのは危険。ですが彼女は、ひとけのない暗闇へ足を踏み入れてしまったのです。
ガサリ……ガサリ。
草葉を踏みしめ、森の中へ。
彼女は漆黒に消えていきました──。
少しして、美夏ちゃんの失踪に気づく人が現れ始めます。そして彼女の捜索も始まりました。
……これは推測ですが、彼らの脳裏にはさらに昔の出来事……美夏ちゃんの妹、蘭美ちゃんが亡くなった件がよぎったことでしょう。
結局、彼女が発見されたのは翌朝になってからでした。神社とは反対の方角にある森の中で、頭から血を流して亡くなっていたのです。
死は事故であるとされ、不幸な出来事と処理されたそうです。
けど、真実は違った。
美夏さんは突き飛ばされたのです。そして、そこにあった地蔵に頭を打ち付けました。
地蔵の微笑みは砕かれて、澱んだ赤黒い血液が流れ出す。ヒタ、ヒタ、と。血溜まりが出来上がる……。
さて、彼女を突き飛ばした犯人は狼狽し、どうするべきか必死に頭を働かせます。
捜索隊がすぐにでも見つけると考えたことでしょう。実際、神社から近い場所なので、発覚するのは時間の問題でした。
そこで、彼はその場しのぎの案を思いつきます。
まず、地面に広がった血を土や葉などで隠します。次に、頭の砕けた地蔵と遺体をどこかに隠さなければなりません。
遺体と地蔵を運ぶには工夫が必要です。
地蔵は抱えるとして、さらに遺体も運ぼうとすると問題が。彼女の脚は事故により、膝が固定されて曲がらないのです。
そこで彼は考えました。
単純かつ突飛な発想──遺体を肩車したのです!
遺体を肩に乗せてから、それから地蔵を腕に抱えました。破片を落とさないように丁寧に。レインコートのおかげで、流れ落ちる血が体に付く心配もありません。
相当に大変だったでしょうが、見つかるわけにはいきません。死に物狂いで運搬したのです。
ただ、一つの誤算がありました。
祭りを風邪で休み、家にいた挙げ句、偶然にも外を見ていた少年がいたのです。
無垢で優しかった少年は驚き、恐怖に震えてしまったことでしょう。
高い塀の上に、女性の頭があったからです。八尺ほどもあり、帽子を被り、俯いて揺らめく。まさに、怪異でした。
ネット上で伝わりし都市伝説、八尺様を見た……と勘違いしてしまったのです。
しかし実際は違います。
帽子は頭の血を抑えるため。背が高く、俯いて揺れていたのは遺体が肩車されているから。
少年が遭遇した存在は「ぽぽぽ……ぽぽぽ……」と、鳴いたりしませんでしたしね。
八尺様だと思われた女性は、亡くなった美夏ちゃんが運ばれていただけだったのです。
これは怪異譚などではありません。
さあ。これにてすべての真実が姿を現しました。
そして、あえて犯人と呼びましょう。
美夏ちゃんを押したのか、ただ運んだだけなのか。判然としませんが、罪には変わりありませんね。
犯人は、少年がおじさんと呼び、慕っていた。親代わりのような存在だった。
松矢田辻雄さん──彼だったのです。