真実
「お前は……なにが分かったんだ?」
「順序立てていこうか。美夏ちゃんは、地蔵に頭を打ちつけた。それはいつのことでしょう?」
「クイズ大会じゃないんだぞ」
「狐十子ちゃんポイントが貰えるよ?」
「いらねぇ。
……祭りの真っ只中だろ。森の中に入った理由は分からないが、それ以外はない」
祭りの途中からそれ以降、ずっと彼女は消えていた。時間に関しては間違いはないはずだ。
「じゃあ、美夏ちゃんが地蔵に頭をぶつけ、亡くなった。その後は?」
「割れた地蔵と美夏の遺体が見つかれば、みんなは人の手によるものだと察する。事故だと思わせたいそいつは、痕跡をすべて隠蔽しようとして……」
誰かが美夏の遺体を移動させた。しかも、神社から正反対の森まで。
見つからないように動くのは、一見難しそうで、おそらくはそこまで難しくない。
なぜなら、僕たちが通った森の中のルートを通れば、人に見つかることなく村の南に向かえるからだ。
「もし、星太郎くんだったら、どうやって運ぶ?」
「僕だったら? そんなの……」
思いつくはずがない。咄嗟に、死体隠蔽の方法なんて……。
「今の君みたいに、犯人は悩んだはずだよ。状況的に、これは突発的に行ってしまった。だから後始末なんて考えてるわけない」
「下手をすれば……隠す前に見つかる。美夏がいなくなって、すぐに樫居が神社を捜索していた。森の中だって探したはずだ。
どうやって、そんな素早く、美夏を……?」
「考え出した方法は、とてもシンプル」
彼女の声は一言ずつ、まるで注射器で射し込まれるように染み込んでくる。僕は弛緩して、動けない。
心臓が速く動いて、軋むように痛んだ。
「──肩車して運んだ、とか」
張り詰めた空気を壊してしまうほど、幼稚で軽い言葉だった。
「か……かた、肩車!?」
思わず、悲鳴のような大声が出てしまった。
「冗談じゃないぞ!? いくらパニックになっていたって、遺体を肩車で運ぶやつなんかいるかよ!?」
「考えてみて? 犯人が運ばなくちゃならなかったものは、遺体だけじゃないでしょ?」
九木は大真面目な声で、からかうような顔で言った。
「他に……? そんなのない……」
いや、ある。
遺体を隠すだけじゃ駄目だ。痕跡を徹底的に隠さなくては大騒ぎになったはずだ。
「砕けた地蔵か……!」
「正解」
血の付いた地蔵が神社の近くで見つかれば、関連性が疑われ、事の真相が明らかとなるかもしれない。
犯人の目的は遺体の発見を遅らせ、なおかつ事件現場の偽装を行うことだった。
「だ、だが。肩車なんて間抜けなマネ、する必要なんかないだろ」
「じゃあ星太郎くん。想像してみて。
頭の砕けた地蔵と遺体、その両方をどうやって運ぶ?」
「……地蔵は抱えるしかない。破片が落ちないように、僕が山菜を運んだときみたいに……」
「遺体は?」
「ロープかなにかあれば簡単だ。身体に巻きつけて、背負っていけば……」
「遺体にロープの痕があったら、警察は事件性がないなんて結論を出さないよ」
確かにそうだ。それに、計画的でないとすれば、都合よくロープを持っているとは思えない。
いつ誰かが捜索に来るか分からない。往復して別々に運ぶのは危険だ。一度に地蔵と遺体を運ぶには……。
「……やっぱり、どうにかしてでも背負うしかないだろ……」
「ほら、もっと想像してみて。力のある人を背負うわけじゃない。ぐったりしてる、物を背負うんだよ」
不快な言い回しだが、事実だ。
遺体を背負うなら、両腕と両脚を、しっかり固定しないといけない。いわゆる、おんぶだ。
「あ……」
「気づいた?」
まず初めに地蔵を、赤子を抱くようにイメージをした。そして遺体をおぶる。
すると、なんとか自分の腕と脇で、遺体の脚を挟み、固定することはできた。だが不安定だ。力の抜けた遺体は背中から転がり落ちてしまう。
そしてなにより。
「美夏は……片膝が……固定されていて曲がらない……ギプスのせいで……」
「映像で見た限り、膝上まで固定されている。そんな子を背負うのって難しいんじゃないかな。わざわざ取り外す余裕もないだろうしね」
「じゃあ……他に方法は──いや、だから、か……?」
ふざけた妄言だと思っていたそれが、徐々に現実味を帯び始めていた。
「肩車……?」
「より厳密に言えば、自分の首と後頭部に、遺体の体重を預けさせるんだよ。キツイだろうけど、言ってらんないよね。おぶるよりは安定すると思うよ」
「そんな馬鹿な……」
あまりに突飛な話だ。推理どころか、これはもう痛々しい妄想だ。
しかし、辻褄が合う。
「犯人は僕の家の裏も通った。そのときに、僕は見たってことだ……。犯人に肩車された遺体の頭を……」
美夏が異常な高身長に見えた原因だ。
そして、不自然に俯き、ゆらゆら揺れていたのも、それが力が抜けた遺体で、安定しない運搬をされていたから。
「犯人は運が悪かったね。まさか、祭りの日なのに家にいて、しかも塀の方を見てる子どもがいたなんて」
反論したくても、思考がまとまらない。実のところ、意識が遠のきそうだった。
「星太郎くん。少し、移動しようか」
「……どこに」
「いいからいいから」
そう言って、九木はさっさと歩き出す。なだらかな勾配を、身軽に越えていく。
目的地はすぐ近くだった。木々を寒風が撫でる。風の終着点に、僕は誘われるように到着した。
そこには、こじんまりした切り株があった。陽だまりが梢から差し込み、スポットライトのように、薄暗い森でそれを目立たせる。
切り株の根元には、新しめの人形が置かれている。供えられている、というのが正しいはずだ。
「確か、蘭美の墓代わりだ……」
誰かに教わった。そのときにはもう美夏は死んでいたから、樫居や親か……誰かにだ。
「ここにはきっと、帽子も供えられていた。これはまあ、推測だけど」
九木が切り株の側にしゃがみ込む。
「帽子?」
「君が見たのは八尺様じゃない。帽子を被っていたから、外見が似てるって話だったけど。
怪異じゃないとしたら……帽子を被っているのは、凄く不自然なんだよ」
「なんで──」
「あのときは夜で、しかも雨が降っていた。普通、そんなときに帽子は被らない。それに、君と見たビデオ映像だと、彼女はなにも被ってなかったよ」
「まさか、誰かが帽子を被せたってのか……? だとすれば、蘭美の墓から、持っていって?」
理由は、おそらく単純。頭から溢れる血を、できるだけ抑えるため。たまたま近くにあった墓から帽子を被せたんだ。
これで、帽子の不思議にも片が付いてしまった。信じがたかった九木の推理は、謎の点と点を、論理の線で結びつけた。
──僕はしゃがみこんでいた。とても立っていられなかったからだ。
九木は僕の側に寄り、同じようにしゃがんで目線を合わせてきた。
「……犯人が、誰か。君はもう分かってるはずだよ」
犯人。
ニュースなどでは聞き流してしまう単語だ。自分の口から発するものとしては、あまりにも恐ろしい響きだった。
「分からねぇよ……」
「嘘。あのビデオに、答えがそのまま残っていた。そうでしょ?」
「殺人なんて、そんなの……ただ美夏が転んで死んだのを……隠しただけかも……」
隠す理由が分からない。そんなのあり得ないと、自分で気づいている。
「可能性はなくはないね。でも……どっちにしても、死体を隠蔽した。罪は罪だ」
「やめろ……」
「10年間も、君を、村のみんなを騙してたんだ」
「やめろって……!」
「自分の罪を知られたくなかった。嫌われたくなかった。狡く、浅ましく……」
「あの人は、そんなんじゃない!」
僕の声は樹木に吸い込まれる。嘲笑うかのように、森が風で揺れた。
「……分かってるじゃん」
僕は九木の目を見ずに、口を開いた。
「おじさん……松矢田辻雄……あの人だ……」
俯く僕の頬に、冷たい指が触れた。九木は僕に顔を近づける。妖しく光る目を向けて、甘い声で彼女は言った。
「──これで、未知は既知に変わった」
***
なぜ、あんな場所にいた?
映像の終盤、松矢田紗代は彼の夫と遭遇した。神社から遠い、村の南にある葦尾家で。
あり得ない。彼は美夏の失踪を知らない様子だった。捜索のためにいたわけじゃない。
あの時点で、祭りの終わりが近づいていた。
祭りの決まりだ。祭りの最後には、社で祈祷する儀式がある。その儀式には、村長や、現村会議員も参加する。
おじさんは元とはいえ村会議員で、今でも村民からの信頼が厚い。現役議員よりも信頼されているような人だ。
ビデオの最初の頃に、彼はちゃんと神社にいた。それが、よりにもよって終わり際には南にいた。絶対におかしい。
儀式を放ったらかして南にいる本当の理由は?
「彼は移動したんだろうね。森を抜けて」
九木は分かっているはずなのに、感心するように頷いていた。
「あとは、レインコートだ」
葦尾家の前で彼は服がずぶ濡れだった。小雨だが、ずっと外にいればぐしょぐしょになるだろう。
しかし映像の前半、まだ参道にいたときに、彼はレインコートを着用していた。
「傘を差すような雨じゃないから、みんなコートを着ていた。本当に誰もが着ていたんだ。おじさんだって、美夏だって」
「神社から遠いところにいた彼が、レインコートを脱いでいた理由は?」
「コートが血で汚れていたから……だ」
美夏の頭から流れた血は、雨でよく流れた。
もし本当に肩車で運んでいたなら、おじさんの全身は血で汚れる。レインコートの撥水性ならすぐに血も落ちたかもしれない。しかし。
「少なくとも僕なら、そんなレインコートは早く脱いで隠したい」
「わたしも同意見」
僕は先に立ち上がり、九木を見下ろした。立ち眩みを堪える。
「これ……本当なんだろうな?」
「なにが?」
九木も立ちあがる。
「お前の推理が、正しいんだろうなってことだよ」
「あはっ。10年も前の事件だよ? 当事者でもないのに、はっきり分かるわけないよ」
「……」
「証拠も証言も、君の記憶だって薄れちゃってるし?」
「……だが、この砕けて、血まで付いてる地蔵は、確かな証拠だ」
「じゃあ後は、本人に確かめよっか」
「本人って……まさか」
九木は得意げに鼻を鳴らす。
「──その前に。この怖ーい大事件! その全容をまとめてみようか!」
突然、高らかに声を上げる。九木は朗々と、そびえ立つ山々に向かって一礼する。
そしてショーを始めるかのように語りだすのだった──。