捜査 ‐森の中‐
九木立案、不謹慎の極みツアーは、美夏の遺体が発見された現場から始まった。
僕たちが森に踏み入ると、枯れ木から小鳥が一斉に飛び立つ。おそらくメジロだ。
「さて、行こうか」
「なんの目的で」
「話の整理だよ。その前に訊いてみたいんだけど」
九木は美夏がいたであろう地面を指さす。
「君は美夏ちゃんが死んだ事件と、君が見た八尺様は関係があると思ってる?」
かなり根本的な話だ。
「無関係とは思えない……が、どう関わっているのか見当もつかない」
「うん! そうだね!」
なぜか嬉しそうにしている。細められた目は無邪気なようにも、邪気たっぷりなようにも見える。
「はっきり言うと、関係はあるよ」
「なんで分かるんだ」
「じゃあ行ってみようよ。森の中を進んでみようか」
言われるがままに進む。木の根で足元が不安定だ。転んで頭を打っても不思議じゃない。
木々の隙間から住宅が覗く。
「ここ、君の家でしょ」
言われてようやく気づいた。2m近い石塀と、うっすら覗いている屋根は、僕の実家だ。
「なんでわたしが気づいて、君が気づかないのさ」
「……いつもそこにある幸せって、なかなか気づけないもんだよな」
「誤魔化さないで?」
そのまま家の裏を通り過ぎて、さらに歩く。北上しているらしい。北ということは、行き先は神社だ。
一歩も森の外に出ることなく、神社の側、一度消えた地蔵の場所に来た。ここから裏の地蔵墓場まで行けそうだ。
「ここまでで分かったかな?」
「……お前が言いたいのはあれか。
神社の裏から僕の家の裏、美夏の遺体発見現場まで、森でつながっているってことか」
「そのとおり。星太郎くんは頭良いんだね」
馬鹿にされてるとしか思えないが。
「まさか、八尺様の話をしてるのか? 確かにあの女は塀の向こう、つまり僕たちが歩いた道を通ったはずだ。だとして、それが──」
「それにしても寒いねー」
亀のように首をすくめている。僕の話を聞く気があるのかないのか。
互いが無言になると、外の静けさがはっきりする。
不気味な地蔵の墓場に到着した。
九木は、なにかを拾い上げて僕に見せる。
「なんだよ、それ……」
「よく見て」
石の破片だった。なんの変哲もない……と眺めていると、掠れた赤色が付着しているのに気づく。
「ペンキか? そもそも、そんな石がどうしたんだ」
「地蔵の破片」
「は?」
「さっき探してたらね、砕けた地蔵があったんだ」
「どこに……」
九木は少し歩いて地面を指差す。
「埋まってた」
「なんだそりゃ……」
「美夏ちゃんがいなくなったとき、地蔵もいなくなって、次の日に戻ったきた。なんでだろうね?」
「……消えた地蔵とその砕けた地蔵、なんか関係が?」
「あるよ」
「はっきり言えよ」
「翌日に戻ってきた地蔵は、消えた地蔵と同じ地蔵じゃない。別の地蔵なんだ」
「別……? 取り替えたってことか……?」
「あの日、元々あった地蔵はこのとおり、ぶっ壊されちゃったの。そして神社の裏に隠されて、次の日、誰かが別の地蔵を代わりに戻した」
「こ、壊された……隠した? なに言ってんだ? なんで……誰に壊されるんだよ!?」
「これ」
九木は小石が弾けるような軽い口調で、さっきの赤い色が付着した破片を掲げた。
「その赤色は……ペンキじゃ……」
「──血」
「……おい、冗談だろ?」
九木は微笑んだ。
「もちろん、あの日に血を流したのは一人しかいないね」
不気味な空気があたりを包んでいた。まだ日が高いことを忘れるくらい、肌寒くて視界も悪い。
「10年前、美夏ちゃんは地蔵に後頭部を打ち付けて死んじゃったんだよ。この地蔵が砕けたのは、そのときだ」
待て、待てと、脳が騒いでいる。
「お……おかしいだろ……! なんで、そんなことがお前に分かるんだよ!」
「推理。単純な、ね」
「仮に、仮にそうだとして……砕けた地蔵がなんで消えて、入れ替えられてるんだ?」
疑問が溢れる。止められない。
「そもそも……その地蔵があったのは、神社のすぐ近くだ! 今、見たはずだろ!?
お前の説明が正しいなら……なんで死んだ美夏が、村の反対まで移動してるんだ!?」
訊ねなくとも分かるはずだ。誰かが地蔵と、美夏の遺体を移動させた。
それはまるで……。
「誰かが……美夏を殺して……隠蔽したってのか……?」
「そう、だね」
九木の淡白な物言いが、寒々とした空気に溶け広がった。
「お前は……八尺様とやらを調べてたんだろ……? なんで、こんな……」
すると九木は大きくため息を吐いた。それから困ったように笑う。
「参ったよ。ここまで一致するなら、もう確定だと思ったのに。違うんだもん」
「違う……?」
「この村に八尺様なんて、いなかったんだ」
なんだよ、それ。
九木は地蔵の墓場を歩き回る。その光景は僕の目におぞましく映る。
「八尺様……がいないって、じゃあ僕が見た女は、なんだったんだよ……」
「それは、君の感じたことが正しかったんだよ」
「まさか……美夏?」
しかし、美夏は普通の身長だ。そもそも、あの女の背丈は人間離れしていた。だからこそ八尺様だなんだと、怪異の可能性が出てきたわけだし。
「ふふ。怪異が、人を倒して頭を打たせるなんて殺し方、しないよねぇ。残念なことに、これを八尺様と言うのは、無理があるんだ」
さんざん怪異と怪異を欲する女に振り回され、あげくの果てに事件に怪異は関係ないだと?
酷い話だ。嵐の洪水だってもう少し秩序を保っている。
しかしこの混沌の先に、決して曲げることができない真実が待っている。
どうやら僕は、そこにたどり着かなければならないようだ。