すべての終わり
ドアの前で、蛇岡に連れてこられた警官たちが戸惑っている。通報を受けて来てみれば、謎の女が犯人を追い詰めているのだ。
「……以上です。さて、警察のみなさん。彼女を連行して……」
「──くっくくく……うふふふ……!」
天巌は肩を揺らし、僕たちに体を向けた。
まさか、まだなにか反論しようとでもいうのか。
「仕方ないわね……観念するしかないみたいよ。ねえ?」
と、声をかけたのは。
「……! ま、魔希お嬢……!」
護衛だ。
彼は急に矢面に立たされた。しかし、これはどういうわけだ?
「羊堂さんは確かに殺されたみたいね。認めるわ……。けど、どうやら事は、私の知らないところで起こっていたみたい」
「な、なんだと……?」
「それはすべて私の護衛が、自分の判断でやったこと。私は関係ないわ」
「なっ……!?」
そんな馬鹿な!
ここに来て、そんな話が通るとでも思っているのか?
「──そのとおり……だ」
「え」
「すべて、俺がやった……俺の、単独犯だ……」
「見上げた忠誠心だね。いや、ある意味、見下げた、かな?」
蛇岡が室内に土足で上がる。
「実際、どうか分かんねぇぜ。羊堂の真下、205号室の鍵を借りに来たのは、護衛の男だ。お嬢じゃねぇ」
「ふっ……そう。私は無関係よ……殺人犯なんかじゃない……!」
警察もどうしたものかと悩んでいる。しかし現状、天巌が実行犯だと決められる証拠はない。そして自白している男が1人。
このままでは、天巌に逃げられる。
「ううん。彼女は逃げられないよ」
九木は冷静に首を振った。
「……! クソガキが……! いい加減にしなさい……! 私が実行犯なんて証拠は……」
「うん。証拠はないよ。今はね」
「はあ……?」
「でも、警察が本気で捜査や尋問を行えば、きっと見つかるよ」
天巌は鼻で笑うが、どこか弱々しい。
「馬鹿げてる! 今までだって、こいつらはなにも見つけられてない! そもそも、わたしを逮捕することすら……!」
「それは、あなたが大きな力を持っていたから。でも今はもう、その力はドロドロに汚れてる。
……分からないかな。あなたが今まで無事だったのは、権力に守られていたから」
「く、クソ……ガキ……!」
「──そういえば、邪視は不浄のものを嫌うんですけど……やっぱりあなたは、邪視の力は持っていない」
「あぁ!? なにがよ……!」
「そーんな口汚い人、邪視なんか持てないよ」
天巌は今にも暴れだしそうだった。
その怒り狂った様子は、呪いの力くらい持っていそうな迫力がある。
「……ぉーい……」
外から、声がした。
「……今、なんか言ったか?」
「ううん? 星太郎くんじゃないの?」
「女の声だったぞ」
「おーい……」
「呼んでる?」
「……この声は……まさか」
ガンガンと靴音を響かせ、荒い呼吸とともに、女が飛び込んできた。
「おーい! 狐十子! 鬼灯!」
「あ、鴉原さん!」
鴉原が、汗だくになって現れた。
「あれ? ただの交番勤務の鴉原さんが、どうして?」
「必死にアピールしたんだよ! 事件関係者だって嘘を──ああいや、ちょっと盛ってさ!」
この部屋に、他の警察もいるわけだが、言っていいのだろうか。
「それで、どうしたの?」
「いや、あんたがさっき、電話よこしたんじゃん。羊堂の前科を教えろって」
リークしてることも聞かれてるが、いいのか。駄目だろ。
「で、あんたが代わりに教えてくれたんだろ。104号室を調べろって」
「それ、気づいたのは星太郎くんだけどねー」
その瞬間、天巌の喉がごくりと鳴った。彼女を見ると、もう明らかだ。
追い詰められたコソドロみたいに、惨めに震えていた。
「あぁ。ここ来る前に『鍵をくれ』って言われて。従って正解だったなぁ」と、蛇岡もにやにやして天巌を見ている。
「で! なんと、103号室と104号室、それから105号室はつながっていたんだよ!」
天巌の部屋、護衛の部屋。そしてその中間にある空室はつながっている。その空室の目的は?
「大規模改築の痕跡は、そこにもあったんだねぇ」
「105号室から……覚醒剤が発見されたんだよ。今、他の警官が調べてる」
薬物はそこにあったのか。普通なら分からない。大胆な隠し場所だ。
「……さて。天巌魔希さん。とりあえずあなたは、薬物所持の容疑で逮捕されることになるよ。
……状況的に、監禁罪と傷害罪も適用されるかな」
「あ……あ、あぁ……あああぁあ……!」
天巌はついに、膝から崩れ落ちた。
「天巌さん」
九木が優しく声をかけた。天巌は力なく九木を見る。
「頑張ってね。上手く誤魔化し続ければ、殺人の罪は、暴かれないかもよ?」
「……この……イカレ女……が……」
人を騙すのはお得意だろう。その得意技が、警察にどこまで通用するか。一部始終を見られないのが残念だ。
お手柄だと浮かれる鴉原に、天巌は連れて行かれる。
九木が小声で僕を惑わす。
「最後、仕返しになにか言ったら?」
「……ガキじゃねぇんだぞ」
「でも、せっかくだし」
「……」
僕は天巌の背中めがけて言った。
「……言ったとおりだったろ。お前はなにも見えてない。計画の甘さも、法の力も。信者の選び方すらも、間違えてたんだ」
「……!」
「──宗教ごっこ、楽しかったか?」
「星太郎くん、流石に言い過ぎ」
「えっ」
天巌はうなだれる。
すると、勢いがあったせいで、サングラスが取れた。彼女の隠された両目があらわになった。
「……なんだ。やっぱりかぁ」
まったく、普通の目だった。
インチキ教祖の、あっけない幕切れだ。
天巌は檻の中で、しっかり味わうことだろう。
今まで不幸にしてきた者たちの、負の呪いを。永遠に。
次回、最終話。




