九木狐十子 その2
仲良かったんだよ。本当にね。親友ってやつ。
ちなみに、わたしはそのときから怪異を信じてたよ。でも怪異というより、幽霊とか妖怪だったかな。
あれは遠足の日だったよ。
先に言っちゃうと、途中で中止になっちゃったから、遠足先でなにをしたとか訊かないでね。答えられないから。
バスに乗ってたんだ。
わたしはその子と、一番後ろの、5人がけの席に座ってたの。どんな会話をしてたかはよく覚えてるよ。
「ココちゃん、あたしねぇ。幽霊を見た気がするんだよ」
わたしのことだよ。ココちゃん。
「本当! どこでどこで?」
「学校で。夜中に見た!」
「え、夜中に学校に忍び込んだの……?」
あの子は、わたしより幽霊とかが好きで、行動力もあった。彼女には敵わなかった。
「今度、一緒に見に行こうよ!」
「いつ行く?」
「来週とか」
その好奇心の強さと快活さはクラスメイトを惹きつけた。誰からも好かれた。
比べてわたしは日陰に住む埃のような存在で、幼心に劣等感が育っていた。
「あっ……」
彼女のリュックから、なにかが転がり落ちた。落ちてから、それがキーホルダーだと分かった。
そのときに、バスは、山間のトンネルに侵入したの。
「あ、そのキーホルダー……」
「うん、一緒に買ったやつ。どこに付けようか悩んでて……」
そう言いながら彼女は、通路に立った。
──そして、異変が起こった。まず運転手が違和感を抱いて、バスの速度を緩めた。
「揺れてる……?」
地震だ。
後から知ったことだけど、震度6。震源も近くて、大きな揺れをほとんど直上で浴びた。
車内は悲鳴で溢れ、あの子は通路で蹲る。
「ココちゃ……」
──音は聞こえなかった。
バスの天井から、なにかが飛び出した。
黒く禍々しい、鉄の槍……席に座っていたわたしには、そう見えた。
遅れて轟音。
槍がバスを貫いて、わたしは気を失った。
トンネルの天井板が、地震によって崩落したんだって。整備不足だとか原因が調査されていたけど、実際はどうだったか分からない。
興味もなかった。
ただ、すべてがどうでもよくなっていたんだ。
***
「この世は冬のお鍋みたいなもの。
──わたしたちは天から伸びる箸に、無作為に摘まれて消化される」
九木は口を閉じた。語り終えてはいなかったが、結末は聞かずとも容易に分かった。
「その子は……亡くなったのか」
「……信じられる? その事故で亡くなったの、あの子だけだったんだよ。たまたま、バスの通路にいて、そこに、天井板が突き刺さった……」
言葉が出なかった。九木は厭世的に瞼を閉じる。
「もし神様がいるなら酷いやつだよ。あんな良い子を殺すんだもん。そのとき、気づいちゃったんだ」
「なにを……?」
「人間は、なにを為そうが、どんな罪を犯そうが、未来のためにどれだけ積み上げようが……ある日突然、理由もなく死んでしまう。明日が来るかどうかも不透明。
なにもかも、とても無意味だ」
「だから、神様は大嫌いってわけか……」
「でもさ、神様がいるなら、怪異って呼ばれてる、人でも動物でもないなにかも、同じように存在するはずだよね。あの子がそう思っていたように!」
「……」
「どうせいつか死ぬなら……怪異がいい。あの子が好きで、信じた怪異に殺されたいの」
僕が、彼女の過去と思想に対して送れる言葉はない。おそらく、彼女も期待していない。
「……いやあ、ごめんごめん! 暗くしちゃったね。でも、訊いてきた君のせいでもあるんだよ?」
間が悪く、空から小さな雫が降ってきた。
「……僕は」
「ん?」
「怪異を、信じ始めてきたよ。前よりは、だが」
九木は前髪をかき上げる。彼女の瞳がよく見えた。
「あは。別に、励まそうとしなくていいんだよ」
「違う。本当に、だよ。
だって、そうだろ? こんなの、おかしいじゃないか」
「こんなの……?」
溜まりきった不満が、僕の口から放たれる。
「呪われてるじゃないか! お前とどこか行くたびに人が死んで、巻き込まれる……!」
「えっ!?」
「冗談じゃないぞ! 退屈なのは嫌だが、こんな非日常も望んでない!」
九木は呆気に取られていた。
「あの、さ……」
「あ?」
「わたし的には、君の故郷に行ったら、10年前に人が死んでたって事件に巻き込まれたのが最初なわけだけど……君じゃなくて、わたしが巻き込まれてる……って可能性が──」
「……知らねぇな」
「知らないじゃなくてね!?」
そんなことはどうでもいい。とにかく言いたいのは。
「僕の意見は……やっぱり、前と変わらない。お前が怪異に殺されたいっていうなら、勝手にすればいい。
ただ……そのための協力はしてやる」
「……前と変わってるよ。僕の知らないところでやれ、だったよ」
「知らねぇって」
「あはっ……やっぱりだ。君は、優しいね」
「……優しいもんかよ。本当に優しかったら、そもそも死にたいやつを放っておかない」
「優しいよ。君は」
なぜか、九木は繰り返した。
「……うるさいな。そんなことより」
小雨が降る中、マンションを見上げた。湿るコンクリートの匂いが立ち込める。
「あの女が本物か、インチキか。確かめないとな……行くぞ」
九木はいつもの小憎たらしい笑みを浮かべる。
「あはっ……そうだね。……相棒」
最初、電車で会ったとき。僕にとって九木は未知だった。
なにを考えてるか分からない。考えてることを聞かされても分からない。
聞き飽きたアルバムに入り込んだ侵略者──。
それが、今では。
いつの間にか、既知になっていたようだ。




