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崇眼教会

「その、神様と目を合わせるっていうのは、具体的にどういう?」


 信者の女性は、その質問を待ち構えていたかのように、一気に喋りだした。


「教祖様は仰いました! 

 我々の眼は暗闇に閉ざされていて、正しく物事が見えない。故に、瞼を閉じ、心で真の存在を見る。

 神はいつでも、我々を見ている! 熱心に祈り続けていれば、いずれは神と眼が合うことでしょう。そのときこそが、真理に、救済に至ったということなのです!」


「……」


 別に宗教への忌避感はなかったはずだが、彼女の盲目的に映る熱弁は気味が悪く思えた。


「でも意外と普通の宗教っぽいんだよねー」

「お前、宗教にも詳しいのかよ」

「子どもの頃、宗教を立ち上げるのが夢だったからさ」

「やべーガキ……」


 信者の案内に従って、2階に上った。


「えっと、崇眼教会は、普段はどんな活動を?」鴉原が慎重に訊ねた。


「日曜は教祖様のお部屋に集まり、ありがたいお言葉を賜ります」


「さっきも気になったけど、教祖様はこのマンションに住んでるんですか?」


「はい。オーナーとして。我々の相談役でもありますから」


「へぇー……」


「それから毎朝6時に()()を行います」

「ぎ、儀式ぃ……?」


「そんな大仰なものではありませんよ。ただ、教徒の方以外には、お見せできないのですが」


 なんだそれは。怪しい。怪しすぎる。


「……一応お聞きしますが、何故見せられないので?」


「教祖様と神の御力が薄れてしまいます」

「……そうですか」



 そのとき、階上から物音がして、僕たちは黙った。

 しばらく待っていると、チャラチャラと金具を鳴らして人が降りてくる。


 60代くらいの男性だった。シワだらけで小さい目を僕らに向けて、信者に訊ねた。


「……聖田(ひじりだ)さん。……そちらは」

「あ、罪前(ざいぜん)さん。我らが崇眼教会のことを知りたいと……」


 信者改め、聖田は教徒相手にも変わらない微笑を浮かべていた。どこまでも生気が感じられない。


 真逆と言うべきか、降りてきた老人、罪前は──僕の気のせいでなければ、敵意のようなものを表情に宿していた。


 しかし質問以上のことは喋らず、じっと僕らを眺め回した後、「そうか」と言って一階に降りて行った。


「今の方も教徒の?」分かりきっているが、確認する。

「ええ。罪前さんです」

「……」

「では、行きましょう」


 軽い紹介でもしてくれるのかと思ったが、彼については以上のようだ。



 3階に上ってから、聖田は切り出す。


「実は、まだまだ入居者は少ないんですよ。空き室の方が多いくらいです」

「入居者、つまり信徒ですね」


 聖田は頷く。言外に、「あなた方はどうしますか?」という意図が込められていそうだ。


「ところで、えっと」鴉原は聖田の顔色をうかがっている。「1年前、このマンションで自殺があったそうですね……」


 聖田の微笑が一瞬、引きつった。


「……そうですね。4階で」

「その、首吊りとか……?」


 鴉原は知っているはずだが、今の彼女は一般人だ。知らないフリをしている。


「いえ。()()()()()()()です。石油ストーブを用いて自殺されました」


 一酸化炭素。基本的に、物を燃やせば発生する、身近な猛毒だ。


 一酸化炭素には嫌な思い出がある。


「車が雪の中に埋まったとき、エンジンをかけたままにしてると車内に一酸化炭素が充満するんだよ」  


 豪雪で、外気を取り入れる穴すら塞がってしまうと起こる現象だ。排ガスが車内に入ってくるのだ。


「うわ、怖いね。星太郎くんの故郷って東北だし、やっぱりあるあるなの?」

「あるあるっていうか、実体験」

「えっ……?」

「母親がやらかして、僕もろとも死にかけた」

「やば……」


 冬場、一酸化炭素には気をつけよう、という警句。



「あれ、でも」九木が不思議がる。「1年前のそれって、事故ではないんですか? ストーブのつけっぱなしとかじゃなく?」


「警察の方々も初めは事故を疑いました。しかし部屋にあったノートパソコンから()()が発見されたことと、数日前からの被害者の様子から、自殺と断定されました」


「被害者の様子?」

「かなり鬱々としていました。実際、鬱病だったのではないかと……」

「はぁ……それは……」


 と言いかけたところで、廊下から音がした。それはドアの開閉音だったのだが、あまりにもゆっくりと開いたため、不気味な響きになった。



「あら……羊堂(ようどう)さん」


 ドアの隙間から、若い男が顔を覗かせている。暗くてよく見えない。


「うるさかったですか? 失礼しました……」

「……」


 羊堂という男は黙り込んでいる。ドアもそれ以上は開けず、ただ陰鬱な圧をかけてきていた。



「……やめたほうがいい」



「えっ?」


 羊堂は消え入りそうなほど小さな声で言ってから、素早くドアを閉めた。


「あの、彼は……?」鴉原は状況が飲み込めていない様子だ。



「羊堂さん。もともと心を病んでしまい、前職を辞めてしまいました。教えの力で持ち直しているようですが、まだまだ信仰が足りていないようです」


「……心を病んだ方が多いんですね」


「そういう方が、たどり着く場所なのです」


 1年前の件を掘り下げたかったが、微妙な空気になってしまったので、僕らは粛々と階段を降りて行った。



 通りがかりにポストを見た。


 103には天巌と記されていた。最近はプライベートの都合で名前をポストに書かない例もあるが、このマンションでは書いておくようだ。

 教祖というだけあって最上階に住んでいると思ったが、1階なのは意外だ。


 さっきの羊堂は、305号室だった。


「わたしは101号室にいます」


 聖田はポストを眺めていた僕に告げた。用があればいつでもどうぞ、と言うことか。


「ちなみに、事件が起こったのはどこですか?」

「404号室でした。……ところで」

「ん?」



 聖田がずいっ、と前に出てきた。悪寒がする。


「まだ崇眼教会と、教祖様の歴史を説明していませんでしたね。簡単ではありますが、わたしの方から概要を……」


「あ、いえ……」


「遠慮なさらず! 偉大な天巌さまのお言葉をお聞きください!」


「うぅ……」


 人数はこちらの方が多いはずなのに。獣に取り囲まれたかのように、僕たちは動けなくなってしまった。


「まず、我々のような迷える子羊のために、教祖様はこのマンションをご購入し、我々が住みやすいように大規模な改築をなさってくださいました! そして我々に住居を──」


   ***


「やぁ……っと解放されたぁー……」

「語り尽くされたねー」

「内容、全然頭に入ってこなかった……」


 2人はマンションから出て、堰を切ったように愚痴りだした。

 結局、早く解放されて帰りたい一心で、事件のことはほどほどに、聖田の前から去ってしまったのだ。


 僕はマンションの方を振り返る。


 1階の一室に、不吉な影が揺らめいた。カーテンから誰かが覗いていた。

 

 あの部屋、まさか、天巌魔希の部屋ではなかっただろうか?


「鴉原。訊き忘れていたが、天巌魔希というのは、その天巌組の、なんだ?」


「天巌組組長、天巌神蔵(しんぞう)の娘だよ。こんなマンションを好き勝手できるのも、権力があるから」


「娘……」


 聖田は不在と言っていた。しかし本当は自室にいて、僕らの様子を伺っていた、なんてことはないだろうか。


 ヤクザの組長の娘で、カルト宗教の教祖。そして彼女が支配するマンション。


 そんな場所で起きた人の死が、自殺なんてことあるのか?




 ──そして翌朝、懸念が当たったことを知る。

 例の呪いが、僕たちを逃がしてくれやしないことも。



 305号室の住人、羊堂(ようどう)一敏(かずとし)が死亡していたらしい。


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