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宗教団体のマンション

 人通りのない道を、3人の男女が歩いている。

 それぞれに微妙な距離感がある。1つの集まりなのか、それとも偶然居合わせただけなのか。通行人がいれば、さぞ不思議に思うことだろう。


「天詩さん、ずいぶんお疲れみたいですねぇ」


 白いロングコートに身を包んだ女が、彼女より少し背が高い女に声をかけた。


「……昨日忙しかったんだよ。今日はせっかくの非番なんだから、ずっと寝ていたかった……」


「わたしたち呼びつけたの、天詩さんじゃん。

ねぇ、星太郎くん?」


 最後尾をノロノロ歩く黒づくめの男、つまり僕に、九木狐十子は同意を求めた。


「……あ?」

「機嫌悪っ」


「……ついに電話1本で呼び出されるようになるとは、と思ってな……」

「あはっ。それでも来てくれるんだから、君は本当に優しいね」



 世間は師走。やがて来るクリスマスと大晦日に備えて、人々は慌ただしくし、心を火照らせている。


 僕たちはまるで社会と孤立しているかのように、賑やかな街並みを遠目に見た。


「この前、あたしが巻き込まれた件でさ。荒鮫さん……って人から聞きたくない情報貰っちまったわけ。組の中でなんか企んでる奴がいるっぽいって」


 鴉原天詩は、疲弊した声色で言った。


「で、その企みの場所が、この先にあるんだよね」九木はうきうきしている。


「そういうこと。組……天巌組(てんがんぐみ)


 天巌組。前もって聞いていたが、物々しい名前だ。名前だけじゃなく、中身も恐ろしいのだが。



 民家の屋根上から、目的地が顔を覗かせた。


「あのマンションだよね」


 九木がわざわざ僕の隣に寄り、マンションに向かって指差した。

 僕たちが並ぶと、真っ白な服と真っ黒な服が揃って気まずい。


 鴉原は立ち止まる。本音を言えば行きたくない……と、足の躊躇い具合から察せられた。



「呼ぶときにも言ったけど、1年前の冬に、あのマンションで自殺があったんだ」



 確かに聞いた。そんな現場に向かっているというのだから、どうしても足が重い。


「検証の結果、事件性がないと判断され、被害者は自殺として処理された。けれど、警察内でも首を傾げる人は多い」


「疑問視の理由は?」


「理由は2つ。1つは被害者に自殺する理由がないこと。金銭、家族、その他友人。あらゆる関係性を洗ったけど、明らかにならなかった」


「2つめは?」


 それが、なによりも重大な点だった。

 僕たちが駆り出された理由にも繋がる。


「現場であるあのマンションが……指定暴力団、天巌組が運営している宗教団体、『崇眼教会(すうがんきょうかい)』の本拠地だから」


「カルト宗教ってやつかぁ」

「指定暴力団にカルト宗教? 厄のファイブカードじゃないか」


「怖いねぇ」


 九木はぼんやりしている。


 本物か偽物かはともかく。彼女は神を信じているのだろうか。僕にとって怪異と神に大きな違いはない。


 九木の顔からは、なにも読み取れなかったが、それはいつものことで、慣れたものだ。


   ***


 マンションは5階建てだ。外観はかなり新しめに見える。


 1階から5階まで、ワンフロア6戸が規則正しく並んでいる。フロアの両端に階段があり、エレベーターは外からでは見えないが、近くにあるのだろう。



 ドアの向こうのエントランスに女性が立っている。僕たちに気づくと外に出てきた。微笑んでいるが、まるでマネキンのようで、人間らしさを感じさせない。


「お待ちしておりました!」


 声もまた、人間味がない。


「今回は取材にご協力いただき、ありがとうございます」鴉原が先陣を切る。


「いえいえ、我らが崇眼教会と天巌様のことを、より多くの方に知っていただけるのですから!」


 九木が僕にこっそり訊ねる。


「取材って。天詩さん、なんて説明してるんだろ?」

「そのままの意味じゃないのか。大学の研究のためとか……」

「すり合わせしてないんだけど……」


 行き当たりばったり感が否めない。鴉原も私服だし、警官という威光は役に立たないだろう。


「それでは、こちらにどうぞ!」


 女性が朗らかに案内する。

 中にいる管理人に合図をして、ガラス張りの自動ドアが開かれる。本来なら、ドア横にあるキーパッドで暗証番号を入力するようだ。


 エントランスはシンプルな空間だ。管理人室とポスト、エレベーター、質素な観葉植物。



「事前に説明したとおりですが、このマンションは崇眼教会の教徒たちが住んでいます。天巌様のおかげで!」


「おかげ?」


 うっかり疑問を口にしてしまう。信者はその声を聞き逃さなかった。


「はい。教祖様が、我々に住まいとお仕事を提供してくださいました」

「え、仕事まで?」


「教祖様には感謝しかありません!」

「……」


 いくらなんでも怪しすぎないか? 彼女はこの団体は、ヤクザが運営していると知っているのか?


「ところで、その教祖様は? 今はどこに?」

「今はご不在です」

「へぇー……」


 マンション全体が静かだ。もちろん、時間的には夕方だから、仕事に出ていて人が帰っていない可能性もある。だが不気味な空気が漂っている。


「教祖様がご不在でも大丈夫。我々は理解しています。()()()を」


「神の眼……?」


 彼女の眼は普通だ。一般的な人間のものと差異はない。


 しかし何故だろう。その奥に、得体のしれない暗闇が潜んでいるような。



「我々は眼を合わせています。心の中で、御神と……。教祖、天巌魔希(まき)様の力によるものなのです」


   ***


 そもそも、なぜ一般人である僕と九木が、ヤクザと新興宗教なんて一般から逸脱した場に連れてこられたのか? 


 なにか企んでる、とヤクザから教えられたらしいが、僕たちには関係ないはずだ。


 鴉原の言い分は、天巌組はインチキ呪物ビジネスを行っていたし、呪物が出てくるかもしれないから……らしい。


 それで納得できるわけがない。「呪物ならあんたたち、詳しいし」と補足されても、やはり意味不明であった。


「ほら、あたしだけじゃ力不足だし。三人寄れば文殊の知恵ってことで」


「……それはともかく、何故あんたは個人的に捜査しようとしてるんだ」


「いや、『ヤクザから連絡貰ったんで、捜査しましょう!』なんて言ったら、あたしが酷い目に遭うっつーの。個人でやるしかないでしょ」


「そんな正義感持ってたか? あんた」


「正義感? 冗談でしょ。もちろん、あたしの昇進のためだけど?」


「……」


 十中八九そうだと思ったが、そうではない可能性に賭けていた。願望は、儚く散った。



「明らかにおかしい自殺事件まで起こってんだよ? こんなの華麗に解いたら、もう昇進待ったナシでしょ!」


 この女は、正義感など持ち合わせていないのだった。


「さあ! 宗教団体の根城に潜入!」


 僕と九木は、顔を見合わせた。

 おそらく、もっとも僕たちの心が通じ合った瞬間だったはずだ。

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