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死ぬ程洒落にならない怖い事件簿  作者: 春山ルイ
番外編 -巨大‐
40/53

頭、オ

 異様、明らかに異様だ。


 わたしは今、たくさんの巨頭オに囲まれながら死体の検死を行っている。古今東西、どこの掲示板を探しても、こんな与太話は見つからない。



 それにしても、なぜ星太郎くんは平然としているのだろう。いつもだったら冷静を装いながら、内心で戸惑っているくせに。


「どうですか」「なにか分かりましたか」「巨頭たち、誰が犯人ですか」


「……」


 巨頭オたちは口々に訊ねている。不気味だが、感情が一周したようで、恐怖心はない。


 この死体。誰なのかは知らないが、なにが起こったのか、素人でも判断できる。



「致命傷は、頭部への一発かな」


「頭頂部にデカい傷があるな」星太郎くんも理解しているようだ。


「たぶん鈍器。ぱっと見で他に外傷はなさそう。それから気になるのは……」


 死体の足元、靴を見た。


「靴の足裏周りに、土が付着してる」


 この辺りでは雨が降っていたのか、土がぬかるんでいた。だから、柔らかな土がアウトソールだけでなく、フォクシングテープ──靴の上部とソールをくっつける部分──にまで、べっとり付着しているのだ。


「それも両足だな」

「うん。なんか、ただぬかるみに足を取られたってわけじゃなくて……うーん……ジャンプでもして、思いっきり地面に着地した、とかかな……」


 意味が分からないが、そうでもないと説明できない痕跡だ。


「分かりましたか」「巨頭は犯人ではないです」「犯人というより、犯巨頭?」「巨頭は犯巨頭ではないです」


「……うるさっ」



 気が進まないが、巨頭オたちに話を聞こう。どうやらこの村もどきに住んでるのは眼前にいる巨頭たちだけのようだ。

 つまり、容疑者は彼らに絞られる。

 

 よくよく観察してみれば、巨頭オたちはわずかながらに見た目の違いがあった。



 最初に会った巨頭マサキは、こうしてみると他の巨頭より目と口が小さい。


「巨頭、おそらくお客様と最初に出会いました。そのときは生きていました」


「そりゃ、死んでるわけないですからね」


「お客様、しばらくこの村を見て回ると言いました。だから巨頭はここから去って、あとは会ってません」


「遺体を発見したのはいつだ」星太郎くんが質問した。


「ついさっきです。それから数分後に、あなた方が来ました」



 ひとまず、次の巨頭に話を聞く。


 その巨頭は福耳だった。


「巨頭、この村の村長です」

「なるほど。巨頭界にも役職とかあるんですね……巨頭界ってなに?」


「巨頭、巨頭サトシと言います」

「あ、はい……」


「巨頭、お客様に全然気づきませんでした。巨頭、家でヨガを……」


「ヨガやんの? ってかやれんの!?」


 それ以上の情報は得られなかった。どちらかというとヨガについて訊きたかったが、どうせ納得できる回答は返ってこなさそうだ。



「巨頭、巨頭カズナリです。それからこっちの巨頭は……」

「巨頭、巨頭ジュンです」


「あ、どうも……」


 巨頭カズナリは、巨頭オの中で唯一、体毛があった。とは言っても、あるのは睫毛だけだ。

 睫毛がとても長く、目の下まで生え揃っていた。


 ……睫毛とは、長ければいいというわけでもないようだ。


 巨頭ジュンの特徴は、なぜかマフラーを巻いていることだ。確かに少し寒い時期だが……。


 寒さとか感じるなら、そもそも服を着ればいいだろうに。


「巨頭たち、兄弟です」

「そうなんですか……」


 逆に、他の巨頭とは血縁関係はないのか?


「巨頭、巨頭ジュンの兄です。巨頭たちの中でも最年長の巨頭なので、巨頭、この状況でも責任感を持っていたいです。巨頭、ただの巨頭オではなく……」


「巨頭巨頭うるさいな!」

「今更だろ」


 どうやらカズナリとジュンはしばらく2人でいたようで、互いにアリバイがあるという。兄弟なら口裏を合わせることも可能だが、一旦は容疑者から外して考えようか?



 そして最後だ。


「……なんか、みんな数年前に休止した男性アイドルグループみたいな名前なの、なに?」


「ああ、確かに。あの、()()──」


「危ない! こういうのって言ったら駄目だから!」


 そうなると最後の巨頭の名前は……。



「巨頭・アレクサンダー・ゆうたです」


「なんて?」


「あ……巨頭です。巨大な頭と書いて」


「今更そこ疑問に思うわけないでしょ」


 巨頭アレク……とにかく、ゆうたは額に赤い模様を付けていた。歪な円形の模様だ。


「巨頭は……お客様と少しお話しました。この村が気に入ってもらえたようで、嬉しかったのですが。こんなことになってしまうとは……」


「……えーっと、ああ、そうですね……」



 いや、まさか。そんな馬鹿なことが……。



「こいつらのアリバイはあまりアテにできないな。カズナリ、ジュン兄弟は……身内だから、これもまた微妙だ」


 星太郎くんは妙に冷静に、現状を整理している。

 巨頭オたちのせいで薄れているけど、彼の態度も不思議だ。こんなの、星太郎くんじゃない……。


「うーん……っていうかさ」


 わたしは側にいたマサキに訊ねるために大きく見上げた。


「1つ、訊きたいんですけど」

「巨頭が知ってることなら」


「巨頭さんたちって、その……左右にうごめく以外に、別の動きってできないんですか?」


 すると、風を切るような音がし、そっちの方を見てみると、福耳の村長であるサトシが、恐ろしい動きをしていた。


「え……えっ……!?」


 わたしは目を丸くするしかなかった。


 横ではなく、前後に激しく頭を振っているのだ。勢いは凄まじく、化け物のよう……いや、化け物だった。


 やがてサトシはピタリと動きを止めた。それからまた横に動き出した。緩急に驚くし、気持ちが悪い。


「……今のは巨頭たちの村に伝わる、『親愛の意』です」


「し……親愛の意?」


 まるでヘッドバンギングだが、そういえばさっきも誰かがやっていた。わたしたちに対する意思表示だったのか。


「こうして……」と、また風を切り出す。「頭を高速で前後に振る……これで相手に親愛の念を伝えるのです」


 そんな動きをしながらでも、まったく声色がブレないのは流石、なのかもしれない。

 というか、ただ頭の動きを横から前後にしただけではないか。その腕が使われるときは来るのだろうか?


「えーっと、それは、みなさんも……」

「ええ。ご覧に入れ……」


「あーっ結構です! 本当に! やめて!」


 5人……5巨頭が一斉に頭を前後に降り出したら、それは悪夢以外の何物でもない。



 いや……というか、これはもう……。



「と、とにかく。犯人、分かりました」


「ほ、本当ですかぁあーっ!?」

「うるっさ!」


「……ですか?」

「ちっさい! ちょうどいい声量ないんですか!?」


 調子が狂う。わたしもわたしで、いつもはこんな感じじゃないんだけど。


 そうか、いつもは星太郎くんが困惑する係だ。けれど今回はやたらと落ち着いているから、わたしが割を食っている。



「この恐ろしい巨頭オたち」

「いえ。巨頭たちは恐ろしくないです」


「……彼らが住む村で起こった殺人事件」

「それは本当に恐ろしいです!」


「……ですが、この未知も」

「未知?」「未知とは?」「犯人ですか?」


「既知に」

「既知?」「既知とは?」「難しい言葉」


「変わりま……」


「犯人は誰ですか!?」「既知とは!?」「誰ですか誰ですか」「巨頭は違います」「巨頭は巨頭です」


「うるさいって! あーもういい!」



 わたしは怒りをぶつけるように、人差し指を彼に突き立てた。



「巨頭・アレクサンダー・ゆうた! 犯人はあなたです!」


「……! なっ……!?」


 いやよくフルネームで言えたな、わたし。


「な、なぜ……」ゆうたは一層激しく頭を振る。それも感情表現の1つなのか?



「……わざわざ説明するのもバカらしいけど。被害者は頭頂部に鈍器のようなもので殴られた傷が。それから地面に、強い力で踏み込んだような跡も」


 目ぼしい痕跡はこの2つしかなかったが、充分だ。これらが指し示す結論は……。



「まるで、真上から圧迫されたみたいでしょ?」


「……」


「ね? 星太郎くん?」


「……あ? なんか言ったか?」


「聞いてすらいない!?」


 いつもなら、もっと良い反応してくれるのに!



「……これは、巨頭オたちが行う、『親愛の意』によるものなんだ」


「きょ、巨頭たちの……これですか!?」

「しなくていい!」


 彼らの頭は、目を合わすために見上げるくらい大きくて、高い。

 そして、頭を前後に振る動きはとても速い。


「普通の人たちにとっては……まるで、とんでもない質量の──ヘッドバッド、ですね」


 そして彼らはきっと、あまり人間と関わらないのだろう。だから自分らの動きが、どうなるのか分かっていないのだ。


「……それで、巨頭・アレクサンダー・ゆうたは、被害者と会って、この村が気に入ったと言った相手に、『親愛の意』を示した。結果、土に足が埋まりかけるくらいの力で、ヘッドバッド、頭突きを真上から決めてしまった」




「まっ……待ってください!」


 ゆうたが声を張り上げる。しかし、顔に変化はない。声の出るぬいぐるみを相手にしている気分だ。


「会ったのは、マサキもです! 他の巨頭も、アリバイはありません! な、なぜ巨頭だけ……」


「……その……」


「なぜです!」


「あの、言いにくいんですが……額」


「額?」


 彼の額には、歪な赤い円形の印がある。いや、高くて最初はよく見えていなかったが、あれは印ではなくて。



「──それ……血ですよね。ヘッドバッドで、付着した……」


「……あ」


 巨頭・アレクサンダー・ゆうたの動きは、完全に止まった。え、止まれるんだ。


「……腕、くっついてるから、拭えないんですよね。

 いや、くっついていなくても……届かないんですよね。巨頭だから……」


   ***


 巨頭・アレ……ゆうたは3巨頭によって連れて行かれた。どこに、というのは考えないようにした。


 わたしたちの前にはマサキだけが残った。


「ありがとうございます。巨頭たちの村を救ってくださって」

「いえいえ……では、わたしたちはこれにて……」


 せっかくの怪異だが、とにかく帰りたかった。



「感謝してもしきれません。なにかお礼を……」

「いやいいですって……」

「そうだ、お礼にこれを……」

「いいって言ってるでしょ! いい加減に聞けよ! 人の話!」


 マサキは大きく、すでに大きいが、頭を後方に反らした。


 ヤバい、と思ったが、もう遅かった。


「巨頭たちの村に伝わる、『最大親愛の意』をーっ!」


「いらないって言ってるのに!?」



 頭が高速で迫り来る。

 なにも学んでないのか、なんで人の話を聞かないのか。


 様々な文句が脳裏をよぎったが、それらを口にする間もなく。


 巨頭がわたしの頭に。



   ***



「……はあっ!?」


 勢いよく身体を起こした。


 ベッドは汗でぐしょぐしょだ。抜けた髪の毛が落ちていて汚い。


「……いや、途中で気づいたけどさぁ……」


 やっぱり、夢かい。


「夢の中で怪異に殺されてもねぇー……」


 体温計を使うと、まだ熱は下がっていない。38.9℃。頭痛と吐き気もある。


 酷い風邪を引いた。こんな悪夢、泣きっ面に蜂だ。どうしてこんな目に遭わなければならないんだ。


「……星太郎くんの呪いかな」


 最近、怪異探しに殺人事件が関わってきている。だから、こんな悪夢を見る羽目になったのか。


 それは星太郎くんに出会ってからだが……。


「……ま。彼のおかげで楽しいし。今更バイバイとか、あり得ないけどね……」


 だから夢の中みたいな、淡白な星太郎くんじゃなくて、いつもの彼と喋りたい。


「……早く、風邪治そう……」


 と、思った瞬間。スマホが振動する。電話だ。


「はい……九木でーす……」


 画面に表示された名前は……。




「良かった、狐十子! ちょっと知りたいことがあるの!」


「なに、天詩さん……」


 


 ──電話しながら見た本棚の上から、写真立てが見つめ返した。


 そこには子どもの頃の記憶が、丁寧に収まっている。



 写る彼女の顔は、数年前からずっと、わたしを冷たく眺めている。


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