捜査 ‐神社‐
「星太郎くん、こっち来てー!」
村を散策すると言って消えていた九木が、神社の参道から手招きをしていた。
「……なんだよ」
「神社の裏! 知ってる?」
僕は大仰な鳥居をくぐり、九木の後を追った。神社の裏は山道につながっており、勾配があった。
「まだ八尺様とやらを調べてるのか?」
あからさまにため息を吐いてみせたが、知ったことではないと言うように顔を逸らされた。
神社はとある事情で不気味な場所だ。
「凄い地蔵の数……壮観だね!」
「気味悪いだけだ」
そこは、まるで地蔵の墓場だった。土に埋もれているものや、露出して倒れているもの、逆に奇妙なほど綺麗なものなど、様々な地蔵が安置されている。
「なんのために、こんなのが?」
「知らない」
「ま、なんでもいいけどね。ネタになるし」
ネタ、という俗っぽい言葉が引っかかる。
「わたし、大学では同好会に所属しててさ」
「同好会?」
「みんなオカルト大好き。定期的に怖い話をするの。そのネタになりそうってこと!」
「お前みたいなのが他にもいるって事実、知りたくなかったよ」
頭が割れて欠片が落ちている地蔵もある。子どもの頃からこの場所の意味など考えたこともなかったが、案外、本当に地蔵の墓場なのかもしれない。
「ん……地蔵……?」
ふと、忘れかけていた記憶が蘇る。
「どしたの?」
「いや……地蔵といえば、10年前。あの事件の後、地蔵が壊されたんだったか……?」
「えっ! 本当!?」
九木は目を輝かせる。余計なことを言ったかもしれない。
「本家の投稿もね、八尺様を封じていた地蔵が壊されていたってオチなんだよ!」
「は? どういう……?」
怪談のオチだけ説明されても困る。
「そもそも八尺様はとある地域に封印されていたらしいの。どうやって、というと、地蔵をその地域に結界みたいに配置して」
「八尺様はなんだ? 悪霊みたいなもんなのか?」
「近いかも。まあよく分かってないんだよね。八尺様に魅入られた人は取り殺されるらしいけど」
……僕が見たのがそれだとすれば、実は僕は魅入られていた……とかって話ではないだろう。僕はピンピンしている。10年越しに殺されるなんてことはない、と思いたい。
「だからそこから八尺様は出られないし、投稿者は村から逃げて、もう安全って話だったんだけど」
「……いつの間にか地蔵が壊れていて、投稿者のもとに向かっているのかも……ってオチか?」
「そういうこと!」
不気味な一致だ。九木の興奮具合がどんどん増している。
しかし、幸いというべきか、不一致も思い出した。
「……そうだ。壊されたんじゃなかった」
「えー、違うのー?」
「正確には……確か……祭りの途中、美夏がいなくなったからって、松矢田のおじさんとかが捜索を始めて……」
時が経って、しかも僕自身が体験したわけじゃないからうろ覚えだ。
「思い出した」僕は九木を連れて神社の裏から移動した。それほど距離は離れていない。本殿から数10mくらいの森だ。
ぽつんと立つ、苔むした地蔵がいた。
「そのとき、この地蔵が消えていた……らしい。でも、翌朝には元通りここにあったんだ」
「祭りの夜に地蔵が一度消えて、次の日に戻ってきたってこと?」
「まあ、そう……だな」
「探してるときは夜だったんでしょ? しかも森の中。見えなかっただけじゃない?」
「年寄りほど地蔵みたいなものを大事にする。消えたってみんなすぐに気づいて、ちょっとした騒ぎになった。だが翌朝には戻ってきていたし、なにより遺体の発見だ。謎の究明をしようにもそれどころじゃなかったよ」
「うーん。ミステリー。でも、そこはかとなくホラーチック……」
「……なんでもホラーにするんだな、お前」
「星太郎くんは、こういうの信じないタイプ? 怖い話とか好きじゃないの?」
「いてもいなくても、どっちでもいい。っていうか、どうでもいいな……」
「うーわ、冷めてるなー」
「実在するか分からないオカルトより、確実にいて、どこに潜んでるか分からない犯罪者の方が、よっぽど怖いさ……」
九木はにやけていた顔を引き締めた。冷めてる、と僕に言ったくせに、氷のように冷え切った表情だ。
「君もそういうタイプぅー?」
「どういうタイプだよ」
「怪談でさ、本当に怖いのは人間かもしれませんねって、オチつけちゃうタイプ」
「なんのポリシーがあるのか知らないけど。多いだろうな。人の方が怖いってやつ」
「そんなわけないのに」
「あ?」
「この世でもっとも怖いものは、未知だ。底の見えない穴。見たことない生物。宇宙の果て。人間なんて、既知の塊なんだから。どんな事件を起こそうと、たかが知れてるよ」
つらつらと高説を垂れたようだが、知ったことではない。聞いたこともない異国の文化の素晴らしさを説かれても、困惑しかない。
「……じゃあもし、これが八尺様なんて関係ないもんだったら、どうするんだ」
「それは、ずいぶん……つまらないね」
どうも、イカレたやつに目をつけられてしまったようだ。
「でもなー。なーんか変なんだよなー……」
変なのはお前だ。
そう言ってやってもよかったが、それすら億劫な気分だった。
***
まだ陽が沈まないうちに、樫居から誘われて隣町の銭湯に行くことになった。
早くないかと僕が言うと「帰り道が暗くて事故る」とのことだった。そういうことなら、従うしかない。
「わたしまで! ありがとうございまーす!」
「いーのいーの。村の風呂は、都会っ子じゃキツイだろうし」
「村の風呂?」
「ドラム缶」
「うへっ……」
後部座席に、九木が座っている。助手席が空いていてよかった。隣り合うのは勘弁してほしかったから。
ぺちゃくちゃと、樫居と九木の間で会話が繰り広げられている。知らん顔をしていれば、別に話を振られるわけでもないし、好きにすればいいけれど。
やがて、僕が10年前に見た、八尺様と思しき女の話題に変わった。
「八尺様? う……なんか怖いね……」
「星太郎くん、樫居さんに言ってないんだ」
樫居は「初耳だよ」と驚いている。
「親にだけ相談したんだ。そしたら、『そんな訳の分からんこと、他の誰にも言うなよ!』……ってさ」
「あはは……」
樫居は苦笑いした。
「それにしても、妙な話だね。背の高い女ってだけじゃなく、それが……亡くなった美夏に似てるだなんてね」
車が大きく跳ねた。悪路ではよくあることで、久しぶりの痛みだった。九木は驚いている。
「なあ……八尺様ってのは、誰かの霊とかなのか?」
「あんまり、そういう説は聞いたことないなぁ」
九木は外を眺めながら答える。
「説……」
「わたし的には、その美夏さんに似てるっていうのも、偶然だと思うんだけどな」
「記憶がはっきりしてるわけじゃないしな」
「八尺様、ねぇ……」樫居は九木の話を、どう受け取っているのだろうか。
くだらない与太話か、案外まともに聞いているのか。
しばらくぼうっとしながら樫居は運転していたが、ややあって九木に訊ねる。
「蘭美ちゃんの話は、もう聞いた?」
「え? ラミ?」
「そう。美夏の妹、楢庭蘭美」
「いや……知らないです」
バックミラー越しに、九木が睨めつけているのが分かる。どうして教えてくれないんだ、とでも言いたげだ。
「……教えたって、お前はどうでもいいだろ」
「人並みにはいろんなことに興味あるんだよ?」
「どっちにしたって、特に語ることなんてないよ。楢庭蘭美は……20年前、僕が生まれるほんの少し前に、亡くなってるんだから」
樫居が後の言葉を継ぐ。
「美夏が7歳のとき、蘭美ちゃんは5歳。奇しくも、同じ祭りの日……」
「同じ祭りの日? なんの話──」
「彼女は……彼女も、事故で死んだ。星太郎も、あまり詳しくないよな?」
「……ああ。中学に上がったあたりで、ようやく教えてもらったよ。酷い偶然だ……」
九木は陰鬱とした息を、長めに吐く。
「ご両親は……今どうされてるんですか? 娘を2人も亡くして……」
「両親は……うん。離婚して、父親はどこか遠くに。母親は、しばらく村で働いていたけど。……病院に入院してるよ」
「精神的な理由で?」
「そうさ」
「あらら……」
「星太郎、せっかくだから、お見舞いに行ったらどうだ?」
樫居は、おそらくは深く考えず、提案する。
僕はシンプルに「いい」と答えた。
九木が目を細める。また、「冷めてるなー」とでも思っているのだろうか。
余計なことだ。
「うーん」
九木がまた、不気味に唸った。
「……変だな、とか考えてんのか?」
「そりゃ変だよ。20年前に蘭美って子が死んで、その10年後の、同じ祭りの日に、お姉さんが死んだんでしょ? 本当に偶然?」
「もちろん変だ。だがな、警察が捜査して事件性のない事故だって、判明してんだよ。それなら偶然だろうが」
「なんか、ヤバい呪いとかだったりして……」
薄気味悪く、口角を上げる。
僕は不謹慎だ、なんてことを思う清い心は持っていないが、軽い調子で呪いなどと口にする性根が気に入らない。
「そんなもん、ねぇよ……!」
「でも、この村は今までお祭をやってるんでしょ?」
「だからなんだよ」
「山の神様に、安全に過ごせますようにとか、山の恵みを分けてくださいーとか。そんなことを祈ってるんでしょ?」
樫居は弱々しく頷く。
「そういうのは信じるのに、呪いは信じないなんて、ちょっと変じゃない?」
「……」
「あー。でも」
そこで九木は、しばらく黙っていた。
窓の外を眺め、後方に流れていく山の木々を、ただじっと目で追っていた。
僕と樫居が1分ほど待ってから、彼女は口を開いた。
「……もし、呪いも怪異も関係ないなら……誰かが……やっちゃったのかもね?」
やっちゃった。
子どもじみた言葉選びだった。しかし、九木の言い方は酷く冷たかった。
なにを言いたいのか、僕も樫居も分からず、ずっと無言だった。
いや、分かっていて、分からないフリをしていたのかもしれない。
樫居は小さな声で言った。
「……星太郎は知らないだろうけど」
「なにが?」
なんとなく、嫌な予感がした。
「蘭美ちゃんの死は、事故死なんだけど……同じなんだよ」
「……え?」
「美夏と、ほとんど同じなんだ。……森の中で、頭を打って、死んでいた」
「は……?」