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死ぬ程洒落にならない怖い事件簿  作者: 春山ルイ
八尺様殺人事件
4/53

捜査 ‐神社‐

「星太郎くん、こっち来てー!」


 村を散策すると言って消えていた九木が、神社の参道から手招きをしていた。


「……なんだよ」

「神社の裏! 知ってる?」


 僕は大仰な鳥居をくぐり、九木の後を追った。神社の裏は山道につながっており、勾配があった。


「まだ八尺様とやらを調べてるのか?」


 あからさまにため息を吐いてみせたが、知ったことではないと言うように顔を逸らされた。


 神社はとある事情で不気味な場所だ。

 

()()()()()()……壮観だね!」

「気味悪いだけだ」


 そこは、まるで地蔵の墓場だった。土に埋もれているものや、露出して倒れているもの、逆に奇妙なほど綺麗なものなど、様々な地蔵が安置されている。


「なんのために、こんなのが?」

「知らない」

「ま、なんでもいいけどね。ネタになるし」


 ネタ、という俗っぽい言葉が引っかかる。


「わたし、大学では同好会に所属しててさ」

「同好会?」


「みんなオカルト大好き。定期的に怖い話をするの。そのネタになりそうってこと!」


「お前みたいなのが他にもいるって事実、知りたくなかったよ」


 頭が割れて欠片が落ちている地蔵もある。子どもの頃からこの場所の意味など考えたこともなかったが、案外、本当に地蔵の墓場なのかもしれない。


「ん……地蔵……?」


 ふと、忘れかけていた記憶が蘇る。


「どしたの?」

「いや……地蔵といえば、10年前。あの事件の後、地蔵が壊されたんだったか……?」

「えっ! 本当!?」


 九木は目を輝かせる。余計なことを言ったかもしれない。


「本家の投稿もね、八尺様を封じていた地蔵が壊されていたってオチなんだよ!」


「は? どういう……?」


 怪談のオチだけ説明されても困る。


「そもそも八尺様はとある地域に封印されていたらしいの。どうやって、というと、地蔵をその地域に結界みたいに配置して」


「八尺様はなんだ? 悪霊みたいなもんなのか?」


「近いかも。まあよく分かってないんだよね。八尺様に魅入られた人は取り殺されるらしいけど」


 ……僕が見たのがそれだとすれば、実は僕は魅入られていた……とかって話ではないだろう。僕はピンピンしている。10年越しに殺されるなんてことはない、と思いたい。


「だからそこから八尺様は出られないし、投稿者は村から逃げて、もう安全って話だったんだけど」


「……いつの間にか地蔵が壊れていて、投稿者のもとに向かっているのかも……ってオチか?」


「そういうこと!」


 不気味な一致だ。九木の興奮具合がどんどん増している。

 しかし、幸いというべきか、不一致も思い出した。


「……そうだ。壊されたんじゃなかった」

「えー、違うのー?」


「正確には……確か……祭りの途中、美夏がいなくなったからって、松矢田のおじさんとかが捜索を始めて……」


 時が経って、しかも僕自身が体験したわけじゃないからうろ覚えだ。


「思い出した」僕は九木を連れて神社の裏から移動した。それほど距離は離れていない。本殿から数10mくらいの森だ。


 ぽつんと立つ、苔むした地蔵がいた。


「そのとき、この()()()()()()()()……らしい。でも、翌朝には元通りここにあったんだ」


「祭りの夜に地蔵が一度消えて、次の日に戻ってきたってこと?」

「まあ、そう……だな」


「探してるときは夜だったんでしょ? しかも森の中。見えなかっただけじゃない?」


「年寄りほど地蔵みたいなものを大事にする。消えたってみんなすぐに気づいて、ちょっとした騒ぎになった。だが翌朝には戻ってきていたし、なにより遺体の発見だ。謎の究明をしようにもそれどころじゃなかったよ」


「うーん。ミステリー。でも、そこはかとなくホラーチック……」

「……なんでもホラーにするんだな、お前」


「星太郎くんは、こういうの信じないタイプ? 怖い話とか好きじゃないの?」


「いてもいなくても、どっちでもいい。っていうか、どうでもいいな……」


「うーわ、冷めてるなー」


「実在するか分からないオカルトより、確実にいて、どこに潜んでるか分からない犯罪者の方が、よっぽど怖いさ……」


 九木はにやけていた顔を引き締めた。冷めてる、と僕に言ったくせに、氷のように冷え切った表情だ。


「君もそういうタイプぅー?」

「どういうタイプだよ」


「怪談でさ、本当に怖いのは人間かもしれませんねって、オチつけちゃうタイプ」


「なんのポリシーがあるのか知らないけど。多いだろうな。人の方が怖いってやつ」


「そんなわけないのに」


「あ?」


「この世でもっとも怖いものは、未知(みち)だ。底の見えない穴。見たことない生物。宇宙の果て。人間なんて、既知(きち)の塊なんだから。どんな事件を起こそうと、たかが知れてるよ」


 つらつらと高説を垂れたようだが、知ったことではない。聞いたこともない異国の文化の素晴らしさを説かれても、困惑しかない。


「……じゃあもし、これが八尺様なんて関係ないもんだったら、どうするんだ」


「それは、ずいぶん……つまらないね」


 どうも、イカレたやつに目をつけられてしまったようだ。


「でもなー。なーんか変なんだよなー……」


 変なのはお前だ。

 そう言ってやってもよかったが、それすら億劫な気分だった。


  ***


 まだ陽が沈まないうちに、樫居から誘われて隣町の銭湯に行くことになった。


 早くないかと僕が言うと「帰り道が暗くて事故る」とのことだった。そういうことなら、従うしかない。


「わたしまで! ありがとうございまーす!」


「いーのいーの。村の風呂は、都会っ子じゃキツイだろうし」


「村の風呂?」


「ドラム缶」


「うへっ……」


 後部座席に、九木が座っている。助手席が空いていてよかった。隣り合うのは勘弁してほしかったから。


 ぺちゃくちゃと、樫居と九木の間で会話が繰り広げられている。知らん顔をしていれば、別に話を振られるわけでもないし、好きにすればいいけれど。


 やがて、僕が10年前に見た、八尺様と思しき女の話題に変わった。


「八尺様? う……なんか怖いね……」

「星太郎くん、樫居さんに言ってないんだ」


 樫居は「初耳だよ」と驚いている。


「親にだけ相談したんだ。そしたら、『そんな訳の分からんこと、他の誰にも言うなよ!』……ってさ」


「あはは……」


 樫居は苦笑いした。


「それにしても、妙な話だね。背の高い女ってだけじゃなく、それが……亡くなった美夏に似てるだなんてね」


 車が大きく跳ねた。悪路ではよくあることで、久しぶりの痛みだった。九木は驚いている。


「なあ……八尺様ってのは、誰かの霊とかなのか?」

「あんまり、そういう説は聞いたことないなぁ」


 九木は外を眺めながら答える。


「説……」


「わたし的には、その美夏さんに似てるっていうのも、偶然だと思うんだけどな」


「記憶がはっきりしてるわけじゃないしな」


「八尺様、ねぇ……」樫居は九木の話を、どう受け取っているのだろうか。

 くだらない与太話か、案外まともに聞いているのか。


 しばらくぼうっとしながら樫居は運転していたが、ややあって九木に訊ねる。


「蘭美ちゃんの話は、もう聞いた?」

「え? ラミ?」


「そう。美夏の妹、楢庭(ならにわ)蘭美(らみ)

「いや……知らないです」


 バックミラー越しに、九木が睨めつけているのが分かる。どうして教えてくれないんだ、とでも言いたげだ。


「……教えたって、お前はどうでもいいだろ」

「人並みにはいろんなことに興味あるんだよ?」


「どっちにしたって、特に語ることなんてないよ。楢庭蘭美は……20年前、僕が生まれるほんの少し前に、亡くなってるんだから」


 樫居が後の言葉を継ぐ。


「美夏が7歳のとき、蘭美ちゃんは5歳。奇しくも、同じ祭りの日……」


「同じ祭りの日? なんの話──」


「彼女は……彼女も、()()()()()()。星太郎も、あまり詳しくないよな?」


「……ああ。中学に上がったあたりで、ようやく教えてもらったよ。酷い偶然だ……」


 九木は陰鬱とした息を、長めに吐く。


「ご両親は……今どうされてるんですか? 娘を2人も亡くして……」


「両親は……うん。離婚して、父親はどこか遠くに。母親は、しばらく村で働いていたけど。……病院に入院してるよ」


「精神的な理由で?」

「そうさ」

「あらら……」



「星太郎、せっかくだから、お見舞いに行ったらどうだ?」


 樫居は、おそらくは深く考えず、提案する。


 僕はシンプルに「いい」と答えた。


 九木が目を細める。また、「冷めてるなー」とでも思っているのだろうか。

 余計なことだ。


「うーん」


 九木がまた、不気味に唸った。


「……変だな、とか考えてんのか?」


「そりゃ変だよ。20年前に蘭美って子が死んで、その10年後の、同じ祭りの日に、お姉さんが死んだんでしょ? ()()()()()?」


「もちろん変だ。だがな、警察が捜査して事件性のない事故だって、判明してんだよ。それなら偶然だろうが」


「なんか、ヤバい()()とかだったりして……」


 薄気味悪く、口角を上げる。

 僕は不謹慎だ、なんてことを思う清い心は持っていないが、軽い調子で呪いなどと口にする性根が気に入らない。


「そんなもん、ねぇよ……!」


「でも、この村は今までお祭をやってるんでしょ?」


「だからなんだよ」


「山の神様に、安全に過ごせますようにとか、山の恵みを分けてくださいーとか。そんなことを祈ってるんでしょ?」


 樫居は弱々しく頷く。


「そういうのは信じるのに、呪いは信じないなんて、ちょっと変じゃない?」


「……」


「あー。でも」


 そこで九木は、しばらく黙っていた。

 窓の外を眺め、後方に流れていく山の木々を、ただじっと目で追っていた。


 僕と樫居が1分ほど待ってから、彼女は口を開いた。


「……もし、呪いも怪異も関係ないなら……誰かが……やっちゃったのかもね?」


 やっちゃった。

 

 子どもじみた言葉選びだった。しかし、九木の言い方は酷く冷たかった。


 なにを言いたいのか、僕も樫居も分からず、ずっと無言だった。


 いや、分かっていて、分からないフリをしていたのかもしれない。


 樫居は小さな声で言った。


「……星太郎は知らないだろうけど」

「なにが?」


 なんとなく、嫌な予感がした。


「蘭美ちゃんの死は、事故死なんだけど……同じなんだよ」


「……え?」


「美夏と、ほとんど同じなんだ。……森の中で、頭を打って、死んでいた」


「は……?」

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― 新着の感想 ―
星太郎と狐十子の出会いのシーンの会話がとても面白くて、 狐十子のキャラがすごく伝わってきました。 2人の対比がとってもいいですね。 怪異と推理、謎が謎を呼ぶ展開で続きが気になります! ありがとうござ…
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