証言 ‐ヤクザたち‐
素人の検死には限界がある。
ここからは、1人ずつ聴取していく。本音を言えば非常にやりたくないが。
まずは麻貝だ。遺体のある部屋で行うのは気が引けたが、他に場所もないので、我慢する。
蛙辺は退室し、聞き取りの順番を待つ。荒鮫は背後に立っていて、一応、あたしを守ってくれているようだ。
「あ、荒鮫さん。メモ紙とペン、ないですか」
「……あー。この部屋にはないなぁ。若はいっつも、パソコンでメモとってたから。ペンいらんねん」
そう言って、応接間からメモを持ってきてくれた。本当に、ヤクザじゃなければ良い人と言えたのだが……。
麻貝が入室してきた。
「おうコラ! 俺を疑おうってのかァ!? 覚悟はできてんだろーなァ!?」
相変わらずの大声だ。この部屋が防音でなければ、別室に移動させた意味がなかった。
「疑っているのでなくて、全員に話を聞こうっていう段階で……」
「同じことじゃあねぇかよ!」
今にも殴りかかりそうな雰囲気だ。しかし背後の用心棒がなにか合図をしたようで、麻貝の動きは止まり、少し大人しくなった。
「えっと、その。麻貝さんは事務所の鍵を持っていたんですよね?」
「……あァ。早寝早起きが俺の特技だからな」
特技か、それ?
「今日も時間通り、9時に鍵を開けに来たよ」
「昨日はどうでした? 何時に施錠されたんです?」
「夜11時」
「獅子場さんが亡くなった時刻の約1時間前ですね……あなたが最後に事務所を出たんですか?」
返答次第では麻貝が最有力容疑者に躍り出る。
「ズベも一緒だ。あのアホがチンタラ出てくんのを外で待ってた」
「……蛙辺さんは中に、どれくらいいました?」
「5分くらいだなァ。言っておくと、若は自分の部屋、つまりこの部屋にこもって出てこなかった」
蛙辺も容疑者だ。後で詳しく聞かねばならない。
「12時20分頃……なにをしてました?」
「家帰ってエロ動画観てた。証明するやつァいねぇな」
「……そ、そうっすか」
聞くんじゃなかった。そしてアリバイはなしと。
「あと、昨日はずっと事務所で仕事だ。俺は呪具を買う、物好きを探してた。外にも出てねぇかもな」
「他の方も?」
「なにしてたのかは知らねぇが、みんないたと思うぜ」
「なるほど」
会話が中断されると、麻貝の貧乏揺すりの音が耳に入る。
「つーかよ。こんなアリバイ確認なんて意味あんのか?」
「それは、どういう?」
「お前、若の死因はなんだと思ってるんだ」
外傷はどこにもない。そうなると考えられるのはひとまず。
「病死、他殺なら毒物……だと思います」
「そうだなァ。若が病気だって話は知らねェ。病死の線は無しだ」
「では、毒殺ですか」
「もし遅効性の毒なら、1時間以上前、俺らが全員事務所にいた時間に盛られたかもしれねぇぞ。アリバイ確認に意味はなくなっちまう」
「あ……」
確かにそうだ。この男、短気だが短絡的じゃない。頭が回る。あたしより。
「即効性の可能性もあります。なので、アリバイ確認は大事です」
「そうかもなァ」
「そ、そうだ。朝、鍵を持ってきたのは麻貝さんですよね。一緒にいたのは荒鮫さん」
「んだよ。俺が犯人なら鍵は閉めねぇって話だっただろ」
「火蜂さんの言うとおり、それを逆手に取って、とか」
「……お前よォ……本当に犯人、分かるんだろうなァー!?」
「すいませんっ!」
……いや、分かるだなんて言っていない。一言たりとも、だ。
「じ、実は麻貝さんは、荒鮫さんが来るよりもっと早くに事務所に来ていて獅子場さんを──」
「死後硬直は数時間経ってたんやろ。麻貝がそん時に殺したんなら、時間がおかしいやろ」背後の荒鮫がツッコミを入れた。
「あ」
「……不安なってきたわ」
もちろん、あたしは最初から不安だ。
麻貝は逆に、無言になっていた。
***
麻貝の聴取が終わり、間髪入れずに火蜂を入室させた。
彼は床の遺体に一瞥してから、あたしの前に腰を下ろす。
「──夜中は、友人と呑んでいた。バーでな。証拠なら見せようか? レシートと、友人と撮った写真だ。時間もバッチリだよ」
彼のアリバイは、麻貝と違って確かなものがあった。感情のなさそうな瞳が、レンズの奥で光っている。
「と、とはいえ……アリバイ確認に意味があるのかは……」
「なんだと? どういう意味だ」
あたしは麻貝に言われたことを教えた。毒が遅効性ならアリバイは無意味だ、と。
「馬鹿な」火蜂は鼻で笑う。「おい荒鮫。お前もそう考えていたんじゃないだろうな」
「あん? なんか変かいな」
「おい刑事。確認するが、死因が毒だとして、それがどこに混入されたかは分かっているんだろうな?」
「えっと、いや……」刑事じゃないです。
「はぁ……コーヒーだ。若はコーヒーを愛飲する。そこに毒が入れられたと考えるのが妥当だろう」
死亡推定時刻、死因、毒の種類に混入経路……それらすべて、1人で推理するなんて不可能に決まっているだろう。小説の探偵じゃないんだから。
「そしてコップにもこだわりがない。紙コップを使うんだ。部屋の外に、紙コップホルダーがあっただろう? そこに蓄えられた紙コップから、私たちは無秩序に取るんだ」
「じゃあ、前もって毒を塗ったりは無理ですね。他の人が使っちゃうかもしれないし。あ……それなら、紙コップが捨ててあるかも……!」
「ない。私が確認した」
「あえ……」
火蜂は鼻を鳴らす。
「つまりだ。犯人は紙コップを捨てたんだよ。万が一にでも毒物を検出されないために、事務所以外の場所でな」
当然、被害者がコーヒーを飲んだ後で。
「若が亡くなるまで、犯人はここにいた。遅効性でも即効性でも関係ない。0時20分付近、アリバイがある私に犯行はできない」
犯人は被害者にドアを開けてもらい、事務所に入った。コーヒーを淹れ、この部屋で2人で飲み交わした。被害者が目を離した隙に、毒を混入させ、死亡してから証拠を隠滅した。
これが正しければ、火蜂は容疑者から外れる。
「火蜂さんは昨日、ずっと事務所にいたんですか?」
「朝に少し顔を出したが、それから夕方までは外だな」
「なにをしに?」
「仕事」
「……内容は」
「言わなきゃ駄目か? 借金まみれのクズどものケツを蹴っ飛ばしてやる。それだけだ」
「……そっすか」
「笑えたな。クズの1人が泣きながら、『親が払うはず!』って縋り付いてきやがった。テメェが前に、親を死んだことにしてたんじゃねぇか……くくっ」
この人たちの言動を深掘りすると、ろくなことにならない。
***
蛙辺を入室させる。しかし先に聞くのは彼ではなく、荒鮫だ。
「俺は……荒鮫さんの代わりですね」
「ワシが暴れ出さんように見張る役や」
「……暴れ出すんすか」
「その女がアホなこと言ったりしてな」
「気、気をつけます……」
──気を張って向かいあったものの、得られた情報は少ない。麻貝のものとほとんど変わらないのだ。
「──荒鮫さんも夜中のアリバイはなし。朝も、麻貝さんとビル前で会うまでアリバイなし、か……」
「傍から見りゃワシも怪しいんやろな」
「えっと……遺体を発見してからは?」
「本当に死んどるんか、麻貝と確認してたら、火蜂とズベが来た。ズベが外に警官がいたって言うたから、ワシがすぐお前を呼んだんや」
「なるほど。……今更ですが、ドアの錠はピッキングなど可能ですか?」
「……ワシがそうして入ったって言いたいんか」
「えっと……」
「……まあええ。不可能や。とびきり複雑な錠にしてある。カチコミされたらかなわんからな」
「うーん……」
アリバイという点では火蜂はシロ。麻貝は鍵を所持しているため怪しくもあるが、逆に不自然だ。どちらも怪しいようで、怪しくない。
ただ、論理的に考えると、もっともシロに近いのは、荒鮫かもしれない。
「荒鮫さん。もし犯人が見つかったら、どうするんですか。まさか警察に引き渡すなんてしないんでしょう?」
「当たり前や。内々に処理する」
犯人にとって、最悪なのは警察の介入だ。現在、あたしが窮地に立たされてる原因は、まともな捜査ができないことにある。
逆に言えば、捜査さえできれば、この件は確実に片がつくのだ。
犯人は警察を避けるヤクザの立場を利用して、罪から逃れようとしている。犯人が見つからなければ、犯人には猶予が生まれ、偽装もできる。
つまり、あたしを呼んだ荒鮫の行動は、犯人だとすれば自分の立場を不利にするだけのことなのだ。
あたしがか弱い婦警だから良かったが、正義感に溢れる刑事だったら、自分を犠牲にしてでも署に連絡した可能性がある。
「荒鮫さん。獅子場さんが殺された理由、犯人の動機について、心当たりはありますか?」
「……知らんなぁ。……いや、あれか?」
「あるんですね?」
「ワシら天巌組の組長、天巌神蔵。組長はうちから薬物の取引が行われていることを知って、調べを進めていたんや」
「や、薬物、ですか」
「1年くらい前らしいなぁ。知ったのは」
「その……失礼ですが、ヤクザっていうのは普通に行われてるものかと……」
荒鮫は歯を見せた。その凶悪な様は、歯というより牙にも見える。
「そら、やっとるわ。けどな、組長が調べてるのは、自分が知らんところで行われてる取引や」
「行われてはいるんすね……」
「組長と若が電話で話してるのを聞いた。そんで若は……その取引してる野郎を見つけ出してオトシマエつけさせる気やったんや」
「それでバレそうになって、犯人は獅子場さんを……ってわけですね」
「きっとな」
「その人物に心当たりは……」
「あったら言っとるわ」
「ですよねー」
動機の面から探っていくのは難しそうだ。ならば、やはり現場の状況と証言から真実を整理していかなければならない。
「ひとまず……荒鮫さんは以上です。蛙辺さん、お願いします……」
最後の容疑者だ。ここまで空振りとまではいかなくとも、手応えがない聴取ばかりだった。最後の1人で、逆転ホームランに期待していた。
期待、していたのだが。




