怪談 ‐くねくね事件‐
『これから語ることは、自己弁護や懺悔のためのものではありません。
私の罪を暴いてくださった2人のために、ただ真実を告白するだけです。
すでに明らかにされたことですが、それでも。ほんの少しの間、ご静聴ください』
***
すべてはあの男、高蕪が私の家の金を盗む計画を立てたところから始まりました。
高蕪は勝手口から家に侵入しました。監視カメラは動体検知式。それに録画までのラグがある。
取り付けてある電柱によじ登り、レンズにキャップをはめてしまえば、視界は暗くなるし、暗闇の中では動くものもない。監視カメラは機能停止します。
古いドアは素人のピッキングで簡単に開きました。監視カメラといい鍵といい、かいくぐってまで盗みを働く俗人がいるとは思わず、油断してしまったのです。
そうですね。
これは私の油断が招いた悲劇でもあります。
それから彼は勝手口横の仏間に忍び込み、畳を剥がします。床板はのこぎりで切り取ったようでした。そして床下に潜ってから、事件現場となった和室の真下にまで入り込んだのです。
後は私たちがいないときを見計らい、床板と畳を剥がして、部屋に侵入しました。知ってのとおり、庭にある監視カメラは入口を見張っていますが、中までは映りません。
金は押入れの中の、天井裏に隠してありました。
彼は計画通り盗みを働いたわけですが、そこで、予想外の出来事が起こります。
妻が、百音が予想より早く帰ってきてしまったのです。
百音は逃げず、高蕪を止めようとしました。まったく知らない相手なら、逆に良かったのでしょう。恐怖が勝り、逃げ出そうとするでしょうから。
ですが、相手は知り合い。狭い町だから、知り合いじゃない人の方が珍しい。運命は、そこで決定づけられた。
高蕪は迫ってくる百音に対し……そうですね。おそらく、持っていた金を、振りかぶったのだと思います。運ぶためにきっと、布かなにかにくるんでいたでしょうから、立派な鈍器になったことでしょう。
きっと百音はそこで亡くなりました。高蕪は計画外の出来事に混乱しましたが……ああ、憎らしいことに、彼女とともに床下に逃げることで、失踪事件をでっち上げようとしたのです。
事実、私も。床下という抜け道に気づいたのは数日後のことでしたよ。
百音を山に捨て、高蕪は悠々と手に入れた大金に、醜く顔を綻ばせたことでしょう。
私は真相に気づいていない間抜けを演じ、彼に会いに行きました。十中八九、彼の仕業と推理していましたが、もしかしたら、とわずかな希望も抱いていたんです。一応、昔からの知り合いでしたしね。
それで、彼はなんて言ったと思いますか?
「──そうだ、知ってるぞ。この町に、昔から伝わる伝承があったんだ!」
「……伝承?」
「くねくねだよ! 百音の奴、きっとそいつに攫われたんだ!」
「そんな、馬鹿な」
「だ……だから、田んぼには近づくなよ! くねくねと遭遇するかもしれねぇから!」
「……なんだ? 田んぼに近づくな……?」
「──ああ、可哀想に! ……雅人! 運が悪かったよ、うん。
いや、もしかしたら、まだ生きていて、そのうちひょっこり現れるかもしれねぇ! 決して諦めちゃいけねぇぞ!」
殺そう。
そう決めてからは、早かったですね。
彼が口にした、くねくねという怪異を利用しよう。百音も高蕪も、化け物に殺されたのだと思わせよう。
彼がどこに金を隠したのか、計画のために、詳しく知る必要がありました。準備期間は、1ヶ月。
その間、ずっとなにも知らず、妻が生きているかもと希望を抱いているように振る舞う。そして最愛の妻を殺した屑と普通に過ごす。
まるで溶岩を喉の奥に流し込まれるような、耐えがたい日々を送っていたのです。
罪を擦り付けるために、都合良く、コーンさんという方が現れてくれました。無関係の彼には申し訳ないことをしました。
コーンさんと高蕪にそれぞれ手紙を出しました。前者には高蕪が自宅に招くという、後者には金が狙われているぞと、脅しのメッセージを。
私は高蕪が家にいる時間を見計らい、カカシに変装しました。金を見に来た高蕪の背後を取れる位置に立ってね。
そしてコーンさんと一悶着があった後、高蕪は金を別の場所に移そうと、私の目の前にまでやって来たのです。
私はその時点ですでに、暑さで朦朧としていたのですが、彼が目の前に来た瞬間、意識がぱっと戻りました。
火事場の馬鹿力かもしません。普段よりも力強く私の腕は動き、彼の頭を水の中に叩きつけました。抵抗されようが構いません。完全に背後を取った私に、農具も届きませんでした。
やがて、薄汚い欲の亡者は溺死しました。
……まさか、遠くの崖に目撃者がいたなんて、想像すらしていませんでしたよ。
それから、熱中症のせいか、私はミスをしました。
田んぼから山に続く足跡を残し、それから銃を撃って、その場に落としてしまったのです。本来なら、銃を撃って、その場から山に続く足跡を残すべきでした。しかし私の体力も限界に近く、思考する力も残されていません。
床下に死体と共に潜り、コーンさんや稲見さんたちをやり過ごしました。
後は、知ってのとおりです。
山の川に彼を放り込みました。それで充分だったのですが、熊が彼を喰ったのは予想外です。
私はもう、熱と殺人の余韻で、おかしくなっていました。山から降りるとき、私が熊に喰われる危険もありましたが、すでに復讐は果たされたわけだし、いっそ喰われてもいいと思っていました。
翌日からは寝たきりでした。上手いことアリバイとして誤魔化せないかと思いましたが、流石に無理でしたね。
……これで、すべてです。
百音を殺した高蕪を、殺した犯人は。
私、茸林雅人だった……という、陳腐な真実です。




