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真実


 茸林は絶句している。九木はそんな彼を見て、一層調子づいて喋り続ける。


「思えば、おかしいですよね。百音さんの失踪をくねくねの仕業だと言い出したのは高蕪さんでしたが、部屋の中での失踪なんて、くねくねの伝承とはまったく異なります。いきなりそんなこと言い出すのは不自然ですよ」



 百音の殺害は計画にない。慌てた高蕪は、都合の良い存在が昔から伝わっていることを思い出す。


 失踪が人の手によるものではないこと、これは超常現象であり人間では不可能であることを、くねくねの名を使って印象付けようとしたのだ。


「じゃあ星太郎くん。高蕪さんは奪った金を、どこに隠したでしょうか?」


 馬鹿にしているのか? 僕と小豆が突き止めたんじゃないか。


「……田んぼだろ。高蕪の家の前の」


「正解!」


「見てないくせに」


「だって。それしかないよー」


 噛みついてみたものの、確かにそれしかない。


 あの田んぼが描かれたメモは、まさに宝の地図だったわけだ。



「家の中に隠しても安全じゃないことは、他の誰よりも高蕪が知ってることだ。でも大金を遠くにやるなんて怖くて出来ない。

 家の中じゃなくて、目が届いて意外性のある場所。それが、田んぼの中だったんだ」



 満足したように微笑んでから、九木は次に進んだ。



「兄弟がいるんですけど、高蕪さんは2人に、自分がいないときの田んぼの見張りを任せていました。

 くねくねが出てこないかという理由でしたが、本当は大金に近づく者がいないか監視させていたんですね。子どもなら欲がないですから」



 金を奪っておいて、奪われないためにあれこれ策を弄する様は、怒りももちろん覚えるが、逆に感心もしてしまう。


 茸林はふらふらと頭を揺らし、なんとか顔を上げた。動いていないはずなのに、満身創痍といった様相だ。



「──なるほど。わ……分かりました。高蕪が……信じがたいことですが……」


 一言ずつ、必死に絞り出している。


「ありがとう……ございました……この件を、稲見さんたちに伝え……」



「いやいやいや。ここからですよ」


「……え?」


 茸林はまさか、というように唖然とする。

 

 しかし、もう分かっている。

 それは嘘だ。演技をしているだけだ。



「その高蕪さんは、どうして死んでしまったのでしょう?」


「そ、それは……山で、溺れて……」


「くねくねはいません。……残念ながら」



 もう1つの「何故?」だ。

 何故、高蕪は殺された? 犯人が殺す動機はなんだ?


 百音の事件の真相が分かった今、その問いに答えを出すのは難しくないだろう。



「復讐のため、ですか?」僕は言う。


「お金を奪われたから……より、やっぱり奥さんでしょうね」九木が続ける。


 茸林はもう、目を合わせない。暑さが原因ではない汗を滴らせて、死人のような顔色になってしまった。




「高蕪さんを殺したのは、あなたですね? 茸林雅人さん」


   ***



「……なにを……言ってるのかな……」


 茸林の口はわなわなと震えている。それから苦笑いしてから続ける。


「復讐……だって? 待ってくれよ……考えてみてくれ、私は犯人が高蕪だって、今初めて……」


「嘘をつく時間はもう、終わりですよ」


「……」



「高蕪さんの犯行は、はっきり言って杜撰すぎます。突発的だった百音さん殺害はともかく、ずっと準備していたであろう泥棒計画も。

 金を手に入れた後なんて、我慢できずにバイク買っちゃってるじゃないですか。証拠だって残しすぎてる」



 欲は身を滅ぼす。自分を律することのできない人間は舗装された道を作れない。足を踏み外してしまうのも必然だ。


「そしてあなたは、百音さんを愛していた。彼女が消えた原因を探したことでしょう。そんなあなたが、畳1枚めくったら出てくる抜け道に、気づかないなんてことあります?」



 それから九木は、「どう思う?」と言うように僕に目線を向けた。

 僕はもう役割を終えたと思って黙っていたかったが、仕方なく答える。



「……失踪について、考えられる可能性はそう多くない。どこかの怪異オタクはくねくね、と考えそうだが、それは除いて。

 この家に住む茸林さんが、真相にたどり着けない……とは思いにくい」



「だとしても!」


 怒声が和室を揺らす。侘び寂びなんて、この場には存在しない。



「仮に私が知っていたとして、高蕪を殺すなんて出来やしない! 発砲音がした前後、あの家の周囲には誰もいなかったんだろう!? 

 それだけじゃない。高蕪は、くねくねを警戒する、という名目で農具を携帯していた。下手すれば返り討ちに遭うんだ! 私なんかができるわけない!」


 確かに、彼の痩身で武器を持った人を殺すのは難しい。



「いや、できますよ。誰もいなかった謎と合わせれば、導き出せる答えです」


「……て、適当なことを……」


「コーンさんに手紙を送りましたね? 高蕪さんからの手紙に見せかけた。あれには、()()()()の意味があった」


「ふ……不在……」



「コーンさんが家の前に行ったとき、そして銃声が鳴って、みんなが駆けつけたとき。

 高蕪さんが消えた前後で、あの場には誰もいなかったことを証明する人が必要だったんです。それがコーンさん」


 彼が選ばれたのはやはり部外者だからだろうか。



「茸林さん、事件があったとき。あなたはどこで、なにをしていましたか?」


「……私は体調不良で……家で寝ていた……」

「それを証明する人は? ああ。後で裏を取るんで、嘘は意味ないですよ」


「……いない」

「そうですか。正直にありがとうございます」


 すると九木はくすりと笑った。



「体調不良……それは事実でしょうね。初めてわたしたちが会ったとき、あなたは見るからにフラフラで、演技には見えなかった」


「あ……ああ。稔間に訊いてみてくれ……本当だと言って──」



「熱中症だったんですもんね」



 熱中症。

 

 それも、重度の症状だったはずだ。


「なっ……なんで……」



「星太郎くん。言ってやって!」


「あ? なんで僕が……」


「ずっと黙ってるのも暇でしょ?」

「そういう状況じゃねぇだろ」


 話が進まないし、青ざめた茸林を前にグダグダ言っているのも悪いだろう。僕は仕方なしに口を開く。



「──茸林さん。あなたは()()()()()()()、あの田んぼに立っていたんだ。いくつか置いてある1つにね」


 茸林の引きつった苦笑いも、完全に消え去った。彼は無意識のように前髪をかき上げ、汗を拭う。上がって戻らない髪が、情けなくしなびた雑草のようだ。



「顔には布を、それから帽子を被る。服装も合わせて、磔になる。そうすればぱっと見では分からないし……消えたとしても、1つくらいなら誰も気づかない」


「夕方とはいえ、夏場にずっと立ってたら頭クラクラしちゃうね」


「そして、高蕪が農具を持っていても関係ない。高蕪が近くに来た瞬間に不意打ちすればいい」


 そんな都合よく来るのか、というと、方法はある。



 推測になるが、高蕪にもコーンと似たような手紙が送られたのではないだろうか。

「隠し物を狙う奴が来る」……たとえばこんな感じの手紙だ。


 すると高蕪はコーンを追い返した後、焦って金を確認しに、もしくは移動させようとした。


 ──メモに記した、バツ印まで来るはずだ。



 時間はあった。茸林は、入念に計画の準備を進めた。高蕪家の床板が剥がれていることや、金を隠した場所のことも突き止めたはずだ。



「金を見に来た高蕪は、カカシに変装したあなたに気づかない。来る場所が分かっていれば、背後を取れる位置に、待機することもできる」


「高蕪さんが油断した瞬間、あなたは動き出した。そして後頭部を掴んで……」


「田んぼに敷かれた水に、押し付ける」


「抵抗してももう遅い。高蕪さんは、溺死しちゃった」


「彼の遺体は、歯に土が挟まっていたと警察が報告している。あれは、田んぼの土壌だったんだ」


「と、いうことです。どうですか?」


 僕たちの交互の口撃は、的確な武器となって茸林を貫いた。



 その後、どこに自分と遺体を隠したかというと、床下や用水路が候補となる。外は暗くなり始めていて、人手も灯りも足りていなかったはずだから、まず見つからない。



「しょ……」


 やっとの思いで茸林は反論し始める。表情から、すでに狼狽の段階は通り過ぎ、諦観している様子が見て取れた。


「証拠が、ないじゃ──」


「目撃者がいました」


「え……?」


「畑國小豆くんと、そのお兄さん、大豆くんです」


 その目撃者のせいで、本当にくねくねが現れたのかと僕は混乱したわけだが。


 真実を明らかにしていけば、なんてことはない。ただの見間違いだ。



「高蕪さんの家は、ある崖から見下ろせるんですよ。遠い距離なので正確には分からないでしょうが。

 ……あなたは、カカシに変装する際、白い服と、白い帽子を選択したんじゃないですか?」


 茸林は答えない。的外れではなく、図星の沈黙だと思われた。



「顔は布に覆われ、白い服を着ている。田んぼに生えた作物で、倒れている高蕪さんは見えない。そしてあなたは高蕪さんを沈めている最中だった。その場で動いていたんです。

 あの兄弟たちは遠目にそれを見て、噂のくねくねと誤認したんですよ」



「目撃者……」


 茸林の目は、テーブルの木目を、虚ろに捉えていた。


「どうですか。まだなにか……」



「……いや、いい」


 九木の言葉を、手で制する。



「そう、だね……私が、やった」



「……そうですか」


「百音を殺した高蕪を……殺したのは、私だ。君たちの言うとおり、復讐のためにね……」


 自嘲の笑いが、部屋に広がる。



「……いつかはバレると思っていたけど、まさか、こんなに早く、外から来た人たちにとは、予想していなかったよ」


「復讐して……気分は晴れました?」


 九木の声は穏やかだ。なにを考えているのか測りかねる。


「晴れたか……は、分からない。けど、やるべきで、()()()()()()()、とは思っているよ」


 憎しみや悲しみは、今の彼からは感じられない。しかし、当時はどうだっただろう。はらわたが煮えきって、血液が泡立つほどの怒りを経験したのだろうか。


「君たちの推理がどこまで合っているか……答え合わせをしようか」


「……いいんですか」


「私はこれから自首しに行く。……だから最後に、話させてほしいんだ」


「……」


 そして彼は語り出す。

 すべての事件の真相と、自身が犯した罪の全容を。

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