表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死ぬ程洒落にならない怖い事件簿  作者: 春山ルイ
八尺様殺人事件
3/53

10年前の事件

 あの朝は、とにかく混沌としていた。


 僕は前夜の恐怖が頭から抜けていなかったし、風邪も治っていなかった。だから人々が騒いでいても気にしていられなかった。


 ちょうど、ぼんやりと考えていたはずだ。

 昨日の女は、楢庭(ならにわ)美夏(みか)に似ていたな、と。



 美夏は17歳で、当時の僕より7つも上だった。

 年寄りばかりの村で、子どもは珍しい。だから、彼女とはよく遊んだ。


 事件の数日前、彼女は脚を折った。崖から落ちて、膝の骨はヒビが入っていたらしい。ギプスを着けて松葉杖をついていた。



 ──後に、そのせいだと言われている。



 森の中で、美夏は頭を打って死んでいた。


 僕は直接見ていないため、伝聞でしかないが、後頭部の強打が死因らしい。


 あの日は雨が降っていて滑りやすかった。ましてや、森は滑りやすい木の根や苔むした岩があって、足場は最悪だ。


 事件性のない、不幸な事故として美夏の死は結論づけられた。


 しかし、疑問点も残っていた。


 なぜ、森の中にいたのか。

 脚が悪いのだから、足場が悪い森なんかに彼女が行くはずもない。


 さらに、死亡推定時刻から、事故があったのは祭りがあった夜頃とされている。


 祭りが催されていた場所は村の()にある、山麓の神社だ。山の神の眼下に位置しているのだ、と言い伝えられている。


 それなのに遺体が発見された場所は、神社とはほぼ正反対の、()に位置する森だ。


 なぜ、祭りの最中に反対まで行ったのか。答えを出せる者はいなかった。


 仲が良い彼女が死んだことはショックだったが、僕は遺体も見てないため、現実感がまるで沸かなかった。


 棺の中で眠る彼女を見るまでは。


  ***


 母親は5年ぶりに僕を見ても、特に表情を変えたりしなかった。一言だけ「あら」とは言った。


 夫が死んだことと、息子の帰省では、釣り合いは取れていないのかもしれない。


「ただいま」

「おかえり。いつまでいる予定?」

「明日には」

「……そう」


 どういった感情がこもっているのか、僕には推し量れない。


 母親の髪は、もうすっかり白髪でいっぱいだ。背中も前より曲がったと思う。たった5年で、人は悲しくも変わってしまうものだ。


 すると、母親は眉と声を潜めて僕に言った。


「……樫居くんから聞いた?」

「なにを?」

松矢田(まつやだ)のおじさん、()()()のよ」


「なっ……は? 危ない……って……」


「先週、急に倒れてね。……お医者さん、もう……永くないって」


 父親の訃報より強い衝撃が、身を襲った。


「あんたも、後で見舞いに行きなよ」

「あ、ああ……」


 動揺を隠せず、アホ面で頷くことしかできない。

 樫居が浮かない顔をしていたのはこれが原因か。


 それにしても、とんでもないタイミングだ。父の死から1週間も経たないうちに、もう1人の死期が近づいているとは。


「……あ、ところで……」


 母は、なんとも言えない微妙な表情になる。


「なんだよ……」

「あの子は……誰?」


 あの子。もちろん、九木だ。

 ついさっきも、同じようなことを訊かれた。まあ、訊かない方がおかしいのかもしれない。


「まさか、あんたのかの──」

「違う」

「じゃあ、なに」

「知らん」


 まったく同じ回答をする。


「怖……」


 怪訝な顔つきで母は去っていった。 


 もしかすると、村にいる間、ずっとこの質問をされるかもしれない。


「ね、松矢田って?」

「うおっ!?」


 いつの間にか、九木が背後に立っていた。


「人の名前?」

「あ……ああ」

「ふーん。なんか、大事な人っぽいね」

「元、村会議員。それと、この辺一帯の地域で、ご意見番というか、リーダーというか……」


「子どもの君を可愛がってくれた人だね」


「……なんで分かる」


「君の様子。後は、勘!」



 常夏のような人、というのがみんなからの評価だ。能天気で、祭りのときは率先して盛り上げる。

 しかし決めるときはきちっとする。村の困りごとや細々したことは、彼の妻とともに、解決してきた。


 僕の父親代わりとも呼べる。


「へー」

「……興味ないなら訊くなよ」

「ないこともないよ?」

「ほとんどないやつの物言いだろそれ」


「それはそうとして、君とお父さん、そんなに合わないの?」


「……父は、僕が言うことを、とにかく否定する人だったからな」


 子どもの僕は、父親というのはたいていこういう人種なのかと勘違いしていた。都会に出て、いろんな人間と関わっていくうちに、彼は思考が凝り固まって時代遅れになった人間なのだ、と考えを改めた。


 それが分かっただけでも、都会に出てきた甲斐があったのだろう。


「へーそーなんだねー」

「……興味ないんだから、いちいち訊くな!」


  ***

 

 おじさん、松矢田辻雄(つじお)は質素な部屋に寝かされていた。畳に、薄い布団。酷く寂しい。


(せい)ちゃん、久しぶりねぇ」

「おばさん」


 おじさんの妻、松矢田紗代(さよ)だ。

 おじさん同様に、僕に優しく接してくれた人だ。


「なんていうか、その……」


「ま、少し前からガタが来てたからねえ。覚悟はしてたさ」


 おばさんはシワだらけの顔に、さらにシワを作った。微笑んでいるようにも、泣きそうなようにも見える。


「この村も、終わりかもねぇ」

「終わり……」


 限界集落、というやつか。


「知ってるだろうけど、祭りももう数年前からやらなくなった。人も減ったしね」


「え、祭り、やらなくなったんですか」

「ああ、知らなかったかい」


 それって、いいのか。山の神とか、怒らないのか。


「せっかくだから、昔の祭りのビデオとか見るかい?」

「ビデオ?」


 ビデオとは、ずいぶん過去の言葉だ。


 僕の返答も待たず、おばさんは家の奥に行ってしまった。数分間、僕はおじさんの寝顔を見ながら待った。


「はい、どう?」


 時代に取り残されたビデオテープは、僕に懐古のため息を吐かせる。


「おばさんは、祭りの記録を残していたの?」

「ああ。カメラ構えてんのが好きでさ」

「……10年前の祭りの映像もある?」

「見たいのかい?」


 美夏が死んだのも、背の高い女を見たのも、10年前の祭りの日だ。

 当時の記録があれば、なにか少しでも分かることがあるかもしれない。


「はい。これだよ。別に返さなくてもいいよ」

「返しますよ。いらないし」


 本来なら、こんなことに興味は抱かない。今日だって親への義理を済ませたら、後は適当に過ごして帰るつもりだった。


 変なことに首を突っ込んでしまった。あの女のせいだ。



 そのとき、おじさんがうわ言のように呟いた。


「……して……くれ……」


 僕は嫌な予感を抱きつつ、訊ねた。


「……なんか、してほしいのか?」


 しかし、おじさんの返答はなく、眠っているのか起きているのか、判然としない状態になってしまった。


 やがて僕は、お役御免とばかりに、松矢田家を後にするのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ