捜査 ‐茸林宅‐
茸林、稔間コンビとの会話は続く。
「ちなみに、高蕪さんとは知り合いだったんですか? 『あいつ』とか親しそうでしたが」
茸林は苦笑いする。
「こんな小さな町では、ほとんどが知り合いとも言えるけど。まあ……高蕪とは実際、長い付き合いでしたよ」
「へえぇ」
「さっき言ったけど、高蕪は偏屈が極まった男でね。話せるのは私くらいでした……」
苦笑いから、苦々しいしかめっ面に。
長い付き合いだから邪険にはできない。しかしできれば、関わりたくない。そんな微妙な気持ちが読み取れる。
「おらも付き合いは長えが……お互いに嫌い合ってたからなぁ。雅人はすげぇよ」
稔間は天井を見上げる。
ふと、僕も見上げてみた。おそらく、掃除する人がいないのだろう。埃が点々と付着している。
「星太郎くん」
「うわっ」
唐突に、耳元で囁かれた。
「なんだよ」
「今からわたしが言うこと、信じて実行してほしいの。できる?」
言うこと次第じゃないのか。嫌な予感しかしないが、わざわざ妙な言い方をするってことは、重要なことなのかもしれない。
僕はゆっくり立ち上がりながら、茸林に「すいません」と告げる。
「どうかしましたか」
「ちょっとトイレに……」
「ああ。それなら、玄関まで戻って、廊下を曲がり……この部屋と、ちょうど正反対の方角で……」
怪しむ様子はなく、丁寧に道順を教えてくれた。僕は礼を言って、現場の部屋から抜け出した。
縁側に出る直前、九木が微笑むのが見えた。まったく、なにを企んでいるのか。
玄関を通り過ぎて廊下を突き当たりまで進む。
突き当たりを曲がるとさらに長い廊下があり、トイレが奥に見えた。
奥へ奥へと向かうと、左手側にもう1つ、和室を見つけた。
ほんの少し、襖を開けて中を覗く。
「……? なんだこりゃ……」
奥に仏壇が鎮座していることから、仏間なのだと推察できる。それはいいのだが、問題は別にあった。
物がゴチャゴチャと置かれている。
電動の農具、バイクのバッテリー、脚立に大きな工具箱。フタの開いたポリバケツ……。
仏間にはそぐわない。それどころか室内に置いておくものじゃない。
雑然と散らかされていて、これでは畳が傷んでしまう。
「うっ……?」
人が倒れている、と思ってぎょっとした。
「なんだ、カカシか……」
竹や布を利用して作られたカカシだった。ペンで顔が描かれている。黒、濃い緑、白……おそらくはユニ◯ロのポロシャツを着せられ、野球帽を被せられていた。
何人も──数え方は知らないが──畳に寝かされていて、気味が悪い。鳥肌が立った。
仏間の横にも廊下が伸びていて、先には勝手口があった。
勝手口の鍵を開ける。勝手口だし、勝手に開けていいんじゃないか……などと、しょうもないことを考える。
外は肥料の臭いが漂っていた。懐かしい臭いだが、強烈すぎる。勘弁してもらいたいものだ。どこかに溜めてあるのかもしれない。
大きな物置が建っていた。扉は鍵がかかっていて開かない。
「……こんな大きな物置があんなら、あの仏間はなんなんだ……?」
謎だ。
その家の事情、と言われてしまえばそれまでだが。
「……あれは、カメラか? ここにも……」
勝手口を見張るカメラが、塀の外の電柱に括り付けられていた。角度から勝手口と物置の間ぐらいを見ていると思われる。
「なんでこの家はこんなにカメラがあるんだ……? 玄関に勝手口、庭……」
ひとしきり疑問は生まれたが、答えは都合よく閃いたりしない。ひとまず廊下に戻り、時間を潰すことにした。本当にトイレに行きたいわけじゃないのだから。
「星太郎くーん……」
しばらく待っていると、九木が廊下の先に現れた。
僕の名を小さく呼びながら駆け寄ってくる。
「ごめんね。待った?」
「お前が待たせたんだろ」
「もー! そこは今来たとこ、でしょ?」
「殴るぞ」
腹立たしい物言いに加え、チョロチョロと動き回る。本当に殴ってやろうかと思った。
「あれ、この扉……勝手口?」
僕と同じものに目をつける。九木は鍵穴を覗き込み、ドアノブをガチャガチャ弄りだした。
「……で。ここで待たせた理由は? お前の目的はなんだよ」
「わたしの目的? だいたい終わったよ」
「はっ?」
九木はあっけらかんとしている。
「わたしが来るまでに、君が調べてくれたでしょ?」
小さく笑って、僕を試すような目をした。苛立ちより先に、困惑が湧いて来た。もちろん、その後にきっちり怒りもあるが。
僕は仏間のこと、勝手口の向こう側のことを伝えた。
「この勝手口の扉は……ずいぶん古い錠だね。ピッキングできちゃいそう」
「ピッキ……いや、お前……」
……経験済みじゃないだろうな?
「シリンダー錠……って分かる? 鍵穴に鍵を刺して、回すと開く錠のことね。で、この勝手口はドアノブと鍵穴が一体になってる。
古い型だしセキュリティとしては最低レベル。ほんの少しピッキングについて調べれば、誰だって解錠できるよ」
「……」
「監視カメラは設置するくせに、こういうところで横着しちゃうから……って、どうしたの?」
「お前……」
「……あ! ち、違うよ!? 興味があって調べたことがあっただけで……」
「普通は興味も持たねーんだよ!」
「信じてー!」
だが勝手口が簡単に開けられるからといって、それがなんだ、という話でもある。
「よく分からないが……茸林百音が失踪したのはくねくねとやらのせいなのか? なんか変な気が……」
「その違和感、正しいよ」
「は?」
九木が真剣な顔をして近づく。彼女の真面目な顔は、たいてい不吉なことを言う前触れだ。
「これは、くねくねとは無関係だよ」
「……! マジかよ……」
つまり、今回もまた、怪異ではなく人の手によるものということか。
「たぶん、わたしは百音さんの失踪について説明できる。でも、今は一旦戻ろう」
今話してもらいたかったが、僕がトイレに出てから結構経つ。おまけに九木まで出てきているため、早く帰らないと怪しまれる。
「後で説明するよ」




