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くねくね

 なんとなく同い年くらいを想定していたが、都麦(つむぎ)は院生の24歳だった。


 やや老け顔で、物静かな雰囲気があった。だから、大人びているように見えたのだが……。



「あんのポリどもよー……なに容疑者扱いしてんだっつの!」


 言葉遣いと性格は、子どもじみていた。


「でも良かったじゃないですかー。運良く釈放されて」


「運良くじゃない! 妥当だ!」


 都麦はつい先ほど釈放されたようだ。


「でもよ、俺はともかくコーンが……」

「コーン?」


「俺と一緒に来た留学生」

「へー」


「アメリカ人……いや、イタリア? あー……ブラジル……」

「その3択で悩みます?」

「ロシア……」

「もういいです」


 よく分からないが、同行者が逮捕されたままらしい。


「そもそも、なんでこんな状況に?」


 僕が訊ねると、都麦は渋い顔をして「それよりお前は誰だ?」訊ね返した。


「……鬼灯です」

「九木の、なに?」

「……なんなんでしょうね」



「相棒だよ」


 と、九木があっけらかんと答えた。相棒だと? いつの間にそんな肩書きを背負わされたんだ。


「……まあいい、どうでも。

 俺とコーンは3日前にこの町に着いた。くねくねの伝承が残る町だ。いろいろと調べて回っていたんだが……」


「くねくねの伝承?」


「どうやらこの町……というよりここらの地域では、大昔からくねくねと思しき、または関連性のあるなにかが目撃されているようなんだ」


「くねくねって2000年代にネットから広まった都市伝説なのでは?」


「図書館の文献にも書かれているんだ。明確に『くねくね』と呼ばれてはいないが、白い影が田んぼに浮かんで見えた、それをちゃんと見たら気が狂う、など。一致する現象が記されていた。少なくとも明治時代には、目撃例が残っていたらしい」


「そんな前に!? すっごーい……」九木は目を爛々とさせた。


「で、そうして調べてたんだが……ヤバい事件が起きちまったんだよ」


「事件……都麦さん、容疑者にされてたんですよね。殺人事件とか?」


 九木は冗談めかして言ったが、都麦の口から放たれた台詞は。



「そう。殺人」



 最悪、そのものずばりの答えだった。


「ああいや、殺されたと決まったわけじゃないが……」


「……説明してください」


「昨日、高蕪(たかかぶ)という男が死んだ。……くねくねの仕業だと、俺は睨んでいる」


   ***


 高蕪は町の外れ、崖に囲まれた盆地に1人で住んでいる。その立地と偏屈な性格が相まって、人付き合いはほとんどない。

 家の前に水田を持っているが、そこは彼以外入ることは許されていない。それどころか周辺に近寄ることも嫌うらしい。まるでその盆地一帯が彼の所有地のようだ。


 住宅街から──田舎町基準での住宅街──高蕪の家までは距離がある。


 直線距離ならたいしたことはない。だが道中は山特有の曲がりくねった坂道を下る必要があり、徒歩なら10分以上かかる。徒歩なら、と言ったものの、車は通れない。崖のせいで車幅より道が狭いのだ。


 そんな盆地が、事件の発生場所となった。



 事件が起きたのは夕方の5時頃だった。


 突如、()()()が鳴り響いたのだ。

 音源は高蕪の家から。異質なその音は、住宅街にまでしっかり届いていた。


 高蕪は狩猟免許を所持していた。熊を撃退するためだという。しかし前触れのない猟銃の発砲音は明らかな異常事態だった。


 人々が10分ほどかかる道を走り、高蕪の家に向かう。到着し、高蕪の名前を呼んだ。


 高蕪はいなかった。

 代わりに、発砲された痕跡のある猟銃が、家の前に捨てられていた。

 

 泥だらけの足跡が水田から山に向かっているのも発見された。


 捜索隊が組まれたが、高蕪は見つからなかった。足跡は途中で途切れていて、手がかりには足りないのだ。


 高蕪の遺体は、翌日になって発見された。

 川の岩に引っかかっていた。死因は溺死。


 さらに、体の半身が、()()()()()()いたという。


 これが事件のあらすじだ。



 当然、いくつかの疑問が浮かび上がる。僕たちは1つずつ、都麦に質問を投げかけた。


「いろいろ訊きたいことはあるが……まず、それで何故、あんたやコーンが容疑者になるんだ?」


 都麦は怒りを露わにしながら答えた。


「俺は完全にとばっちりだ! ただコーンの連れだっていうだけで、容疑者扱いだ!」


「釈放されたのは何故?」


「アリバイが証明されたからだよ。発砲音がしたとき、俺は旅館のロビーにいた。他の客や受付のばーさんが、俺がいたことを証言したらしい」


 あのお婆さん、とぼけた顔で「逮捕された」なんて言っていたが、無実だと知っていたんじゃないか。ボケてはないだろうな?



「ってことは」九木が質問する番だ。「コーンさんには、ちゃんとした容疑がかかってるんですね?」


「俺からしてみれば、馬鹿らしいことだが……」

「へぇ?」


「コーンは、最後に高蕪と会った人間だからだ」

「わお」


「コーンは高蕪から手紙を受け取ったんだ……」



 事件当日の朝、旅館に泊まるコーンに、一通の手紙が届いた。


『くねくねについて語りたいことがある。午後の5時、家に来てくれ』


 とのことらしい。

 コーンは、日本人を疑い慣れていないのか、喜んで向かったらしい。


 しかし、実際に行ってみると、高蕪はいたが、歓迎の様子は一切なかった。

 むしろ逆で、コーンを罵り、隠し持っていた鎌を掲げ、追い払ったという。


 そうして逃げ出したコーンが、坂を登って町民がいる場所まで戻った頃……。


「銃声が聞こえてきた、ってわけだ」


 都麦の話は、まるで他愛ない噂話でもしていたかのような気軽さで終わった。


「はあ……」九木は曖昧な声を漏らした。「その手紙って結局、なんだったんですか? 書かれたとおり会いに行ったら、追い返された? どういうこと?」


「さあな。詳しく聞く前に、遺体が見つかって逮捕されたし」



「でもこれ、コーンの容疑って限りなく白に近いんじゃないか」


 高蕪と最後に会った。普通の事件なら容疑者になり得る根拠かもしれない。しかし矛盾もある。

 

「銃は高蕪が撃ったんだろ。なら、音がしたとき、高蕪はまだ生きて家の前にいたわけだし、それを町で聞いたコーンは、容疑から外れるんじゃないのか」


 都麦のアリバイが認められたように、コーンのアリバイも同様になるはずだ。

 しかし都麦はムスッとして答える。


「なんらかのトリックを使ったんだろって」


「なんらかの……って、どんな」


「知らね。ポリ公もそれを答えさせようとしてる」


 そんなこと言い出したら、いくらでも可能性が出てきてしまう。


「あいつらは言わないがな、俺はコーンが外国人だから、容疑者にしてるんだと思ってる」


「……外国人だから?」


「ポリどもは田舎のおっさん連中だ。都会ならまだしも、こんな山ん中のちっぽけな町では、外国人は不気味な存在なんだよ」


 時代遅れだ。田舎の偏見じゃないのかと反論したくなるが、実際、僕の故郷でも似た風潮があったことを思い出した。


「よそ者に厳しい田舎町、か」


「そういうこった。だが、流石に限界はある。確かにコーンは高蕪の家に行ったが、逆に言えば叩いて出てくる埃はそれだけだ。動機も一切ない。そのうち諦めて釈放されるだろうよ」


 だといいが。外国人の冤罪、そして投獄。胸糞悪い結末だ。



「もう一個、質問!」九木はテンション高く手を挙げる。「なんで都麦さんは殺人だって思ったの? 川で溺死してたんだよね? 事故じゃないんです?」


「状況がおかしいからだよ」


 説明されなくても、なにがおかしいかは瞭然だ。


「高蕪の行動か?」


「……ああ。何故彼は発砲した? それから何故彼は山に入った? 銃を置いて? 最終的に川で溺れ死んだ……なんて、疑問ばかりだ」


 辻褄が合わない。


 都麦はそこで、急に得意げな顔に変わる。


「まぁ、俺はこの件に、整合性の取れる1つの仮説を思いついたんだがな。……ポリ公は認めたがらないが」



 僕と九木は自然に目を合わせていた。


「──くねくねの仕業、だってこと?」


「そうだ!」


 とっておきの大スクープを報じるかのように、都麦は声を上げた。


「どうして都麦さんは、くねくねの仕業だと?」


 決まっている、と都麦は笑う。


「高蕪はくねくねを目撃してしまったんだ!」


 ……流石の九木も苦笑いだ。


「えっと……それは、どうし……」


「知ってるだろ!? くねくねの正体を認識してしまった人は発狂する! 高蕪はくねくねを目撃して銃を撃った。しかし発狂してしまい、山へ逃げた! それで足を滑らせて川に落ちてしまったんだよ!」


「な、なるほど……」


 口を挟む余地がない。


「それだけじゃない。最大の理由がある」

「それは……?」


「4ヶ月前……同じような事件が起こったからだ。この町のある女性が、失踪して、山で発見された」


 まさか。くねくねの伝承が残るという町で、2件も事件だと?


「偶然……なわけないよな……」


「俺の話で気にならなかったか? 何故、高蕪は銃を用意していて、認識して発狂するより早く発砲できた?

 高蕪は、恐れていたんだ。その事件から、くねくねが存在すると信じて、備えていたんだよ!」


「くねくねが、この町で……人を狂わせていると……そう言いたいんですか」


「断っておくが、俺だけが言ってるんじゃない。言いふらしたりもしてない。町の人々が、伝承を知って怯えているんだ。

 くねくねの仕業だと、町中が恐れてるんだよ!」



 くねくね。謎の白い影。

 奴は何故現れたのか? 何故、人を狂わせるのか?


 その正体を、僕たちは掴めるのだろうか。


「ところで都麦さんがわたしたちを呼んだ理由って……」


「ん。そりゃ助けてもらうために」 



 ……こんな奴ばっかりだ。


とむぎ、ではなく、つむぎ。

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