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死ぬ程洒落にならない怖い事件簿  作者: 春山ルイ
八尺様殺人事件
2/53

八尺様

 寂れた駅に降り立ち、九木は伸びをする。


「いやぁ。ようやく着いたねぇ」

「……本当にここまで付いてくるとはな」


 一人静かな帰省のはずが、意味不明な連れができてしまった。


「あんな話を聞いたからには、確かめてみたいじゃん?」


   ***


 あんな話。


 僕が10年前のことを語り終えたとき、九木は目を輝かせ、妙に高揚して言った。


「それって八尺様(はっしゃくさま)!?」

「はっしゃく……?」


「2008年くらいだったかな。ネットの掲示板に投稿された、いわゆる()()()()だよ」


 有名だろうが僕はまったく知らない。


「君は本当に見たんだよね? 塀より高い女の人。作り話じゃない?」

「なんであんたみたいなやつに作り話を披露するんだ」

「その八尺様。なんか声とか発してた?」

「声って、どんな」


 九木は低音で『ぽぽぽ……』と呻いた。ふざけているのかと思ったが、真面目らしい。


「男の人の声で、鳴き声みたいな声を出すんだって。ひゃあ、怖いね!」


 あの日は、祭囃子や屋根に打ち付けられる小雨の音がしていた。あの女がなにか発していたとしても、聞き取れていたとは思えない。


「……さあね。無言だった気がするけど」

「ふーん。残念」

「馬鹿馬鹿しいな」


 それより。


「僕としては、翌朝に遺体が発見されたことの方が、よっぽど恐ろしい出来事だ」


 村の知り合いが──もっとも、小さな村では全員が知り合いだが──村を囲う森の中で遺体を発見した。


 僕はそれを聞き、驚いた。当たり前だ、と言われるだろうが、驚いた理由は遺体そのものと、もう1つ。


「あの遺体は……あんたが八尺様だって言う、あの女と……似ていたんだよ」


   ***


「さあ行こう星太郎くん! 早くこの目で見たいよー!」


「……興奮しているところ悪いが、ここからバスと徒歩だ」

「え……バスぅ……?」

「いや、8割くらい徒歩」


 小さな寒村の中にある、さらに小さな地区だ。まともな道も存在しない。


「まだまだ遠いぞ。……来るなら早くしろよ」

「えぇー……」



 到着まで6時間かかった。予定外の同行者さえいなければ、もっとスムーズに移動できただろう。

 その同行者は、ヘトヘトになってしゃがみ込んでいる。


「……行くぞ」

「うえーっ……」


 

 5年ぶりの故郷は、記憶よりも一層うらぶれていた。

 地面を覆い隠すように雑草が伸びている。刈る人が減ったのだろう。村を囲む森も、規模が大きくなった気がするが、これは気のせいかもしれない。


 3月になり、一応は春になった。カレンダー上の季節など当てにならない。厚手のコートを羽織っていなければ震えるほどの気温だ。

 九木は薄着で、見てるだけで寒そうだ。


 あぜ道を通っていると、前から見知った顔がやって来た。


「星太郎!」


 僕の名を呼ぶ男が、にこやかに現れた。

 見た目はまだまだ青年だが、記憶によればもう40代手前だったはずだ。それでも、この村ではかなり若い。


「誰?」九木が訊ねる。

樫居(かしい)さん。仲が良かった人だ」

「ほー」


「言ってくれたら、迎えに行ったのに」


 樫居は僕の肩を掴む。相変わらず、距離が近い。


「忙しいだろ」

「はは。気にしないでいいのに……と、言いたいところだけど……」

「なんかあったのか?」

「まあね……」


 樫居は含みを持たせた。しかし取り繕うように微笑を湛え、僕の後ろにいる不審人物に目を向けた。


「そちらは?」

「あ、わたし。九木狐十子といいます。『こ』が4つあります』


 それ、言う決まりなのか?


「俺は樫居。よろしく」それから僕に向き直る。「もしかして星太郎。お前のかのじ……」

「違う」


「なんだ。じゃあどんな関係?」

「どんな関係でもない」

「え? それってどういう……」

「知らん」

「ええ?」


「さ、行きましょうよ樫居さん、星太郎くん!」


「……お前のこと名前で呼んでるけど……」

「知らん」

「怖……」


 実家までの道中、九木はずっとキョロキョロして落ち着かない。そんな彼女を見て、樫居は不気味がっていた。


「そうだ星太郎……お前の母さん、今はいないぞ」

「……そうか。ありがとう」



 数年ぶりの実家だが、案外懐かしさなどは抱かず、ちょっと家を開けていただけ、そんな感覚があった。


 実家の引き戸を開ける。鍵はかかっていない。田舎特有の不用心だ。

 湿気た木とよく分からないお香の匂いが嗅覚を刺激する。懐かしさは抱かない、とさっきは思ったが、匂いというのはノスタルジックな気持ちにさせるものだ。


 樫居は「また後で」と言い残し、いったん僕たちを置いて帰った。


 さっきからどうもゴタゴタしているらしい。父の死以外にも、なにかあったのだろうか。


「君、親と仲悪いの?」

「は? なんだ突然……」


 藪から棒に、九木は訊ねる。遠慮とか配慮とか、知らないのか。


「お母さんがいないって言われたとき、君は安心したみたいだった」


「……久しぶりで、話すことが多くて面倒だから。帰ったばかりだ。ゆっくりしたいんだよ」


「それから、お父さんが死んで帰るっていうから、てっきりお葬式があるのかなって思ったけど。もう、終わったみたいだね」


 九木の視線は、飾られてる遺影と、その下にある……おそらくは遺骨に向けられていた。


「お葬式が終わってから帰るって、あんまり情がないんだろうなって」


「……会ったばかりの人間に、お前……」


「会ったばかりだから、慮る必要もないでしょ?」


 呆れてなにも言えない。

 しかし、いっそ清々しい。無駄に気遣われるより、気が楽だ。


「……そうだな。父も母も、悪い人じゃないが。僕とは考え方が合わない」


 ここで仕事を継いでほしいと願う親。都会に出たいと反発する息子。おそらく、ありふれた親子の構図だ。


「へー。大変だねー」


 聞いておいて、興味が消え失せたらしい。別に話したいわけでもないから、いいが。


「……お前が見たいのは、こっちだろ」


 そう言って、九木を庭に案内する。10年前、僕が女を見た場所だ。


「おー……!」


 九木は玄関から靴を持ってきて、庭に飛び出した。

 庭も石塀も、座っていた縁側も、あの頃となにも変わりがない。


 塀の向こうでは森の木が揺れている。


「そこの縁側から見てたの?」

「ああ」

「で、この塀の上に、女の人の頭が?」

「そう」


 九木は塀を見上げる。


「塀、高くない? 2mくらいあるじゃん」

「動物が飛び越えてくるんだよ」

「都会育ちの常識が壊されるなぁ」


 ここに来る道中で調べたのだが、八尺というのはおよそ240cmらしい。塀の上に頭があるなら、確かにあの女は八尺ほどありそうだ。


「あとなんだっけ。凄い揺れてたの?」

「ああ。前後にふらふらってな」


「次の日、遺体が見つかったんだっけ? 八尺様だったの?」

「似ていた、だ。そのものとは……決まってない」


 思えば、明後日でちょうど10年目じゃないだろうか。遺体が見つかった日だ。


 あの子が、死んだ日。

基本的に毎日投稿します。作者の体調不良とかがなければ!

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