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死ぬ程洒落にならない怖い事件簿  作者: 春山ルイ
嘘に包まれた駅
19/53

嘘の終わり

 手錠をかけられた日鷺は、ほんの数分前までの態度とは裏腹に、すっかり老け込んだように大人しくなった。静かに俯き、パトカーに向かう。


「……俺は」


 その声の小ささと低さは、まるで呪詛を唱えているかのように感じられた。


「30年近く……この仕事をしてきた……」


「……警部」雀森が顔をしかめている。


「その最後が……これか……?」


 九木はすべてを語り終え、ベンチで休んでいる。直前まで、演劇の主役のように視線を集め、彼の犯行を暴いたというのに。今ではもう、ただの一般人然としている。


「あいつ……あいつが……クソっ!」


 周りの警官が、少し躊躇いながらも抑えようとする。


「あんな暗い道で! 歩きスマホなんて……! ……だが……どうしろっていうんだ! 俺は……俺はただ……」

 

 それから日鷺は嗚咽を発して、なにも語らなくなった。



 ここは終点だ。


 数十年間、正義を掲げていた男の、終着駅だった。



 九木はほんの少し、日鷺を見た。けれどすぐ視線を戻して目を閉じた。


 怪異でもない人殺しに対し、興味を失ってしまったようにも見える。



 だが、もしかしたら、と思い直す。



 ──怒っているのだろうか。


 たとえ不運だとしても、罪から逃れようとした人間に。最後まで不運を呪い、言い訳を並べる彼に。


 彼女の眼光は、青白く光る氷のようだった。



   ***



 まったく災難だ。


 駅は使えない。どこかでバスに乗らなくてはならない。バス停を目指して、僕たちは歩き続けていた。


 どうしてこんな目に遭わなければならないんだ。やっぱり取り憑かれているのか?


「へー。取り憑かれたの? 羨ましいなぁ」


 九木の声は平坦で、神経を逆なでさせるにはうってつけだった。



「ふざけんな」

「この調子で怪異も呼んでね?」


「……なんで」


 と、僕は訊ねようとしてしまった。

 怪異に殺されたがる理由を。


「んー?」


「いや……なんでもない……」


 やめた。

 推理においては頼れるが、変わらずおかしな女だ。そんなやつの心情など、聞いても理解できない。


「……自分は死にたいとか思ってる割には、人殺しに腹を立てるんだな」


 九木は驚きながら言う。


「人殺しは誰だって嫌でしょ? 当たり前の心理だよ。わたしが死のうとしてようが、してなかろうがね」


「……それはそうだな。悪い」


 ときどき、九木が人間と同じ道徳を心得ていることを忘れる。流石に酷いだろうか?



「……そりゃさ。鳩中さんだって悪いし。日鷺さんも不運だったよ。だけどさ──人の命を奪ったら、償わないと。それだけのことだよ」


「ああ……」



「神様は……不平等だから」


「え?」


「せめて、わたしたちが、物事を正しく見ないといけないんだよ」


 それから「なんちゃって」と、照れながら笑った。誤魔化しているが、まるで実感がこもったような言い方だった。


 心の内に、なにを秘めているのだろうか。暴こうとすれば、なにが溢れ出るのだろうか。


 聞いても理解できない?

 いや、少し訂正しよう。



 得体のしれない心を開くのが怖いから、僕は訊ねないのだ。


「おい……九木──」



「──ちょ、ちょ、ちょっと待てぇー!」


「……あ?」


 僕の声を遮るまた別の声。車の音とともに届いてきたのは、デジャヴの感覚だ。



「おー。鴉原さん! あと鵜ノ井さんも!」

「……まだなにか用かよ」


 鴉原は助手席の窓から身を乗り出している。運転席の鵜ノ井は、初対面のときと同じように、とてもげんなりとした顔だ。


「や……なんか、礼とかした方がいいかなって……」


「お礼? 別にいいのに」


「いやいや! あんたたちが真相を暴かなかったら、きっと自殺扱いになってたし……」


「いらないって。それに、なにか貰ったら思い出しちゃうよ。忘れたいのに」


「え……ほ、本当にお礼いらないの?」


「うん。いらない」



 鴉原は安堵の息を吐く。


「あーっ良かった! お礼とか面倒だから、したくなかったんだよねー」


「……」


「あースッキリした!」


 この不良警官、いつか逮捕される側になるんじゃないだろうか。ムカつくし、なんか酷い目に遭ってほしい。


「そんじゃね、あんたら、気を付けて帰りなよー!」


 そう言って、鴉原は助手席の窓を閉める。


「あ、待って!」九木が引き止める。

「んあ?」

「鴉原さん、下の名前は?」

「……別にもう会わないだろうし、聞く?」


「わたしは……なんか、また会う気がする」


 根拠のない世迷い言だ。ついさっきまで、根拠を探し、論理的に推理していた人間と同じには思えない。

 


「……天詩。鴉原(からすばら)天詩(てんし)


「エンジェルさんってこと?」

「うわ! ガキの頃からそう呼ばれてた! 最悪!」


「天詩さんもまだガキじゃない? いくつ?」


「23……ってか、おい。なに名前呼びになってんの」


「まあまあ。じゃ、またね。天詩さん」


「……馴れ馴れしい!」



 その割には、満更でもなさそうだが?


 

 パトカーが見えなくなって、取り残された僕たちはぽつぽつと喋りだす。


「……それにしても、今回も外れだったね」

「怪異のことか?」

「うん。次こそは本物に当たるといいね」


「……次って?」


 九木は不気味に微笑む。


「また、探しに行こうね、星太郎くん!」

「貸し借りの話はどうなったんだよ……?」


「ケチ臭いこと言わないでよー」


 二度とごめんだと、地平線まで届くくらいの大声で言いたい気分だった。


 

 しかし──言うまでもないことかもしれないが──結果として。

 僕らは再び、怪異を探しに行くことになる。



 秋、田畑の作物を収穫する時期。

 

 白い影。


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