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死ぬ程洒落にならない怖い事件簿  作者: 春山ルイ
嘘に包まれた駅
17/53

真実

「1つ……分からないことがある」


 九木は、無言で僕の横顔を見る。

 ぬるい風は僕の首をさすって、それから九木の前髪を揺らした。


「なんで犯人は飛び込み自殺に見せかけたんだ?」


「だから……事故の痕跡を消そうと、ぐちゃぐちゃにしようとするためでしょ」


 ぐちゃぐちゃ、と言われるたびに気分が悪くなる。



「だが……別に電車じゃなくてもよかったんじゃないか。他の方法も探せばあったかもしれないのに」


「そんなの、犯人の頭の中を覗かないと分かんないよ」


 むっとした顔で、九木は言う。



「……星太郎くん、どうしたの? なにが君の中で気になってるの?」


 はっきりと筋道を立てられているわけじゃない。絡まったコードをほぐすように、一言ずつ語る。


「犯人は……その……長い時間をかけて、なんで飛び込み偽装をさせようとしたんだ……?」


「長い、時間……?」


「……きさらぎ駅の、投稿だよ」



 結局、あの投稿に話は戻って来るのだ。


 鳩中の身に事故が起こったのは、午前2時前くらい。


 そして自殺の遺書は4時に投稿され、決行は5時45分頃。


「2時から5時までの3時間、犯人はなにをしていたんだ? ホームでの偽装工作の準備をしていたって、ここまで時間はかからないだろ」


 手間取ったとしてもせいぜい1時間程度で済みそうだ。この空白の時間はなんだ?


 九木も疑問に思ったらしく、顎に手を当てて考え込んだ。


「……そりゃ、電車を待ってたんじゃないの……? 始発が来るまで、じっと……」


 それから、すぐ首を横に振った。


「ああそうか……星太郎くんが言いたいのは、そういうことか。

 そんな待ってる時間があるなら、他の隠蔽方法を考えるはず。電車にこだわる意味はない……ってことだね」


 嫌な考えだが、車を持ってるなら山にでも捨てに行く方がいい。苦労して成功するか確信が持てないトリックを作るより、いくらかマシだ。


「電車じゃなきゃ駄目な理由があった。……いや、もしくは……その3時間で、すべきことがあった……?」



 僕の言葉は何気ないものだった。しかし九木は目を見開いた。


「そうか……」


「あ? どうした」


「アリバイだよ……犯人はアリバイを作るために、偽の投稿を続けたんだ!」


「アリバイだと?」


「わたしたちは鳩中さんの投稿が、きさらぎ駅の再現だとすれば半端、ってところから怪しんだけど。

 犯人からしてみれば、わたしたちみたいな、再現のクオリティを気にする人のことなんか考えてないでしょ?」


「そりゃそうだな」


「犯人がわざわざ嘘の投稿を続けたのは、単になにかを偽装するため」


「アリバイってことは……その時間に鳩中が生きていると思わせるため、か? 犯人は他の誰かに、自分は現場とは別の場所にいると思わせるため……」



 そこで、九木の表情が固まった。まるで石化の呪いをかけられたように、眼球や口の動きが止まっている。


「……? 九木?」

「あ……」


「どうした?」


()()()()……」


 うわ言のように呟いたかと思えば、急に僕の袖を引っ張って駆け出した。


 行き先は、駅の向かいに立つ看板だ。


 九木は、歯科の宣伝がされていた木製の看板をしげしげと眺めている。無残にも風になぎ倒された看板だ。


「おい! なにがあるって……」


「よく見て」


 九木の細い指は看板の一部を差す。僕の視線は自然と吸い寄せられた。


 看板の支柱は、見事にぽっきり折れて車に墜落している。


 折れた断面は、途中まで()()()()()()()()()()切れ込みがついていた。


「まるで、ノコギリでもいれたみたい」


 自然ではない。人工的に、作為的に看板は折られた。



「鴉原さんっ!」


 九木が怒鳴った。腹から声を出している。ここまで声を大きくしているのは珍しい。


「な、なに? 今、あんたらの話を報告してたんだけど……」


 鴉原の隣には雀森がいて、眉間に皺を寄せて腕組みしていた。


「鴉原さんと鵜ノ井さんは、深夜になにしてたんだっけ……!」


「ん? 最初に言ったよね……民家のガラスを割った奴がいて、捜査してたんだよ……」


 疲労を思い出したように、鴉原の肩は沈んだ。


「それ、誰が捜査してた?」


「あたしと鵜ノ井と……後は……」


「──()()()()()()()()()()はいなかった?」


「いないはずの人……?」


 鴉原は片目をつぶって思案し、ややあってから控えめに指を差した。



「それってあの人のこと? たまたま近くにいたから手伝ってくれたんだけど……」


 そういえば、ここに来たときも、彼は言われていたはずだ。『本当ならお休みのはずなのに』と。


 九木は彼に向かう。苛立って深い皺を顔面に作った()は、接近する僕たちに気づかない。



「──人は真実を隠すために嘘をつく。隠そうとすればするほど高く積み上がる嘘は、まるで塔を建てているよう」



 彼は九木を見る。自分の身に危険が迫っていることなど、想像もしていないだろう。


「高ければ高いほど真実は遠ざかり、その見た目の荘厳さに人は騙されやすくなる。

 けれどその分脆くなるし、崩れたときは目も当てられない」



「おい……なんだ、お前ら。まだいたのか……」



「──あなたの嘘は崩れましたよ。日鷺警部」



「……あっ?」


 日鷺はぽかんと口を開き、怒鳴ることを忘れる。皮肉なことに、苛立ちが消えて、皺が少なくなって若々しく見えた。


「あなたの嘘にはクセがある。小さなミスを、大きな物で誤魔化す。それがクセだ」



「ちょっと、あんた……!」


 鴉原が慌てて駆け寄る。周囲も異変を感じ取り、各々が自分の作業の手を止め、2人を眺め始めた。


 僕は成り行きを、後ろから見ていることしかできない。



「鳩中さんを殺したのは、あなたでしょう? 日鷺警部」


「──なっ……!?」


 九木はゆっくりと指を突きつけ、冷ややかな声で糾弾した。


「──ほら。もう未知は、既知に変わりました」


   ***


 九木は駅から出て、看板の前まで戻ってきた。なんだか取り憑かれたような動きで、つい「きさらぎ駅の鬼が……」などという思いがちらつく。


 全員が九木の行方を見守る。

 

 日鷺もよろよろと歩む。あまりの唐突さに顔は蒼白だ。


「おい……ふ、ふざけてる場合じゃ……ないぞ。俺が……なんだって?」


 遠くにいる九木の耳には届いていない。僕には届いてしまっているので困るのだが。


「刑事のみなさーん! 星太郎くーん! ついでに鴉原さーん! こっち来て!」


「あたし、ついでかよ!」


 九木は看板の前に立ち、僕たちを手招いた。僕たちが見つけた手がかりを、まるで芸術品を公開するよう見せつけた。


 看板の支柱に残された切れ込み。不自然な痕跡は、作為を意味していた。

 

「前もって切れ込みを入れ、後は鳩中さんを引っ張ったのと同じ。細いワイヤーを巻きつけて、誰も見ていない隙に力を入れる。すると、風で折れたみたいに木製の看板は倒れる」


「倒れた先は、彼の車の上……か」


「酷い不運だと思った。けど違う。わざと倒したんだよ」


 日鷺の車は重力に敗北し、大破した。

 

「ちゃんと調べれば簡単に分かるはずだよ。修理か廃棄か、される前に調べなきゃね」



 もし前面に、人と衝突した痕跡があっても誤魔化せてしまうだろう。

 このままだったなら、の話だが。



「おい……なにを言っているんだ?」


 雀森が眉間にシワを寄せている。


「警部が……なにをしたって? 話が見えないぞ……」


「犯人は小さなミスを、大きなもので誤魔化す、という話ですよ」


「それはさっきも聞いた……」


「車に衝突の痕が残ったから、それより派手な損壊で目立たなくする。

 遺体に明確な死因が分かる痕があるから、電車で轢いてうやむやにする」


「そ、そもそも、この件はどう見ても自殺だ!」


 雀森たちは、僕たちの推理にたどり着いていないようだ。


 いや、違う。

 おそらく、犯人がたどり着かないように誘導していたのだろう。


 警察という立場を利用して。


「コーヒーが溢れて濡れたから、水でもっと濡らしてしまう、とかも。クセですかねぇ」


「いい加減に──」



「いい加減にするんだな!」


 怒声が雀森の声をかき消した。


 ずんずん、靴音を重く鳴らしながら、日鷺が近づいてきた。青白かった顔色は、怒りで赤く染まっていた。


「な……なんだこれは!? 俺を、まるで犯人のように……! 貴様ら、これは侮辱だ! 公務執行妨害だ!」


「そうやって、強権を振るって誤魔化せるというのも、犯人の手強さだ」


「な、に……?」


 九木は動じない。それどころか不敵に笑い、相手を挑発する。


「言いがかりだ……!」



「じゃあ、このスマホはなんなんですか。ロックされてますが、開けてみたらびっくりでしたよ?」


 なんのことだ、と言いたげに日鷺は目を剥く。だが、隣の僕も同じ気持ちだった。九木はなにを発見したのか。


「これは、あなたの犯行を明らかにする、決定的な証拠だ──」


「ふ……ふざけるな。み、見せてみろ! そんなもの、あるはずがない」


「え、じゃあロック解除していいんですか?」


 すると、日鷺はみるみるうちに余裕のある表情を取り戻していった。勝ち誇ったように口角を上げる。

 そんなものあるはずがない、と確信したのだろう。この女のハッタリだ……と。


「さっさとやれ。俺が許可する」


「えー。でも面倒ですし……」


「遺体の顔に近づけるだけだ! 俺が許可するから早くしろ!」




 周囲の警官たちも、もちろん僕も。声を発した彼以外の、全員が声を失った。


「……あ?」


 失言に、彼は気づかない。気づけないのかもしれない。高く積み上げすぎた嘘のせいで、足元の綻びに目がいかないのだ。



「──スマホのロックにはパスワードやPINであったり、パターンであったり、指紋認証だったり、いろいろあります。ちょっと調べたところ、指紋認証が一番多いとか。

 ──それなのにあなたは、まるで、最初から顔認証だと知っているかのようですね?」


 ほんの一瞬、日鷺は肩を震わす。余裕たっぷりだった顔は引き攣り、喉仏が蠢いた。


「そ、そりゃ、普通にスマホを見れば、どんなロックがかかっているかなんて、ひ……一目で分かる……」


「分かりませんよ」


「な……なにを……」


「鳩中さんのスマホは、ずっと充電が切れていました。そしてわたしたちがスマホを借りて、復旧するまで、ずっと切れています」


 鴉原も冷や汗を流している。自分の欲のために行ったことが、上司を追い詰めている。


「わたしたちは他の誰にも渡してません」


「……あ、ああ……」


 日鷺は九木に、震える指を突きつける。しかし言葉は出てこない。


「いったい、あなたはいつ、このスマホのロックを見たんですか?」


 ロックを解除すれば決定的な証拠が出てくる。それは九木の嘘だ。

 だが、決定的な失言は出てきた。



 たまらず、異を唱える者もいる。


「ま……待て、待て待て待て!」


 雀森だ。唇をわなわなと震わしている。


「お前はっ、いや、正気か!? け、警部が、その……」


 九木はまったく表情を変えない。どこまでも冷たい、深海のような眼差しで雀森を見やった。


「そんな、ただ揚げ足を取ったくらいで……」


「す……雀森さん……」と、か細い声が横やりを入れる。「ちょっと……」


「なんだ!?」


 彼の部下と思しき、刑事の青年がスマホを片手に呼ぶ。どこかに通話が繋がっているらしく、部下は彼に手渡した。


「なんだ……は? な、まさ……か」


 電話の終わりを、皆が静かに待つ。通話は突然終了し、雀森は呆然と立ち尽くしてしまった。


「雀森さん、なにが……」鴉原が恐る恐る訊ねた。


「……トンネル」


 それは、鳩中が最後に投稿した文と、奇しくも同じ言葉だった。


「トンネルがなんですか!?」


「その先で……血痕と、車の……破片が発見された。車種の特定は……可能……だ……」


 彼らは僕や鴉原と違い、九木の推理のすべてを聞いていない。

 しかし、ここまでで察したのだろう。鳩中の死の真実と、犯人の正体について。


 

「そんな……まさか……、け、警部が……」


 他の警官たちがどよめいている。


「俺は……」


 日鷺が、額に脂汗を浮かべながら、喉を絞められたような声で言う。


「そんなことは……していない。お、俺には……」



「鳩中さんの本当の死亡時刻は、彼女のSNSによって判明しています。彼女がトンネルを通った時刻に、事故が発生した」


 九木の容赦ない追及は続く。


「それ以降も彼女が生きているように見せかけるため、あなたは彼女のSNSを更新し続けた。そして、アリバイを作るため、ガラスを割った」


「ガラスを?」


 疑問を呟いたのは鴉原だ。もう分かっていてもいいはずだが、混乱しているのだろう。


「深夜に、ガラスを割ったやつがいると通報が入り、鴉原さんたちは急行したんですよね。そこに、日鷺警部もいた。

 彼女がSNSの投稿をしている時間、彼は他の人と一緒にいた、と思わせるために。捜査のフリして、こっそり投稿していたんですね」


「ぐ……ぐぅ……ぐ……」


 もう、日鷺は限界だ。とどめを刺すように、九木が口を開く。



「わたしに、教えてくれたんですよ。きさらぎ駅が、ね」


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