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死ぬ程洒落にならない怖い事件簿  作者: 春山ルイ
嘘に包まれた駅
16/53

捜査 ‐トンネル‐

 まばらではあるが、人々が現れる。野次馬は電車が運休していると知ると、少し興味を持った後に、警官になにがあったか質問し、諦めて他のところに行く。


 遠くで車が走っている。この町が、活動的になってきたようだ。


「急ごう」

「だね。鴉原さんに車を出してもらわないと」

「……パトカーをタクシーみたいに使うな」


 鳩中のスマホを充電し、それからロックを解除しなければいけない。


「鳩中さんは駅から、燕田さんとの待ち合わせ場所に向かった。けど、会わなかった」


「ああ。嘘じゃなければな」


「すると、鳩中さんの身になにか起きたのは、駅から待ち合わせ場所までの間、ということになる。確認してみたいね」


「意味あんのか?」


「意味があるかどうかは、行ってみなきゃ分かんないね。それから、ホームの様子も調べなきゃ」


「……僕たちは入れてもらえないだろうな」

「鴉原さんに調べてもらおう」


 鴉原の負担が酷い。まあ、自分の出世のために僕たちに近づいたんだから、ある意味で自業自得だ。



「ちょっとー! あたしの名前呼んだでしょ!」

「あ。鴉原さん」


 手にコーヒーの缶を持った鴉原が現れる。


「それ、わたしたちに?」

「んなわけないでしょ。日鷺警部に。車ぶっ壊れて荒れてるから。ご機嫌取りだよ」


 看板とそれに潰された車は放置されている。


「ところで、さっきの人。雀森さんだっけ。鴉原さんの先輩の」

「ああ……あの人がなに?」

「あの人の弱みとか知ってるの?」


 意地悪い光が九木の目に宿る。


「いや……ただ、交番勤務だった頃、一人で隠れてプリン食べてたってだけ……イメージと違うから、バレたくないんだって」


「なんだ……」


 目から光が消えた。どんな秘密を期待してたんだ。


「でも、いいや。鴉原さん、ホームで調べてきてよ。雀森さんに捕まりそうになったら弱みをチラつかせてさ」


 鴉原は剣呑な顔つきになる。


「ってか……いい加減にしてよ。あんたらはもう部外者だし、どっか行って欲しいんだけど」


「酷い! 利用するだけして、邪魔になったら捨てるのね!?」

「変な言い方すんな!」


 九木は邪悪に口角を上げる。


「だったら、日鷺警部に言っちゃおうかなー。刑事でもないのに、被害者のスマホを勝手に持ち出して、部外者に触らせたって……」


「な……はぁ!? それはあんたらのために……」


 真っ当な怒りだ。しかし、隙を見せたのが致命的だった。


「でも、出世したいんでしょ?」


「こ……この女……た、逮捕だ……逮捕してやる……」

「できるものならどーぞ」


 さしもの悪徳警官も、たちの悪い怪異女には勝てなかった。


「さて、鴉原さん、星太郎くん。時間がないよ! 一気に証拠集めに取り掛かろう! せーのっ……」


「……」


「あれ? ……せーのっ」


「……」


「『おー!』でしょそこは!?」


「時間ねぇんだから早くしろや……!」



「……ってか、やべ!」


 鴉原は手の中で冷えていく缶コーヒーを思い出したようだ。「これだけ!」と告げながら、日鷺に渡しに行った。



 缶コーヒーのプルタブを開け、手渡す。

 しかし僕たちに急かされて焦ったのか、手を滑らせて盛大にこぼした。


「なにしてんだぁーっ!?」

「ぎゃあ! すんません!」


「うわ、日鷺警部。なんすか、おしっこ漏らしました?」


 事情を知らない鵜ノ井が、空気を読まず言い放つ。


「やかましい! 鴉原がコーヒーを俺のズボンにこぼしやがったんだ!」

「うげ……」

「うげじゃない! 水持ってこい!」


 言われたとおり、鵜ノ井はペットボトルの水を持ってくる。口元は、少し笑みが漏れていた。


「半端に濡れてると、それこそ漏らしたみたいだろ。だから水でもっと濡らすんだよ!」

「荒業ですねぇー……」


 思いっきりズボンに水を撒いた。確かに粗相したようには見えなくなったが、それ以上に情けなく見える。


「これで良しっ!」


 良しなら、いいか。



 ふと気づけば、鴉原はパトカーの中に避難していた。なに食わぬ顔だ。

 後部座席には九木だ。


「なにしてんの、早く乗りなよ。行くんでしょ!」


 まさかとは思うが、僕の周りの女性というのは、イカレた奴しかいないのか?



  ***


 写真に残されたトンネルと思しき場所が見つかった。これもまた、写真では大きいが、実際はちっぽけで、川原の土手をくり抜くように作られたものだった。


「鳩中さん、撮影の技術があったんだねぇ」

「どっちかって言うなら加工の技術じゃないか」


「いや、よかった。トンネルは嫌いだから、こんな小さなもので」

「トンネルが嫌いって……」


 好き嫌いは誰にだってある。僕も車のクラクションがこの世で一番嫌いだし。

 だが怪異を好むくせにトンネルが嫌いというのは不思議に思える。


 鴉原は僕たちを降ろして燕田の家に向かった。そっちは任せて、2人で調査を進める。



「さて、鳩中さんが自殺じゃない、つまり他殺だとした場合。どうやって殺されたと思う?」


 痕跡を探して、地面に目を滑らせながら会話する。


「ホームから突き落とされたんじゃないか。あ……いや、運転手は他に誰も見てないんだったな」


「自分から飛び込んだ、ようにも見えたんだってね」


「じゃあ突き落とされたのは違うか」


 九木は得意げに振り返った。


「突き落としたわけじゃない。でも、線路に落とされたのは事実。そう、わたしは推理するね!」


「あ……? どういう意味だ……?」


「証拠はまだないけど」と前置きをしてから、九木は語り始めた。視線はまだ地面に落としている。



「その場にいなくても、人を線路に落とすことはできる」


「そんなことが、本当に?」


「たとえば、ホームの反対側、わたしたちが行った場所から、引っ張るんだよ」


 引っ張るというと、紐か、ロープなどか。


 そういえば、線路に続く斜面の手前、なにがあった?


「思い出した?」


「そうだ……! 細い血痕があった! いや、まさか……」


 脳内で整理を兼ねて、イメージを膨らませる。

 


 まず鳩中をホームに立たせておく。紐かロープを身体に巻きつけて、斜面の下から引っ張る。電車が来たタイミングで実行すると、まるで自分から飛び込むみたいに、線路に落ちるのだ。


 紐は電車の車輪で千切れ、鳩中から離れて、引っ張った者の元に戻って来る。


「そのときに、紐に付着して散ったのが、あの場にあった細い血痕だ」


 すべては推測にすぎない。しかし辻褄は合う。



「──あ、見て!」


 いつの間にか地面に這いつくばった九木が、なにかの破片を掲げる。人通りが少ない道でよかった。傍から見れば不審者でしかない。


「これ、なんだと思う?」


「砕けてよく分からないが……なんかのデザインが描かれてるな」


「これは『ちいおぞ』だね」

「……あ?」


 どこかで聞いたような。


 そういえば『なんか小さくておぞましい怪物』とかいうコンテンツがあった。確か、鳩中のスマホカバーのデザインがそれで……。


「……おい、待てよ。その破片って、このスマホカバーの破片か?」


 スマホカバーの砕けた部分に合わせると、一部分がぴったりだった。


「なんでだ……? スマホカバーが砕けたのは、電車に轢かれたときじゃないのか……?」


「それもあるだろうね。線路の側を探せば散らばってるかも。

 だけどそれより前に、砕けてたんだよ」


 つまり、なんだ?

 僕たちがいるこの場所──トンネルを抜けてすぐ、駅から燕田家までの道のりの途中──で、スマホカバーが砕けるようななにかがあった?



「それから、血痕まであった」

「……おいおいおい。ここでなにがあったんだ? 鳩中は、ここで、なにと遭遇した?」

 


 ぱんっ、と一発の拍手が鳴らされる。九木が静かな朝を、両手で破壊した。


「そもそも、なぜ鳩中さんは線路に落とされたのかな?」


「そんなの……」


 考えてみると、意味が分からない。自殺の偽装だとしても、妙なトリックを使って飛び込みに仕立てる必要はない。電車なんか使えば騒ぎになるし、実際になっている。

 

「わたしが思うに、鳩中さんの身体にある痕跡を、()()()()()()()()()()()()()()()んだよ」


「うっ……」


 おぞましい発想に吐き気がこみ上げる。犯人はもちろん、この女もとんでもない。


「──うん。ここまでだね」


「ここまで?」


「ここまでは推測。ここから先は、いくら考えを話しても、ただの妄想になっちゃう」


「じゃあどうするんだ」


 九木は自分のスマホを操作し、どこかに電話をかけた。


「鴉原さんを呼ぶ。警察の捜査に任せよう。……わたしの妄想通りなら、この場に証拠が残ってる」


 いつの間に鴉原の連絡先を入手したのか。抜け目がない。


「犯人がすでに消し去ったんじゃ?」


「事が起こったのは深夜。このへんは街灯も少なくて、夜はきっと真っ暗闇。なら、隠すにも限界がある。なんか残ってそうじゃない?」



「だんだん繋がってきたな……」

「駅に戻ろう」


   ***


 鴉原がホームを調べ終えて、報告しに戻ってきた。彼女の上司との凄絶なやり取りがあっただろうが、関係ない話だ。


「被害者が寄りかかっていた柱を調べたよ。あんたの言う通りにさ」


「そしたら?」


「……2箇所、固まった液体みたいなものが貼り付いていた。あれは……接着剤、だと思う」


「オーケー。柱に立たせようとしても、かなり強い死後硬直がなければ死体は立たない。接着剤みたいな補助を使ったはずなんだ。

 されで、線路なにがあった?」


「あんなグロい場所に向かわせやがって……」


「警察官が言うことじゃないよ」


「で、これまたお前の言うとおり。ワイヤーの切れ端が残っていた」


 九木の推理が快音を響かせている。スーパープレイヤーだ。観戦するしかできない。


「ところで、燕田さんはどうだった? パスワード分かった?」


「顔認証」


「珍しっ」


「それから、あんたたちが見つけた、トンネルの先の──スマホカバーが落ちてたところ、今、調べさせてる」


 いよいよ大詰めだ。盤上の駒を動かすように、九木は手がかりを並べていく。そうして完成された推理は、どういうわけか辻褄が合っているのだ。



 線路に切れ端が残っていたが、ワイヤーを巻きつけて、ホームの反対から引っ張って落とした証拠だ。


 ワイヤーを巻き付けた箇所は、首だ。首元に痕が残らないように包帯を巻いた。そして上からワイヤーをくくる。


「この駅、線路と外の道の境界は坂しかない。鳩中の首から伸びたワイヤーを、坂の下まで簡単に引き伸ばすことが可能だ」


「そう……それなら、自殺に偽装できるね」



「ちょ……ちょい、待って」


 置いていかれていた鴉原が異を唱える。


「なんで? なんでこんな方法を取ったの?」



「それはね、鴉原さん。そもそも鳩中さんは()()()()()()()()()()()()()んだよ」


「……じゃなきゃ黙って線路に落とされたりしないだろうしね」


「なんで死んじゃったのか。場所はトンネルを抜けた先で、スマホカバーが砕けるほどのなにかが起きた」



「まさか、車にはねられたのか?」



 僕は思いついたことをそのまま口にした。言ってから、自分が正解を当てたことに気づく。



「鳩中さんの投稿で明確におかしいのは、この『トンネル』とだけ打っているだけのやつ。どうしてこんな半端なのか? 

 文を打ってる途中で轢かれたからだよ」


 だとすれば、鳩中の本当の死は。



「歩きスマホと、交通事故、か」


「そういうこと」


 犯人の大胆すぎる発想に驚く。轢いてしまったのを誤魔化すために、もっと大きな事故で上塗りしようとしたのか。


「轢いたとき、スマホの画面は点いたままだったんだろうね。認証の必要もなく、中身を見られた」


 自殺の説を高めるため、アカウントを乗っ取って遺書をでっち上げたわけだ。

 


「これを伝えたら、きっと警察も詳しく調べてくれる。包帯があるとはいえ、鳩中さんの首にうっすらとワイヤーの痕があるはず。ぐちゃぐちゃの身体もよく調べれば、車にはねられた痕がある。

 ここから先、犯人を見つけるのは、警察の仕事だよね」


 鴉原は相変わらず唖然としていたが、徐々に硬直が解けるように、行動を取り始めた。


「自殺じゃない……ほ、本当ね!?」

「ん。鴉原さんの手柄にしていいから!」

「う、うん……」


 釈然としない様子のまま、鴉原は雀森のもとに足を向けた。


「これで解決だねぇ」

「犯人は分かってないぞ」


「やだなあ。そんなことまで分かんないよ。後は警察の方々に任せましょー」

「そうか……」


 朝の日差しは爽やかだ。天を仰げば、いかにも大団円といった晴れやかさがある。


「ま。間違えててもわたしにはなんの責任もないし。さっさと逃げようか」


 九木も、すっかり一仕事終えたかのように表情を緩めた。


 解決。



 本当に?


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