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死ぬ程洒落にならない怖い事件簿  作者: 春山ルイ
嘘に包まれた駅
15/53

推理 ‐きさらぎ駅‐

 ──霧が晴れていた。



 駅まで戻ってきた僕たちを迎えたのは、思いもよらぬ惨状だった。



「鵜ノ井……なにがあったの……?」


 鵜ノ井はいつの間にか消えていた鴉原に怒ろうとする。しかし、すぐにそれどころではないというように表情を変えた。


「看板が……倒れた」


 駅の前にあった、歯科医院の広告が貼られた看板だ。木製で、確かに微風で軋んでいたし、頼りない脚だとは思った。


 それでも、本当に倒れるとは。


 さらに、なんという不運。


 警部と呼ばれていた男、日鷺(ひさぎ)の自動車が、看板の下敷きになっていた。

 看板の下に停めていたのが悪いといえばその通りだが、予想できるはずもなく。


「お……俺の……俺の車がぁーっ!」


 嘆く日鷺を、その場の誰もが、憐れみの目で眺めていた。


「たぶん風のせいで倒れた……思いっきり潰れた」

「あちゃー……マジで無惨だ……」



 九木は鴉原の元に寄る。


「さ。早くスマホ借りてきてください」


「この状況で!?」

「え?」


「い、いや、一応わたしの上司が、悲惨な目に遭ったんだけど……」


「関係なくない?」


 冷血。

 辞書でその言葉を引けば、九木の顔が載っているかもしれない。


 日鷺の車の亡骸を尻目に、僕たちは鳩中のスマホを手に入れた。



「言っとくけど。燕田の家に案内してもらうために、あんたらを連れてっただけだから。本来、ただの部外者。用が済んだら早くスマホ返して、家に帰んな」


 九木はニヤケながら言い返す。


「えぇー? せっかく仲良くなったのにぃ」

「なってない!」


 僕は鳩中のスマホを手に取る。スマホは線路の側に落ちていたらしく、幸いにも、液晶の一部とスマホカバーの半分が割れていただけだ。

 

 これならデータも生きている、と電源を点けようとしたが、指が止まる。


「……充電切れてるぞ」

「え。マジかぁ。コンビニで充電器借りるしかないね。モバイルバッテリー持ってない?」


「点いたとして、そもそもロック解除パスワードがいるんじゃないか」


「お!? そ……そうだった……」


 変なところで抜けてるやつだ。望みは薄いが、燕田なら知っていたりしないだろうか。

 


「……ねぇ」


 鴉原は苛ついている。


「分かってないようだから教えてあげるけど、鳩中は自殺だよ。運転手の証言が物語ってる」


「なんて言ってたんだ?」



『柱に寄りかかっているのが見えました。始発に待ってる人なんて珍しいし、普段見ない女性なので、注意深く見てたんです』



「普段見ないって、分かるのか?」


「この駅、一日の利用者はせいぜい60人くらい。しかも狭い田舎だから、駅を利用するのはほとんど決まった人」


「そうか。で、柱に寄りかかっていて……?」



『電車がホームに入るってタイミングで……急に柱から離れて、まるでプールに飛び込むみたいに、電車の前に飛びました。彼女の他に、人なんていませんでした』



「……ね。間違いなく自殺」


 鴉原は、まるで出来の悪い子どもを諭すような顔で説明した。


 ──聞く限りでは自殺以外あり得ない。



「おい鴉原!」

「げっ」


 そんな彼女を、神経質そうな男が呼んだ。駅から出てきた彼は、スーツを着ているが、刑事だろうか。


「なにをしている。さっき鵜ノ井から、お前がスマホを持ち出すのを見たと聞いたぞ」


「あんの真面目野郎……」


 九木は空気を読まず、鴉原に訊ねた。


「この方は?」


「刑事課の……雀森(すずめもり)さん。元々、交番勤務の巡査長で、よく叱られた記憶……」


「刑事課の人が来るんです?」

「一応、事故か事件か検証するからね」


 僕たちが戻ってくる間に、かなりの応援が到着したようだ。


「鴉原……部外者となに企んでる。さっさと持ち場に戻れ!」

「ちょっと待ってくださいよセンパーイ……」

「待たん!」


「そ……そんなこと言うんなら、センパイの秘密、喋っちゃいますよ……?」


 雀森の眉間のシワが深くなった。


「お前なぁ……」

「言われたくなければ、見逃してくださいよ……ね、いいでしょ? すぐ返しますから!」


「クソ……悪徳警官め……」

「あざーっす! センパイ!」


 これ、僕たちは見ても良かった光景なのだろうか?


「……だが、ロックがかかってるものだろう。パターンとか……指紋ならまだなんとかなるが……」


「それは……なんとかします」



「星太郎くん、燕田さんに訊いてこよう。ロック解除しなきゃ」


 九木は僕からスマホを受け取り、ポケットに仕舞った。鴉原に返すつもりは一切ないらしい。


「いくら彼氏でも、知らないんじゃないか」

「訊いてみなきゃ分かんないよ」

「面倒くさいな……」


 涼しい顔をしているが、彼女の脳内でどんな思考が紡がれているのだろうか。



「星太郎くんは? なんか思いついたことある?」

「いや」


「なーんだ。あの投稿、見たでしょ? きさらぎ駅は間違いなく関係してるよ」



「だが、あれは()()()()。気づいてないわけないよな?」


「……んー」


 いくら怪異を信じていると言っても、他の可能性を捨ててはいけないだろう。



「例の写真だ。きさらぎ駅と記された駅名標、暗闇と片足の人影、トンネル。こんなの、いくらでも()()できる」


「捏造ぉー……?」


「きさらぎ駅の駅名標……あの形、ここの駅の駅名標と同じ形だった。文字を変えるくらいなら、簡単に加工できるだろうな」


「……人影も?」


「人影なんて、駅名標以上に簡単だ。写真全体が暗いんだからな。暗がりで人を撮って、ほんの少し弄るだけだ」


 この辺にトンネルがあれば、トンネルの写真も簡単に用意できる。


「きさらぎ駅初出の時代に、まだ写真の加工技術は発達していない。だが現代なら、いくらでも可能だ」


 九木はどこか悲しげに微笑している。


「加工って証明できる?」


「今から証拠が出てくるところだろ」


「……」


「鳩中のスマホの写真フォルダを漁れば見つかるはずだ。それに、他にも根拠はあるぞ」


「聞かせて?」


 言われなくても、聞かせてやる。



「燕田が見せたJuINEのトーク履歴」



《1時に待ち合わせでいいんだよな?》

《ん!

 5分前に出てきて》


 少し間を置いてから。


《じゃあ始めちゃって!》



「これは23時頃に交わされた会話だ。やつらは23時以降、なにか始めようとしていた。

 鳩中の投稿が始まったのも、23時頃。呑気にメッセージのやり取りをしていて、少なくとも、電車に乗ってきさらぎ駅に迷い込んだ様子はない」


「燕田くんは、どう関わってるの?」


 燕田は言った。『待ち合わせ場所に、時間通り車で向かったんだけど、いなかったんです』と。

 

「1時に、燕田は鳩中を迎えに行ったんだ。待ち合わせとはそういう意味」



 九木は長い、非常に長い、ため息を吐いた。うめき声に近い。


「──そんなの、分かってたよ」



 きさらぎ駅の話は、鳩中の()()()()。それは、九木だって理解していた。


 それから、怠惰に浸したような声で続けた。


「……言ったでしょ。怪談に必要なのは嘘か本当かじゃない。自作自演をすること自体は、ぜんぜんいいと思うよ」


「鳩中はオカルトに真摯だ、とお前は言ったな。自作自演も真摯か?」


「わたしは、そう思ってるよ。他の人はどうだか知らないけど」



 オフ会の主催をしたついでに、彼氏に会うつもりだった。それでも真摯なのか、と疑問もあるが。


「……それはそれとして。お前は最初から分かってたんだよな。なんで黙ってたんだよ」


「……本当の、怪異の仕業だったらいいのにって、思ったんだもん……」


「なんだ……そりゃ」


 慌ただしく動き回る警官たちが、時折こちらを気にしている。怪しい一般人だと思われていそうだ。


 ぬるい風が吹く。彼女は言った。


「じゃなきゃこんなの……()()()()()()()だし」


 殺人事件。

 鳩中は自殺していない。誰かに、殺された?


「なに驚いてるの。自殺にしてはおかしいことだらけって、君も気づいてるくせに」


 頭が痛くなってきた。ストレスがかかってるのかもしれない。


 九木の指摘は図星だ。


「……鳩中の投稿。自作自演だとすれば、これは……」


《トンネル》


 投稿の1つだが、まるで打ち損じだ。ホラーの演出のようでもあるが、しっくりこない。


「そう──なにか演出をするつもりなら、こんな半端なタイミングで行うはずがない。本家のきさらぎ駅には、まだまだ続きがあるんだから」


「これじゃトンネルの中で、なにか起こったみたいだ。だが確か、本来はトンネルを抜けた先に、人が来たんだろ?」


 九木は頷いた。


「安全な場所に送ってくれるっていう人の車に乗っちゃって、そのまま行方不明になる終わり方。だから、彼女の自作自演も、車に乗って終わるはずなんだ」


 思えば、そのために燕田に迎えに来てもらおうとしたのかもしれない。車内の写真を投稿すれば、リアリティは増す。



 であれば、この《トンネル》という文は途中で送信されたものの可能性が高い。《トンネルを抜けた》とか、そんな感じの。



「次の投稿は……」


《ごめんなさい。これ以上は無理です。》


「……だったな。午前3時頃だ。で、1時間後くらい経って……」


《疲れました。さようなら。》


「例の遺書だ。4時10分の投稿。鳩中は1時になにかと遭遇し、4時間後に自殺する……いや、殺されたのか」


 自殺に偽装された。しかし、運転手の証言によれば、ホームから落ちる鳩中の近くに人はいなかった。



「しかも、よく見れば……文体が違う。これまでの投稿では句点が付いてないんだよ。なのに、《トンネル》の投稿以降、急に付き始めた」


 句点とは、文末に付ける丸の記号だ。SNSの投稿にわざわざ付ける人は、特に若者だと少数派かもしれない。現に鳩中は付けていなかった。



「──誰かが投稿を()()した……鳩中を、殺してからな……」



 殺人という悪意が、日常に潜んでいる。僕たちはそんなこと、考えもせず生きている。


 首元が汗ばむ。焦りのような気持ちが、身体の中から沸き上がるようだった──。



「催眠術とか?」

「……は?」


 九木は唇に指を当てている。


「『ホームから飛び降りろ!』……って、催眠をかけられた……なんちゃって」


「……」


「星太郎くん! 催眠かけられたみたいな顔だよ!?」


「呆れてんだよ!」

 


 しかし、こんなトンチキ発言をする女は、僕の故郷の謎を解いた。


 もしかすると彼女なら。

 

 また、真実を暴くのかもしれない──。


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