証言 ‐燕田‐
駅から車で──なんとパトカーに乗って──10分ほど走らせた場所に燕田の家はあった。九木はおおよその位置しか覚えていなかったが、鴉原が警察のツテを使って発見した。
燕田は寝ていたが、警察がやって来たと知ると慌てて玄関に出てきた。上半身はタンクトップで、下はトランクス丸出しという、悲惨な格好だ。
「あの……ズボンは履いてもいいっすかね……?」
燕田が最低限度の服を纏ってる間、九木と話し合う。
「あいつが、なにかやった可能性はないのか?」
憚られて曖昧な言い方をしてしまう。
「どうして?」
「鳩中はあいつと会いたいから、昨日の会を主催したんだろ。あいつと会って、なにかあったから自殺したって考えられないか」
「別れ話を切り出されちゃったとか? それで絶望して線路に飛び降り。まああの子、メンタル弱そうだしなぁ」
思い出した。
昨日、鳩中のことを、聞いてもないのに説明してきた男がいたが、その中に引っかかるものがあった。
「来週、鳩中とあいつは……なんだっけか。『ペスティーランド』に行く予定だったらしい」
「え。なんで君が知ってんの?」
「僕がというか……変なやつから聞いた」
「確かに、来週デートに行こうって人が、自殺するって変だね。よっぽどキツイ別れ話をされたか、もしくは……」
「もしくは?」
「んん……」
「すんません……も、もういいっすよ……」
燕田がのそのそと出てきた。ぱっとしない風貌だ。僕が言えたことではないが。
「燕田さん、突然ですが、鳩中さんのことは聞きましたか?」鴉原は事務的だ。
「鳩中? 夢依のこと? 聞いたって……な、なにが……?」
不穏な空気を感じ取ったのだろう。燕田は青ざめる。
「その前に一つ。昨晩、あなたは鳩中さんと会ってますよね? そのときのことを聞かせてほしいのですが……」
燕田は目を泳がせた。瞳が僕と九木を捉える。明らかに警察ではない僕たちを、彼はどう思っているのだろうか。
「燕田さん?」
「え、えーっとその……会ってないです」
「え?」
僕も小さく「え?」と言っていた。
「確かに、会う約束だったんですよ。待ち合わせ場所に、時間通り車で向かったんだけど、いなかったんです」
「い、いや、そんな……」
「ずっと待ったし、探しもしました。『JuINE』にメッセージも送ったんすけど……既読もつかないし……」
ジュインって、あのトークアプリか。ほとんど使わないから、聞き馴染みがない。
「それで、あなたは帰った?」
「酷いって言われるかもしれないけど……いつまでも待ってるわけにはいかないし。帰りました」
それから、燕田は核心に触れる。
「あの……無依は……」
「……今朝、ホームから飛び降りて、亡くなりました」
「は……はあ!?」
近隣の都合もお構いなしに、燕田は叫んだ。
「おい」僕は九木に耳打ちする。「あれ、演技か?」
「そうは見えないね。なにか隠してるにしても、変な嘘だし」
鴉原は滞りなく聴取していく。待ち合わせ場所や約束の時間を詳しく訊ねる。燕田も協力を惜しまなかった。
ただ、JuINEのメッセージ履歴を見せろと言われたときは、少し躊躇っていた。
「履歴、消したりしてないよね?」
「消しても『メッセージが取り消されました』みたいな表記が出るので、意味ないですよ」
燕田の言う通り、深夜2時のちょっと前に送信された《今どこ?》というメッセージから、鳩中は未読のようだった。それ以前は既読で、逐一返信もしていたのに。
他に気になるところといえば、23時頃に彼らは不思議な連絡を取り合っていたようだ。
《準備できたよ》と鳩中。
《1時に待ち合わせでいいんだよな?》と燕田だ。
《ん!
5分前に出てきて》
オッケー、という燕田のスタンプ。その後、彼は続ける。
《じゃあ始めちゃって!》
23時に彼らは、なにか始めようとしていた?
その頃はとっくにオフ会も終わって、僕たちに至ってはネカフェを探し回っていた時間だ。
「あのぉ……他に聞きたいことはあります……?」
「そうですねぇ……」
重要なことは聞き終え、聴取も終わろうかという間際。鴉原の前に、九木が割って入った。
「あ、1ついいです?」
「え? あの、あなたたちは誰……」
「燕田さん、鳩中さんとえっぐいプレイとかってしてました?」
時が凍った。
「……あ……え?」
「は?」
みんなそれぞれ、空気が漏れるような声を出す。
「あー、アレです。首絞めプレイとか。やってたりします? 最近……」
僕がこいつの首を絞めてやろうか、と思ったが、なんとか耐えた。耐えたが、後頭部を殴るのは抑えきれなかった。パシン、と軽い音がした。
「この……イカレ女がっ……!」
「ちょっ……星太郎くん!? 痛い! 待って! 誤解だから!」
「どう誤解する余地があるってんだよ!」
「別に好奇心とかじゃなくて……!」
「なんだろうとヤバいだろうが!」
燕田は目を白黒させて、というか一瞬、完全な白目になっていた。
「し……したことないっす……」
「あ、なるほどオッケー!」
九木はにこやかに手を振った。
なにもオッケーじゃない。なにも。
強制的に退場させる。彼女の肩を引っ掴んで、この場から逃げ出すかのように、僕たちは燕田家を後にした。
***
パトカーの中で、九木と鴉原は意見を交わす。僕は疲労で、このまま眠ってしまいたいと思っていた。
「やっぱり待ち合わせ場所は調べておいた方がいいと思います」
「でも、なにを調べろって?」
「んー。なんか!」
「なんかって……?」
「たとえばですけど、待ち合わせ場所に誰かと争った形跡でもあれば、燕田さんが鳩中さんと会ってないっていうのは怪しくなるでしょ。2人がそこで争ったかもってことだから。
場所は路上みたいだから……痕跡は見つかるか分かんないけど」
「でもまあ……被害者は自殺だろうね」鴉原は残念そうだ。「燕田が自殺させたとかだったら大事件で、わたしにも異動のチャンスができたんだけど」
「鴉原さん、不謹慎ー」
「警察は気にしなくていーんだよ。そんなこと」
「いいわけないだろ……」僕の呟きはスルーされる。
「それにしても。あんた、なんであんな質問したの。空気めちゃくちゃ冷えたじゃん」
「首絞め?」
「被害者の首にあったアレのこと気にしてるの?」
知らない情報に、僕は反応してしまう。
「鳩中の首に、なにかあったのか?」
「星太郎くんは遺体を見てないもんね」
「ああ……」
警察の鴉原はともかく、九木が平然と遺体を確認できているのは謎だ。普通は少しくらい拒否反応が出るものだろうに。
「鳩中さんの首には包帯が巻いてあったんだよ。ぐるぐる、2、3回巻いてあった」
昨日、鳩中の首に包帯なんかなかった。もし巻いてあったら印象に残っているはずだ。
「包帯の下に痕があるかもしれないって? だとしても、あの質問はないだろ……」
「まわりくどいの面倒!」
「でも包帯って、昨日の夜から今朝までの間に巻かれたってことになるぞ。でも燕田は鳩中と会ってない。嘘じゃなければ」
「誰が包帯を巻いたのかな? 鳩中さん自身?」
僕も燕田が演じているとは思っていない。彼の発言をすべて信じるつもりはないが、疑ってかかるのも良くない。
「九木、お前はなにか分かってるのか?」
「わたしは探偵じゃないんだよ? そんないろいろ分かってないって」
なにも掴んでいない奴が、首の痕などに違和感を持つだろうか。
「とにかく、きさらぎ駅だよ。鴉原さん、約束通り、スマホを借りてきてくださいよ!」
「分かったよ……でも、それ見てどうすんの」
「投稿を見たいんです」
「例の、駅がどうとかって? そんなの、自分らのアカウントから見れば?」
「本人のスマホから見たいんですよー」
鴉原はため息を吐いた。
「くだらないなぁ。都市伝説とか……関係ない自殺だって……」
「いーや! 鬼はいます! きさらぎ駅もきっと実在します!」
狭い車内で激しい争いが始まった。飛び火しないことを祈るばかりだ。
ダウンロードした、鳩中が投稿した写真を見返す。
九木はああ言ったが、怪異や都市伝説が人を自殺に追い込むなんてあり得るのだろうか?
しかも、この写真……。
「星太郎くんもなんとか言ってやってよー! この分からず屋警官にさー!」
「……あ?」
飛び火した。
「怪異はいるの! 絶対にー!」
「……」




