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死ぬ程洒落にならない怖い事件簿  作者: 春山ルイ
嘘に包まれた駅
13/53

鴉原

「ねぇ、誰か来たよ」


 こっちに向かって車が走ってくる。通報を受けたパトカーではない。少し古めの車種だ。

 看板の前に停車し、中から50代くらいの男が降り立った。


「所轄署、刑事課の日鷺(ひさぎ)だ」


 男は懐から警察手帳を取り出して、僕たちにかざした。どこか権力を見せつけられているようで、気持ちの良いものではない。


「あんたらはなんだ? 目撃者とかか?」


「いえ、わたしたちは……」


「違うのか。ならさっさとどっか行け! 一般人がウロウロするな……!」


 日鷺は鼻息荒く、僕たちを追いやろうとした。


「おい……」

「ストップ」


 僕は言い返そうとしたのだが、九木が手で止めた。


「行こう」それから、小声で続けた。「別のところを調べよう」


 日鷺は僕たちが素直に従ったと勘違いしたのか、満足気にしている。やはり、気に入らない男だ。



「鵜ノ井ぃ!」


「え……あ、警部!?」


 ホームから鵜ノ井が飛んで来た。日鷺は鵜ノ井や鴉原の上司なのだろう。


「なぜ警部が……?」


「さっきの事件、まだ片付いてないだろ。それで様子を見に近く通ったら、この有り様だ。見過ごすわけにもいかんだろ」


「本当ならお休みのはずなのに……すんません」


 バイト先にエリアマネージャーが見に来たとき、こんな感じだったなと、どうでもいいことを思い出してしまった。



 警察たちの声を背中で聞きながら、僕たちは駅から離れる。

 九木がどこに行くのか分からない。そのへんのコンビニかもしれないし、昨晩に訪れた神社に戻ることだってあり得た。つまり、予測不能なのだ。


 何度か角を曲がると、出発点から大きく円を描くように歩いていると気づく。踏切を越えて、また曲がる。ようやく、目的地が分かる。

 


 駅の入口とは反対、線路側に着いた。線路とホームが瞭然だ。草の生い茂った斜面を駆け上がれば、線路内に進入できてしまう。


 斜面のおかげで線路の上は見えない。黙って付いてきてしまったが、うっかり轢死体を見るところだった。



「なにの用があるんだ?」


「警察の人と揉めちゃうとメンドイでしょ。こっそり調べちゃおうよ」


「調べるって、なにを」


「鳩中さん。なんで自殺なんてしちゃったんだろ?」


 駅名標の上半分が見える。

 微妙な違和感があった。じっと観察してみればはっきりするかと考えたが、距離があって難しい。



「……うっ」


 斜面に近寄ると、足元に赤い直線ができていた。ペンキなどではないのは一目で分かる。

 これは()だ。まだ新しそうに見える。


「なんかあった?」

「……これ、ここまで飛び散ったってことか」


「ああ。血か」


 どうしてそんな淡白な反応なんだ。



 それにしてもこの血も気になる。

 派手に飛び散ったのかと思いきや、他に血は見つからない。

 それと、血飛沫にしては()()()()。細い筆で塗ったかのようだ。


 九木もじっと線を見つめている。僕と同じ違和感を持ったのか、また別の思惑を秘めているのか。




 早朝の日光は、地上の事件などお構い無しに輝いている。


「ちょっとそこの2人ー!」


 強烈なデジャヴだ。

 気だるげな女の声に僕たちは呼び止められる。


「なに現場に入ろうとしてんの?」


 線路の上から、僕たちを見下ろす影。


「別に、そんなこと考えてませんよ。鴉原(からすばら)刑事」



 鴉原は乱れたショートヘアをがしがし掻きむしる。徹夜で仕事をしていたようなので、家に帰ってないのだろう。


「あのさー……まず、あたしは刑事じゃない。ただの交番勤務。だから追いやられたんだし。

 そんで、あんたらもいつまでもフラフラしてんなよ。邪魔だからさっさと帰れって」


 イライラが声色から伝わってくる。追い出されたことが屈辱だったりするのかもしれない。


「鴉原さんは幽霊とか都市伝説を信じます?」

「は?」


 九木の「オカルト好きジャブ」が繰り出された。会話の始まりがこれでは、離れていく人も多そうだ。


「馬鹿じゃないの? そんなもん、子どもの頃から信じたことなんかないよ」


「あー……そーですか……」


 九木は落胆……というより、失望している。


「それが、どうしたの」


「んー」話したくないが、仕方ない。そう言いたげなのが伝わってくる。「この件、『きさらぎ駅』が関わってそうでぇー……」


「はぁー……? きさらぎ、なに……?」


「いや、いいですよ……彼女のアカウントにあっただけでぇー……」


 空気が悪すぎていたたまれない。

 その矢先、鴉原が目を見開いた。


「……待って。アカウント? それって、被害者の? なんで知ってんの?」


「……同じ同好会のメンバーなんですよ。昨日、オフ会があって……」


「う、嘘、嘘嘘!?」


 鴉原は間欠泉が噴き出すかのように興奮し始めた。頬を紅潮させている。


「あんたら、亡くなった子の知り合い!? ねぇ話聞かせてよ!」


 なんだ、急に。


「僕は知らないが……こっちの女が……」と、僕は先手を打ってパスした。

「えっ」


「教えて!」


 頼むというより、脅しているような圧だ。相手は警察官だ。僕は従っておいた方が身のためだぞ、と優しさ半分、ざまあみろという気持ち半分で九木を見る。



「ええと。あの人は鳩中夢依さん。わたしたちオカルト同好会のメンバーで、昨日のオフ会の主催……」


 さりげなく僕のことも同好会のメンバーに含めたな、こいつ。


「こんな田舎町でオフ会を主催?」


「たぶんだけど、ここらへんに彼氏が住んでるからって理由……」


「彼氏?」


「確か……燕田(えんだ)、だったかな。鳩中さん、さりげないふうを装って自慢してくるから、覚えちゃった」


「その燕田はどこに住んでんの?」


 流石に知らないだろ。


「あー……大体なら分かるよ……」


 知ってるのかよ。



「よっしゃ! じゃあ案内してよ!」


「はぁ……? なんでわたしたちが……」

「おい、僕は嫌だぞ。なんだ、『たち』って」


「これは手柄になるぞー!」


「て、手柄……?」


 鴉原は指で銃の形を作った。人さし指を僕たちに向けている。


「あたしさー。交番勤務、飽きたんだよねー。それこそ刑事課行って、犯人撃ちたいし」


「撃ちたいの?」


「犯罪者を撃ちたくて警官になったんだよ。交番より、現場の方が撃てそうじゃん?」


 こんなやつが交番にいる町が可哀想だ。そういう意味では早く異動された方がいいだろうな。


 九木も断るだろうと思った。しかし、彼女は口元を緩めた。


「いいですよー」

「九木!?」


「代わりに、こっちのお願いも聞いてくださいよ」


「ん? お願い?」



「たぶん、彼女はスマホを持っているはず。遺体のポケットの中か、駅のどこかに。もう他の警察の人が拾っちゃったかもしれないけど。鴉原さん、持ってきてよ」



 鳩中のスマホは、確かなにかのキャラが描かれたカバーが装着されていたはずだ。オフ会のときにはずっといじっていた。


「いや……あたしみたいな下っ端は、そういうの許されないんだけど……」


「え? 交番から脱出したくないの?」

「それはー……」

「借りてくるなら、案内しますよー。お手柄になるよ!」


 悪魔のささやきだ。正義の警察官なら、無視してもらいたいが。


「……しょーがないなぁ。いいよ、だけど案内が先だからね」


 ──本当に、正義とはなんなのか、考えさせてくれる人だ。

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