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死ぬ程洒落にならない怖い事件簿  作者: 春山ルイ
嘘に包まれた駅
12/53

きさらぎ駅

 時刻は早朝の5時。田舎ということもあり、あれだけの怪音が響いても、駅の周りに人の気配は増えない。


 錆びて汚れた時計は、針を動かしていない。

 向かいにポツンと立っている木製の看板は今にも倒れそうだ。どこかの歯科を宣伝しているが、誰に向けているのだろう?



 そして僕たちは、看板と同じくらい寂しく、駅の前で佇んでいる。


「大変なことになったねー」

「ああ……」


 ホームでは鴉原と鵜ノ井がなにやら喋っている。運転手に事情聴取をしているようだ。


 九木は死体を見たはずだ。想像もしたくない、酷い轢死体だっただろう。

 なのに、彼女は冷静にしている。それどころか、スマホの画面をスイスイと動かしている。


「死体の写真とか撮ったんじゃないだろうな」

「そんなヤバいことしませーん」

「ホントかよ……」


 すると九木は、僕に画面を見せてきた。SNSだ。そういえば、事故が起こる前、誰かから送られてきた投稿とやらを見ていたようだが……。


「誰かのアカウントか?」

「誰のだと思う?」

「知らねぇ」


「被害者、鳩中さんの表アカウントだよ」


 言われてユーザー名を確認すると、『はとはあと♡』と、関連してるような、してないような、微妙な名前が記されていた。


「表……って、裏もあんのか」

「そりゃ、ああいうタイプの子は最低でも5個はアカウントを持ってるものだからね」


 お前はそれらを把握してるのか、とは訊ねないでおこう。「YES」と返ってきたらと思うと怖すぎる。


「実は深夜のうちに、同好会の人から『見てみろ』って送られてきたんだ」


「さっき言ってたな。それが、鳩中のアカウント? なんでまた……」


 九木はなにか逡巡するような目つきになった。僕の質問には答えず、鳩中の投稿の一つを表示させた。


「これが今朝、投稿された」


 その投稿は簡潔だ。


《疲れました。さようなら。》


「遺書か……?」

「っぽいよねぇ」


 遺書の内容は──遺書など読んだことはないが──シンプルで分かりやすいものだ。お手本になるレベルに。


 だが、引っかかるものがあった。

 鳩中のことはほとんど知らないが、なにか、違和感がある気がする。


「……でね!」

「うわっ」


 途端に九木のテンションが上がった。

 そうだ。僕が八尺様の話を始めたときもこんな感じだった。


「それよりもっと前! 同好会の人が見ろって言ったのは、もっと前の投稿! 見てよ、『アレ』と一緒なんだ!」


「『アレ』って……」


 鳩中は今日の23時頃から、一定間隔で投稿を行っていた。古い順に黙読していく。



《気のせいかもしれないけど……

 電車止まんない……》


《トンネル出たら速度落ちたかも!

 停まりそう?》


《え》


《きさらぎ駅! 

 嘘、きさらぎ駅に停まっちゃった!》


 僕は視線を九木に移す。


「これ、なんかの冗談か? オカルト同好会の間でだけ通じるやつ……。『きさらぎ駅』ってなんだよ?」


「えぇー……?」


 九木はため息混じりの声をあげる。どことなく、軽蔑気味の目で見てきた。ムカつく。


「君はもっと都市伝説とかに触れないと駄目だよ。きさらぎ駅は、ネット都市伝説の王道だよ?」


「知ら……」


「知らねーじゃなくて! 星太郎くん、それ口癖だよねー」


 実際、知らねーと言って突き放したい事が多すぎるのだ。九木の発言は特に。


「とりあえず、最後まで読んでよ」



《降りていろいろ探してみる! トンネルあるかな?》


 トンネル? 九木に目で訴えると「元々の都市伝説にあるの」となぜか小声で補足された。


《写真撮るね》


《線路に沿っていきまーす

 あ! 祭りの音がする! 太鼓と鈴!》


《片足の人がいます

 ちょっと怖い……》


《トンネルまで到着!

 それでは行ってきます……!》


《トンネル》


 そこで一旦、僕は顔を上げる。目を休めたかったし、脳も疲れた。


 投稿の中で写真付きのものは3つだ。


《写真撮るね》という投稿に添付されたのは、「きさらぎ」と書かれた()()()だ。次の駅も前の駅も記されてない。


《片足の人がいます

 ちょっと怖い……》


 という投稿に添付されている写真は薄暗くて、細部がまったく分からない。画面下にはうっすら線路らしきものが見える。

 離れた場所に、人影のようなものがいた。

 文のとおり、片足のシルエットだ。


《トンネルまで到着!

 それでは行ってきます……!》


 トンネルの入口が広がる写真が添付されている。怪物が口を広げている、と思ってしまうのは、自然な流れかもしれない。


「きさらぎ駅ってのは、どんな話なんだ?」


「詳しくはネットで調べてよ。でも、あらすじだけ語ると……」


 九木は簡潔に話そうとしていたが、結局彼女の熱は凄まじく、長くなった。

 さらにかいつまむと、こういうことらしい。


  ***

 

 初出は2004年の匿名掲示板。もちろんSNSも馴染みのない時代だ。


「はすみ」というハンドルネームの、おそらくは女性が、電車で眠ってしまい、起きたら見知らぬ駅に着いてしまった。


 その駅が「きさらぎ駅」だ。


 彼女は降り立ち、夜の闇を進む。

 鈴と太鼓の音が聞こえたり、片足の人が声をかけてきたり、トンネルの先へ進んだりと、鳩中の投稿とほとんど同じ出来事を体験した。


 最終的にはすみは、トンネルを抜けた先で「車で送ってくれる優しい人物」とやらに連れられて、消息を絶った、らしい。


 現代だったら、「ネタ」だの「釣り」だの言われて、都市伝説にならずに忘れ去られただろう。

 

「一応、きさらぎ駅には派生作品があって。別の人が別の場所でその駅に辿り着いてしまって……みたいな。まあ、便乗ってだけの気もするけどね」


 九木はそう言って締めくくった。


   ***


 それから、投稿の続きを見る。


《ごめんなさい。これ以上は無理です。》


 これが、午前3時頃の投稿で、それからしばらく空白の時間が生まれている。そして次が最後だ。


《疲れました。さようなら。》


 投稿時間は4時10分。事故が起きたのは……。


「5時45分。あのとき、わたしスマホ見てたから、正確に分かるよ」


「最期の言葉かと思ったが……妙に時間が空いてるな……」

「躊躇いとかあったんじゃない?」


「お前は、この件は『きさらぎ駅』とやらが関係してるって言いたいのか?」


 首を横に振ってくれと祈ってみたが、無駄だ。九木は仏のように穏やかな顔で頷いた。


「だが、おかしいだろ。鳩中は自殺だ。きさらぎ駅の話で、投稿者は自殺なんかしてない」


「でも自殺してないとも、明確に言われてない。消息を絶った、それだけ」

「んなこと言ったら……」


「それに、きさらぎって鬼って意味なんだよ」


 それは聞いたことがある。有名だろう。


「まさか星太郎くんは、鬼が、頭に角が生えて真っ赤で、虎のパンツを履いてる大男……とかって存在だとは思ってないよね?」


「当たり前だ」


「安心した。鬼ってね、昔は死者の霊だって言われてたの。簡単に言えばね。

 ほら、人が死ぬとき、『鬼籍に入る』って言うでしょ。善悪どちらの霊かは決まってないけど……やっぱり悪いものとして扱われることが多いかな」


「きさらぎ駅は……そんな霊がいる駅だってことか? 話に出てきた片足の人や、投稿者を連れ去った人が、鬼?」


「かもね。ロマンがあるでしょ」


「いや、変じゃないか。鬼が鳩中に、なにかしたとして……なんで自殺させるんだ」


 そもそもなんで殺すんだ、という根本的かつ常識的な疑問は、怪異に対しても、目の前の怪異オタクにも通用しないのだろう。


「悪霊に取り憑かれた人が、急に鬱々として自殺してしまう。よく聞く話だよ」

「どこでよく聞くんだ……?」


「とにかく! 鳩中さんの投稿、それに写真。そして彼女の死! きさらぎ駅が関わってるのは間違いないよ!」


「馬鹿げてる……」


 しかしこうなった以上、九木は止められない。


「──もし本当に、鳩中さんが鬼に殺されたなら……わたしのことも、殺してくれるかも……!」


「馬鹿げてる……」


 僕はもう一度、同じことを繰り返した。


 九木狐十子は、怪異に殺されたいと言う。自殺願望があるのか? それとも僕には思いつかない含みがあるのか?


 少なくとも、常識で考えてはいけない。


 この女と一緒に過ごしていると僕までおかしくなっていきそうだ。


 早く逃げ出さなければ、僕まで怪異に取り殺されるだろう。



「星太郎くん?」


「……なんだよ?」


 九木は僕の顔を覗き込む。


「どしたの。ボーっとして」

「……なんでもない」


 お前のせいだ。



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