事件発生
故郷での事件が解決して、2ヶ月が経った。それ以来、大学で僕たちはよく会う……なんてことはなく。
そもそも僕は九木と遭遇しないように警戒している。
だから、3日前に突然、校門で待ち伏せされたときは心臓を握られた気分だった。
そして故郷の借りをダシに、僕はまんまとオフ会に参加させられた。
──その結果、まるで飛来した隕石に追突されるような、酷い不幸に見舞われるのだった。
事件はオフ会の翌朝に起きた。
再び怪異の臭いを漂わせて。
***
「おい……走れ!」
「ちょっと待ってよー」
僕たちは走る。
青春の倒錯でも、健康志向でもない。
電車に乗り遅れまいとしているだけだ。
駅の方角には霧が立ち込めていた。なんだか異界に向かっているようだ。
「電車逃したら……次、何時だって?」
「えっと……ほぼ1時間後って感じかな」
「……僕の故郷よりは早いな……」
そもそも、オフ会が終わって直帰すればこんな目には遭わなかった。
九木が昨夜、「せっかくだから近くの神社に行こうよ! 有名なんだから!」とか言い出し、終電を逃したせいだ。
もちろん僕は逃げようとした。が、あのイカレた女はそれを許さない。
ネカフェに泊まって、一夜が明けた。まったく災難だ。
「くそっ……早く帰らないと1限に間に合わない……」
日課の早朝ランニングのおかげで疲労はない。ただ眠い。ネカフェは寝心地が悪かった。
「うーむ……んー……?」
不自然なくらい後方で、九木のうめき声が聞こえた。振り返ると、九木は完全に立ち止まってスマホを操作していた。
「なにしてんだ!?」
間に合いたくないのか?
「あ、いや……ちょっと、変な投稿が……」
「投稿? いやSNS見てる場合か?」
「んー……同好会の人から連絡があって、これ見てみろって、送られてきてさ……」
ぶつくさ言っているが、知ったことではない。
このまま急がないつもりなら、もう一人で帰ろう。
そう思った矢先、知らない声に呼び止められた。
「ちょっとそこの2人ー!」
「なんだ……って……!?」
声の方を見れば、思わず背筋が凍った。
パトカーだ。助手席に座る女性警官が、僕たちに声を飛ばしてきたのだ。
「なにしてんの。こんな場所で、こーんな朝っぱらに。怪しいなぁ」
「は……? あ、怪しい? そこの女ならともかく、僕まで?」
「や。そっちの子は言うまでもなく。
あんたもほら。なんか前髪が野暮ったいし。目つき鋭いし。怪しいよ」
「初対面の相手に言うことか?」
酷い非難だ。許されていいのか。
「え!? 星太郎くんはともかく、わたしまで怪しい!?」
「お前、客観的に自分を見れないのか?」
「こんな美少女を捕まえて怪しいなんて!」
「客観視した結果がそのナルシシズムかよ……」
「どっちも怪しいっつーの」
「ぐぬ……」
女性警官は窓から半身を乗り出してなじる。
「……夜中に民家のガラスぶち破った奴がいんだよ。あんたらじゃないでしょーね?」
「知らねーよ」
パトカーの運転席では、うんざりした顔の男性警官がハンドルを握りしめている。
「つーか、それどころじゃない。早く行かないと電車に間に合わない……」
いやもう、時間的に間に合わないことが確定している。
「一応、クスリとかやってないか調べさせてよ」
「あぁ!? やってるわけねぇだろ!」
「あれ。もしかしてわたしたち、職質されてる?」
九木は呑気なことを言っている。
「おい……」と、ついに運転席の男性警官が声を発した。「もう放っておいてやれよ、鴉原……」
女性警官は鴉原というらしい。彼女は振り返って怒る。
「もし本当にクスリとかやってたら、あんた、犯罪者を見逃すの!? 鵜ノ井、あんたはそれでいいの!?」
「お前がそんな殊勝な考え持ってるわけないだろ! 徹夜の憂さ晴らししたくなっただけだろ!?」
「──へへっ、バレた?」
本当に警察官か? と疑いたくなるような言動だ。コスプレをした不良の方が納得できる。
付き合ってられない。職質は任意だ。電車に間に合わなかろうが関係ない。駅まで逃げよう。
「あ、コラ! なに逃げようと……」
そのとき、甲高い音が、進行方向から響いた。電車の警笛のようだ。
ほんの少し遅れて、金属が擦れるような不快な音が轟く。
「なんだ……? 電車が……急停車でもしたのか?」
ポロッと口から出た言葉だったが、正解だったのかもしれない。想像上の光景と、聞こえた音が結びつく。
「まさか、事故……?」
そう言いながら鴉原はパトカーから降りる。
「あっ鴉原……」
「鵜ノ井! あんたはどっかパトカー停めてきて!」
「星太郎くん、見に行ってみる?」九木は冷静だ。
「見に行ってどうするんだ?」
「んー。なんとなく」
「ちっ……」
九木が駆け出し、僕は遅れて駅の方へつま先を向けた。
アドレナリンが分泌されているのか、さっきよりも速く走れている。
霧の中に、僕たちは突き進んだ。
「……って、あんたらは来んなよ!」
鴉原が遅れて怒鳴る。
「なんで?」九木は止まらない。
「もし事故だったら、一般人が来ていいわけないでしょ!?」
「なるほど。確かにねー……」
「とか言いながら走り続けんのやめろ!」
ごちゃごちゃ言いつつ、鴉原は僕たちを止めない。口だけだ。事故を優先してるなら警官らしい心構えだが、さっきの問答で、ただ面倒臭がっているだけな気がしてしまう。
ついに九木と鴉原が、同時に駅に到着する。駅は閑散としていた。無人駅のようだ。駅員の姿はない。
「うっ……!」
ホームについた鴉原が、息を呑む。
「星太郎くん」
九木は僕を手で制した。
「君はそこで待ってて」
九木もわずかに顔をしかめている。僕は改札を抜けたところで立ちすくむ。
線路は見えないが、なにが起こったのか、容易に理解できた。
人身事故だ。
「これ……」
九木がなにか呟く。
鴉原はスマホを取り出し、どこかに、おそらく警察署に連絡を始めた。
僕は線路を見ていないからというのもあって、たった今起こったことを飲み込みきれずにいた。
わずか数メートル先に死体がある。分かっていても、テレビの画面を隔ててニュースを聞いているような気分だった。
しかし、九木が側に寄り、僕を渦中へと引きずり込むのだった。
「死体……ピンクのブラウスを着てる。女子だよ」
「は……? だから……なんだよ……」
「それだけじゃない。他にも特徴が一致する」
ピンクのブラウス。そんな目立つ服を着ている女。つい昨日、身近で見たばかりだ。
「死んだの、鳩中夢依さんだよ。オフ会の主催者……」




