とある田舎町にて
あなたは幽霊を信じるか?
ありがちな問いだ。
僕だったら、台本でもあるかのように「否定はしない」と決まって言い返す。続きはない。
すると相手は納得したのかしてないのか。曖昧に頷いて去っていく。相手がどう感じようが知ったことではない。淀みなく答えて、会話を終わらせる。
この会話を終わらせる術は、僕が都会に出てきてから身につけた技術と呼べる。
しかし今夜、その経験値は無残にも打ち砕かれた。途方もない無力感。
忠告しよう。
オカルト好きの集まりにおいて、そんな処世術は、なんの効果もない。
***
「どう、星太郎くん! 楽しんでる!?」
わざわざ目立たないように部屋の隅にいたのに。その女はわざと大きな声を出しながら寄ってきた。
長めの黒髪、涙袋と長い下まつ毛が特徴的な目元。不健康そうにすら感じる白い肌。裏腹に元気いっぱい、といった調子の笑みを浮かべている。
九木狐十子は、得体の知れない、アルコール飲料であることしか分からない飲み物を、僕に渡してきた。
「いらない」
「あれ、飲めないの? 未成年じゃないよね?」
「ちょうど20歳だ。年齢関係なく、僕はアルコールが苦手なんだよ」
「へー、カワイイとこあるね!」
「あ?」
広めの木造コテージには、20人ほどが集っている。和気あいあいとした空気が流れていた。
けれども、各々の顔にはどこか影があるような気がしてしまう。
それもそのはずで、僕と九木は今、オカルト同好会のオフ会に参加している。
ここに集う全員は──僕を除いてだが──霊や妖怪、人によっては宇宙人などを、こよなく愛しているのだ。
不気味かつ不吉極まりない連中の巣窟に、僕が迷い込んでしまった理由は……。
「これで貸し借りナシ、だね。一緒に行ってくれる人が欲しかったんだー」
「……帳尻合ってるとは思えないがな」
「10年ものの謎、解いてあげたじゃん!」
「僕はお前に寝る場所を提供してやったわけだが?」
「うーん。それプラス今回で、帳消し!」
九木は僕の故郷で起きた、10年前の事件の真実を解明した。
確かに感謝はしているが、こんな場所に同行させられては、感謝の気持ちも忘れてしまいそうだ。
「それにしても、だ」
僕は窓の外を眺める。
関東地方の某県、その西端の地にいる。僕の故郷ほどではないが、相当な田舎だ。街灯はなく、外のランタン以外の灯りは見えない。
風にたくさんの木々が揺らいでいる。葉の擦れ合う音は少しゾッとする。なるほど、オカルト好きたちにとっては穴場なのだろう。
「わざわざ、こんな僻地まで来ることになるとはな……」
「文句なら主催者にね」
九木は壁端でスマホをいじる女を示した。
彼女の年齢は僕たちと同じくらいだ。ツインテールにピンクのブラウス。ファッションセンスから漠然とした人となりが分かるような気がした。
思えば彼女はさっきからスマホばっかり見ている。他の参加者と話すときですら、目線は手元に注がれていた。
スマホカバーにはよく分からないキャラクターが描かれていて、見た目と好みが合致しているな、というのが素直な感想だった。
「あ、あのスマホカバー。ちいおぞだね」
「な……なんだって?」
「え!? 知らないの!? 流行りとか興味なーいっていう、逆張りタイプ!?」
心底信じられないという目で睨めつけられた。
「『なんか小さくておぞましい怪物』、略して『ちいおぞ』ね』
「本当に流行ってんだろうな?」
「初見はブラックでホラーな漫画だと思われがちなんだけど、実は凄く優しい世界観で、全然争いとかないんだよね」
「あぁ……そう……」
「ま、わたしには合わなかったんだけど」
「合わねえのかよ」
自分とは無縁のコンテンツだ。
「あの子、あんな見た目だけど、オカルトに対して真摯なんだよ」
九木とここの参加者たちは以前から交流があったのだろう。互いのことをよく知っているようだ。
それから九木は別の参加者に呼ばれ、僕から離れていった。
「これから怪談大会があるから楽しんでってねー」
それにしても、例の主催者はスマホばっかりで周りと交流を図ろうとしない。人との付き合い方は人それぞれだが……。なぜ主催などしたのだろう?
「──彼女は鳩中夢依」
「うおっ!?」
いつの間にか、隣に知らない男が立っていた。眼鏡に肥満体質で、圧が凄い。
「一応、我々同好会のメンバーとしてオカルト好きではありますが、今、彼女の一番の関心は『彼ピ』であるようです」
「え、『彼ピ』……彼氏ってことか?」
「なので今回のオフ会、鳩中女史が主催をやると聞いたときは驚いたものです。しかし詳しく調べてみればなんてことはない。この僻地に『彼ピ』が住んでいるようで、オフ会にかこつけ、逢引しようと目論んでいるのですよ。来週には『ペスティーランド」に行くとのこと」
「あ、ああ……そうか……。ところで、あんたは……」
「いや失敬。小生はただのオカルト好き。鳩中女史に視線を向けているニュービーに教示しようとしただけのこと」
「あ……うん……分かっ……」
「それでは。残りの時間も有意義なものになることを祈っておりますぞ」
「──いや……誰なんだよ、お前は!」
一応言っておくが、生涯において、彼と会うことは二度とない。
***
オカルト同好会オフ会のメインイベントは、各自が持ち寄った体験談、もしくは創作話を語る怪談大会だ。
オーソドックスな幽霊との遭遇、ある地域に伝わる土着信仰、中にはレプティリアンとやらについて語るやつもいて、オカルト好きにも種類が多様なのだと理解した。
流石その道の人々、といったところか。幽霊の類を信じていない僕も、鳥肌が立つような語りをしてきた。
ただ、一人。
「これは東北にある、寒村での出来事です。ある少年が、祭りの日、異常に背の高い女性を見たと……」
九木が僕の話を始めたときは、別の意味で怖くなった。あの女の、神経の太さが怖い。
「へへ。聴いてた?」
面の皮が厚い彼女は、語り終えてすぐ僕のもとに来た。
「人の話をお前……」
「まあまあ。こんな美味しい実体験、なかなかないんだもん」
「……」
「怪談に大事なのは、嘘か本当かじゃなくて、面白いかどうかと、怖いかどうか!
だけど体験談なら、面白さも怖さも格別だからね」
「嘘の話でも構わないのかよ」
「もちろん。そんなこと気にしてたら、ホラーは廃れちゃう」
馴染みのない視点の意見だ。真実が求められる情報社会に反抗している──というのは、考えすぎか。
そんなこんなで夜も更けていき、オフ会は解散となった。
1つ気になったことがある。
主催の鳩中は、最後まで語り手の席に立たなかった。
それどころか、時折なにもない空間を見上げ、ぼうっとしていた。ある意味では今夜に相応しい振る舞いと言えるかもしれないが、とにかく、妙な女だという印象だけが、強く残った。
新章です。最後までお付き合いいただければ幸いです。




