9.魂の隷属
コンコさんが飲んだ酒はそうとう度数が高かったのだろう、千鳥足になるくらいベロベロに酔った彼女はついに寝息を立て始めた。仕方なく背負いこみ、ダンビラ商店街の宿へ向かう。
「裏公団でも酒って作れるんやな。発酵とか蒸留とか、わからんけど難しそう」
「できないことはないでしょうが、コンコさまが飲まれた酒は呪いで制作されたものですよ。ダンビラ組が囲う呪われの一人に、『触れた液体が酒になってしまう力』を扱う者がいるのです」
確かにそれは呪いだわ。水を飲むだけで酒になってしまう。
「加工品なのでさらに飲みやすく、呑まれやすくなっております。ナナシは幾人か中毒で廃人になった者を目にしました」
「そんなもん飲んで大丈夫なん? 実は脊髄液入りで、呪われが叫んだら裸の巨人になったりせえへん?」
「仰っている意味がよくわかりませんが『暴力を禁止する』縛りに抵触しているので難しいでしょう。法は組員であっても例外でないのです。罰則は死刑のみであり、情状酌量の余地はない」
つまり、害者が死ぬことを勘定にいれなかった場合、暴力は理論上可能なわけか。100%安心し切るわけにはいかないな。
「にしてもヘンテコな呪いやなぁ。なんの役に立つねんソレ。誰も狩れへんやろ」
「以前にも説明しましたが、そう都合のいいものでないのです。呪いは壊れた精神が表出したものであり、必ずしも戦闘向けというわけでない。ただし、『手酒憎造』は強力ですよ。液体ならなんでも酒にしてしまうのだから、標的の傷口に触れさえすれば——」
「うわ!? きしょ。血液を酒に変えてまうんか」
「短時間の接触では度数も高くなりえませんが、血中アルコール濃度を引き上げるだけでも相当な有効打になります」
「恐ろし。にしてもナナシ詳しいなぁ。なんでも知っとるやん」
「情報は弱者の武器ですので。収集を怠ったことはない」
小さな体に大きな信頼。こいつは本当に頼りになるなぁ。
「そういえば、他の奴らはろくに喋れんのに、なしてお前はハキハキもの言えるん?」
「発語に関しては体の構造によるものが大きいです。門番さまや私は、のどが比較的人の形に近い。以前の主は発達が未熟だったのです」
なぜそんなに語彙があるのかを問いたつもりだったのだが。多分、いいや間違いなく、ナナシの頭の出来はおれ以上だ。チンケなプライドが邪魔して深く追求できなかった。
「ナナシ、どんな顔しとるん? 仮面外して見せて見いや」
話題を変えるための軽い質問だったが、思うところがあったのか、しばらく黙り込んでしまう。
忌み子にも慣れてきた。たとえスッポン面であっても、可愛がることくらいできる自信はあったのだが。
「……それだけは生石さまの命令でも聞けません。私は忌み子の中でもとくに醜いのです。劣等意識も勿論ありますが、なによりあなた方に見限られるのが怖い」
地雷だったか。
コンコさんなら、『そんなの気にしないよ。どんな顔であっても私は君が大好きさ』とか言って。素顔を見てから『気持ち悪!?』と受け入れたのだろうが。
おれはどうやら普通のメンクイなので、ナナシに対して拒否感を抱くかもしれない。それはおれ達の望むところでない。
「ならおれの前で絶対外すな。今後ともナナシのことを好きでありたいからな」
ナナシは立ち止まり、物思いにふける。
「……ふふ。嬉しいという感情は久しぶりです」
「こんなんで嬉しいんか、チョロいな〜。コンコさんと一緒におったらお前幸せで死んでまうんとちゃうか。あの人はすぐ他人のこと褒めちぎるから」
他人に甘くて、自分にもっと甘い。コンコさんはそんな人だ。
「打算だけでない関係も、お二人となら作れるかもしれませんね」
「はっ。そりゃいいや」
友達とかね。
空を見上げる。絵の具を混ぜ合わせたかのような、不規則な配色。今はわりかしサッパリとした淡色で清々しい。いい気持ちだ、鼻唄でも歌いたい気分。
にしてもこの世界に太陽はないのだろうか。一度もそれらしき姿を目視していない。
昨晩は星明かりひとつない、闇のとばりがおりていたので、昼夜の概念はあるようだが。
「生石さま、先ほどからしきりに空を眺めていますが、どうなされました?」
「ん、日暮れまであとどのくらいやろう思て」
「宿までには間に合います。ご心配なさらず」
ダンビラ組は、『日中』の暴力を禁止している。つまり、夜はその限りでないのだろう。証拠に、先程まで賑わいをみせていた露店は閑散とし、みな帰り支度を始めていた。
どうやらナナシは気づいていないようだ。
先ほどからおれたちの背後を付け狙う、複数の影があることを——。
さて、どのように殺そうか。
「ちぇ」
自然とそう考えてしまう自分が怖かった。
忌み子ならまだいい。人すら簡単に殺してしまいそうな自分が恐ろしい。
コンコさんのために。コンコさんのために。
おれは彼女のためならどんな外道にも堕ちてしまえる。魂の隷属、愚の骨頂だ。正しくないことは重々承知している。その上で。
「くだらねぇ」
自身の善性を殺すことにした。
二人を守るのに必要のない感情だから。
「血祭りじゃ」
本編に関係ない設定をひとつ。
主人公の名前は刹那になります。
『生石刹那』
この名前にピンときた人とは、美味い酒が飲めそうです。




