7.つまらない楽園
「この世界では成長することがありません。我々忌み子や、あなたたち訪問者である人間も例外ではない」
戦闘を終え、一旦落ち着くために場所を移動してきたおれたち。現在は屋上から県営住宅の一室に侵入していた。
部屋の中は何もない空き家状態だが、二度の闖入で疲弊しているため非常にありがたい提案だった。
コンコさんはおれの膝を枕にしてくつろいでいる。さらにナナシを抱きしめて頭を撫でている始末だ。
溶け込みが早すぎるし、警戒心が微塵もない……。
ナナシをだきしめたくなる気持ち、わからなくもないけれどね。
こいつ、ちっちゃくて丸っこいんだ。歩く時はテクテクって効果音が鳴ってしているし、なのに大きな荷物を一生懸命背負っている。健気だ……。
まぁ、狐面を外せば薄気味悪いスッポン姿なのだろうが。
「時が止まっている認識が近いかもしれませんね。あなたたちは大人になることができない」
頼んでもいないのにベラベラと話してくれる。
きっと彼も抱きしめられている今の状況に困惑しているのだ。
取り繕うため饒舌になる気持ち、わかるよ。
「ピーターパンは大人になることを拒んだ」
「ネバーランドってやつやな」
一番に思うのは、やはり童話で登場するかの楽園だろう。あそこも裏公団と同じく、子供が成長できないという特性をもつ。つまらない大人が思い描きそうな物語だ。
裏公団の性質はより深刻なようだが——。
「なので食事の必要はないし、副次的に排泄もありません。生理現象も起こり得ないでしょう」
おっと、これは吉報である。局部を無くした今、尿意を覚えたらどうしようと、一人思い悩んでいたところ。
「うんこせんでええんや。便利〜。便だけに」
「子供できないの!? 悩みの種が消えたね〜、種だけに」
さすがに下品すぎるぜ、公団ジョーク。
「弱い忌み子は弱いまま。唯一時を進められる機会が、他者を食すことです。忌み子同士でも成長は可能ですが、すでに完成している人間の身であれば効果はより絶大になる」
点と点が繋がる。産まれてくることができなかった出来損ないの忌み子。人間になるためには、他者の肉を喰らわなければいけない。この世界において、『肉』は『時』と同様に、非常に価値があるものなのだ。だから『金』になる。
ナナシが男の死体を欲するのも頷ける。(死体はナナシが血抜きして背嚢につめてある)
「売らずに、ナナシくんが食べちゃえばいいじゃん」
「滅相もございません。成長は忌み子の悲願でありますが、自分はすでに言葉という価値を獲得しています。これ以上を望めばナナシが他者の標的になってしまう」
食う価値すらないほど、ちっぽけな存在であり続けること。それがナナシの選んだ生存戦略なわけか。
「なるほー、賢いね。んでもって、ナナシくんはちっこい方が可愛いからその判断が正しい! ところでさ、私、ひらめいちゃったんだけれど、この世界において呪われの肉は価値が高いんでしょ?」
うなずくナナシ。
ここでおれも彼女の意図に気がつく。天才かと思った。
「私が自傷し、切断した指とか腕とか耳とか目。売ればいい金になるんじゃね。どうせ再生するんだし、切っちゃえばいいじゃん。ビジネスチャンスってやつじゃん?」
「……あまりおすすめはしません。呪われの肉がなぜ最上とされているのか。それは食ったものが呪いの力を奪うことができるからです。全身を喰らえば全ての。一部であれば一部の。他者に呪いを奪われた場合、本人の力が弱まる傾向にあります」
「ほな無理かぁ。よく出来てんなぁ」
「どうでしょう。呪いの力とは曖昧なもので、機械や化学のように規律化されていません。実際どのような作用が生じるのか、誰も想像がつかないのです」
アニメや漫画の超能力の類かと思ってテンションを上げていたが、そこまで都合のいいものではないようだ。
「呪いとは結局、破綻した精神の表出ですから。他人を真に理解することが難しいのと同じなのです」
「もういいよ、呪いのことはよく分からん。説明ありがとね〜。んじゃ、そろそろ外に出ていこう。野外活動だ」
分からないことをわからないまま放置できる。コンコさんの才能の一つだ。きっと彼女は気になってすらいない、自分自身のことなのに。
「では、ナナシめがお二人に合う仮面と外套をこさえて参ります。忌み子はいつだってあなた方の肉を狙っている。人間であることはバレない方がいい」
正直、あまりピンとこなかった。
ナナシの説明によると、忌み子は人間以下の存在らしい。なぜそんな奴らのために、おれたちがコソコソと動かなければいけない。コンコさんも同じ気持ちなようで、つまらなそうな顔をしていた。
ナナシに考えを伝える。
「で、ですが忌み子の中にも強力な呪われ個体は存在しますし、お二人と同じ訪問者もいる。危険はそこかしこに」
「違うよナナシくん。私たちは危険を承知で、それでも隠れるようなマネはしたくないのさ。自分らしさが出せないなんて、そんなの死んでいるのと同じだから」
「危険がいっぱい? なら公団のときと一緒やん」
キョトンとほうけるナナシを尻目に、おれたちは外へ出る。ついていくべき人を間違えたとでも思っているのだろうか。
「悪いね、こんな生き方しかできへんねん」
変わることはできない、それは緩やかな自殺だから。
「嫌なら嫌でいい、私たちとはここでお別れ。もしもついてくるのなら守ってあげるし。私たちが死んだなら、死体も君にくれてやる。好き勝手にすればいい。お互いらしく生きよう」
階段を下りて外へ出る。ナナシの姿はない。まぁ当然か。これでいい、お互いのためだ。
「お待ちください!!」
振り向くと汗だくで駆けつけてきたナナシ。
無意識に拳を握りしめていた。
内心嬉しかったのだろう。公団では優しい奴が驚くほど少ないから。みんな早々に出ていくか、死んでしまうのだ。
ナナシが本当に良いやつなのかはまだ分からない。けれど期待してみるのも悪くないだろう。
「ナナシもお供いたします」
「へぇ〜、やるじゃん。でもどうして?」
「残酷なこの世界で、なぜかあなた方は楽しそうに笑っていた。その理由がナナシは知りたい。そしてナナシも笑いたい! 理解できるまで、お供いたします」
不幸のどん底にあろうと、コンコさんはらしく笑う。おれはそんな姿に惚れたんだ。
彼を憐れに思う。お前もあの魔性に惹かれてしまったのかと。
「これからよろしく、ナナシ」
彼の手を引く。
もう少し優しくしてあげようと思った。
自分を大切にする代わりに。
ならばおれは、おれ自身をないがしろにしてでも。
——血溜まりの上で二人を守ろう。




