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血溜まりチャチャチャ  作者: 海の字
第一章 裏公団編
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6.忌み子のナナシ

「ハァ、ハァ。やれたの?」

「うん。ナイスアシストやった。それよりもコンコさん、腕、大丈夫?」


 出血は止まるどころか勢いを増している。

 治癒効果は? 切り傷なら治るのではないのか?


「ううん。死んじゃいそう。マジで痛い」


 苦悶の表情を浮かべるコンコさん。脂汗もすごく、息は絶え絶えだ。


「腕見せて」


 手首付近の傷はかなりの惨状だ。至急処置を施さなければ、大事になるかもしれない。


 だがおれは素人だ。縫合はおろか、止血の方法すらよくわかっていない。


 焦るままにシャツを脱いでキツく結んでみたが、白地が赤く染まるばかりで、大した効果があるように思えなかった。


「どうしよう、どうしよう」


 焦るうちにみるみるコンコさんの顔色が悪くなっていく。

 あたふたしていると、またしても背後から近づく存在に失念した。


(悪い癖だ。この世界では油断が命取りになりかねない。気をつけて行こう)


「呪われのお方。おそらくあなたの『呪い』は、『自傷行為』でしか効力を発揮いたしません」


 心臓が飛び起き、血の温度が一気に冷えた。

 すぐに攻撃の体制を取るも、相手は戦闘の意思が無いことを示すように、両手をあげていた。


「あなたは?」

 コンコさんがどうにか尋ねる。


「ナナシはあなた方が殺した男の、従者をやらされていたものです」


 指さす先にはスッポン男の死体。

 彼(彼女?)は奴よりも見窄らしい、ツギハギの襤褸(ぼろ)をまとっていた。


 顔は狐面で隠しているが、露出した肌が奴らと同じ黄緑色だったので、人外であるとわかる。


 背丈はおれの膝下程度しかなく、スッポン族の子供なのかもしれない。


「報復でもするつもりか?」

 おれの牽制を受け、焦ったように手を横に振った。


「いえいえまさか。むしろ感謝したいくらいです。ナナシは無理やりに従わされていました。何度も殴られました」


『ナナシのことよりもまずは彼女を』

 彼はそういうと、コンコさんに近づいた。一応警戒するがどうやら害意は本当にないみたいだ。


「あなたが呪われであることは存じております。アレは裏公団へやって来たばかりのものをつけねらう、矮小の者ですので」


 おれたちが無警戒で探索していたところも、治癒力の実験をしていたところも、全部見ていたのだろう。


 ナナシは説明しつつ、背負う大きな背嚢(はいのう)から清潔な包帯と綿布を取り出し、傷口へ丁寧に巻きつけていく。


 コイツは信頼できるかもしれない。少しだけそう思った。


 言葉の流暢さは先の男の比較にもならず。むしろ門番よりも知的に感じられた。


「なぜ後をつけるようなマネを?」

「この世界において、あなたがた訪問者の肉は大変な価値がある。特にその身に呪いを宿した、『呪われ』ともなれば」


 たしかに肉をよこせとか、呪われがなんとか言っていた気がする。


「しかし我々『忌み子』は弱い。門番さまならまだしも、あまり肉を食えていない者たちの身体は非力なのです。ナナシをごらんなさい」


 門番は呪詛のような言葉を吐き、おれたちの部位を奪った。儀式と奴は説明していたが、ようはナナシのいう『呪い』の力なのだろう。

 いまさら驚きはない。それ以上の不可解を何度も目にしてきた。


「だからあの男は考えた。裏公団へやって来たばかりの、右も左も分からないような人間。呪いの使い方も知らないような人間であれば、弱い自分でも倒せるのではと。特にあなたたちはまだ子供だ。普段は臆病な男も、絶好の好機を前にして、無謀な勝負に出ざるをえなかった。そして敗れた」   


 説明をしている間に応急処置が終わったようだ。

「あなたさま、痛みは和らぎましたか?」

「コンコでいいよ。まだ泣いちゃうくらい痛いけれど、もう話せる」


「では単刀直入に申し上げます。コンコさまはこの世界でも稀な、『呪われ』であります」

「私がヘンテコな力を持っていることはおおむね分かった。説明して。『自傷でしか傷が癒えない』って、どういうこと?」


 おれは頭がたいして良くないから、黙ることしかできないけれど。ナナシとコンコさんの会話はサクサクと進むので、見ていて気持ちが良かった。


 おれたちは治癒効果を『切り傷』のみに作用すると結論づけたが、彼は違う見解をもつようだ。


「これはあくまでナナシの推測ですが、コンコさまの自傷痕が完治したこと。他者から受けたであろう全身の痣と、先の刺し傷が癒えていないこと。以上のことから、自傷行為にのみ特化した呪いだと思われます」


「なるほど〜。状況からして間違いなさそうだね。ん? ならつまり——」

「はい、ナナシも同じことを考えておりました」


 話が見えない。いったい二人はどんな思考を共有しているのだ? 


 次の瞬間、思案投げ首の体であるおれは見せつけられた。

 コンコさんが傷口を男の刃物で切りつけたのだ。


「な!?」


 漢字ドリルの薄文字をなぞるように、なんのためらいもなく線を引く。

 たちまちに傷は癒え、ナナシの推測が正解だったことが証明された。


「外傷を、自傷に塗り替える。なるほど〜、こんな使い方があるのか」

「呪いへの適応が早すぎるわ……」


 感嘆よりもドン引きに近い称賛。のちにコンコさんは自身の顔も切り刻み始めた。絵面は最悪だったが、狙い通り、父親に殴られた痣を自傷で上塗りし、元の尊顔に戻っていた。


 普通に惚れ直すレベルで綺麗になった。


「ナナシくんでいいのかな? ありがとね」

「礼には及びません。当然のことをしたまでです」


 その返答に疑問を覚えたおれはナナシに尋ねる。


「なんの義理があっておれたちの手助けをしてくれたんや」

「もー生石くんってば、恩人に向かって」


 自覚している。慌てるばかりのおれよりも、はるかに有能だったコイツに、すこし妬いているのだ。口調も厳しくなる。コンコさんの一番は常におれでありたい。


 反面、コイツを受け入れてやる理由を探している節もある。言動から切実な思いを感じ取ったのだ。コイツは今、命懸けでおれたちに取り入ろうとしているのではないのか?


「まずはナナシをあの男の支配から救ってくれたこと、お礼申し上げます。ナナシは多少人語を話せますが、それだけの木端です。あなた方のおかげで、理不尽から解放されたのです」


 もしも母や半グレを吹っ飛ばし、おれたちを救ってくれるヒーローが現れたのなら。

 祈らない夜はなかった。ナナシからすれば似たようなものだ。


「打算もあります。ナナシは見ての通り弱い。吹けば飛ぶ弱者です。誰かに隷従しておかなければ、簡単に死んでしまうでしょう。確かに男は理不尽でしたが、やつのおかげで生き延びてこられたのもまた事実なのです。主を失った今、ナナシはあなた方につかえたいと思う」


 こいつ、なかなかにクレバーだな。生き延びるためなら自身の弱さをも利用する。正直、礼の言葉よりも数段好感がもてた。


「よろしい。ナナシくん、あなたを従者として認めます。さっそくだが褒美をとらせてやろう。のぞみを言ってみて」


 おそらく彼の姿勢はコンコさんにも刺さった。

 顔が治って浮かれているのもある、ノリノリだ。

 彼女が楽しいとおれも楽しい。自然と笑みを浮かべる。


「では、あの男の肉をください。売ればそれなりの金になります。もちろんその金は、あなた方に還元します」


 褒美にならんだろうとツッコミたくなったが、コンコさんは他に思うところがあったようだ。


「さっきから肉肉いっているけれど、どうしてそんなにお肉を重要視しているの? もしかして私たちってめっちゃ美味いの?」


「説明するには裏公団の実態まで話さなければなりません。手短に一言で申し上げるのなら——」


 ナナシの言葉を聞いて、おれたちはこの世界の歪さにひとつ近づく。おいそれと踏み込んでいい領域でないことも思い知る。


「現世で産まれることが叶わなかった、ナナシ共『忌み子』が、人間に産まれ変わるためでございます」


 水子。堕胎された子。流れた子。

 そう、それはまるで、門番に取り上げられたコンコさんの孕み子のように——。


 登場する予定がない設定を一つ。 


 主人公は現実世界から門番の儀式を通じて、裏公団へやってきていましたが、移動は双方向可能です。

 つまり、裏公団から表公団にも渡れるのです。

 

 ナナシを始めとする忌み子たちは、人間に成ることで儀式に耐え、現実へ渡ろうとしているのです。


 それを司る『門番』は、かなりのキー人物です。



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