6.忌み子のナナシ
「ハァ、ハァ。やれたの?」
「うん。ナイスアシストやった。それよりもコンコさん、腕、大丈夫?」
出血は止まるどころか勢いを増している。
治癒効果は? 切り傷なら治るのではないのか?
「ううん。死んじゃいそう。マジで痛い」
苦悶の表情を浮かべるコンコさん。脂汗もすごく、息は絶え絶えだ。
「腕見せて」
手首付近の傷はかなりの惨状だ。至急処置を施さなければ、大事になるかもしれない。
だがおれは素人だ。縫合はおろか、止血の方法すらよくわかっていない。
焦るままにシャツを脱いでキツく結んでみたが、白地が赤く染まるばかりで、大した効果があるように思えなかった。
「どうしよう、どうしよう」
焦るうちにみるみるコンコさんの顔色が悪くなっていく。
あたふたしていると、またしても背後から近づく存在に失念した。
(悪い癖だ。この世界では油断が命取りになりかねない。気をつけて行こう)
「呪われのお方。おそらくあなたの『呪い』は、『自傷行為』でしか効力を発揮いたしません」
心臓が飛び起き、血の温度が一気に冷えた。
すぐに攻撃の体制を取るも、相手は戦闘の意思が無いことを示すように、両手をあげていた。
「あなたは?」
コンコさんがどうにか尋ねる。
「ナナシはあなた方が殺した男の、従者をやらされていたものです」
指さす先にはスッポン男の死体。
彼(彼女?)は奴よりも見窄らしい、ツギハギの襤褸をまとっていた。
顔は狐面で隠しているが、露出した肌が奴らと同じ黄緑色だったので、人外であるとわかる。
背丈はおれの膝下程度しかなく、スッポン族の子供なのかもしれない。
「報復でもするつもりか?」
おれの牽制を受け、焦ったように手を横に振った。
「いえいえまさか。むしろ感謝したいくらいです。ナナシは無理やりに従わされていました。何度も殴られました」
『ナナシのことよりもまずは彼女を』
彼はそういうと、コンコさんに近づいた。一応警戒するがどうやら害意は本当にないみたいだ。
「あなたが呪われであることは存じております。アレは裏公団へやって来たばかりのものをつけねらう、矮小の者ですので」
おれたちが無警戒で探索していたところも、治癒力の実験をしていたところも、全部見ていたのだろう。
ナナシは説明しつつ、背負う大きな背嚢から清潔な包帯と綿布を取り出し、傷口へ丁寧に巻きつけていく。
コイツは信頼できるかもしれない。少しだけそう思った。
言葉の流暢さは先の男の比較にもならず。むしろ門番よりも知的に感じられた。
「なぜ後をつけるようなマネを?」
「この世界において、あなたがた訪問者の肉は大変な価値がある。特にその身に呪いを宿した、『呪われ』ともなれば」
たしかに肉をよこせとか、呪われがなんとか言っていた気がする。
「しかし我々『忌み子』は弱い。門番さまならまだしも、あまり肉を食えていない者たちの身体は非力なのです。ナナシをごらんなさい」
門番は呪詛のような言葉を吐き、おれたちの部位を奪った。儀式と奴は説明していたが、ようはナナシのいう『呪い』の力なのだろう。
いまさら驚きはない。それ以上の不可解を何度も目にしてきた。
「だからあの男は考えた。裏公団へやって来たばかりの、右も左も分からないような人間。呪いの使い方も知らないような人間であれば、弱い自分でも倒せるのではと。特にあなたたちはまだ子供だ。普段は臆病な男も、絶好の好機を前にして、無謀な勝負に出ざるをえなかった。そして敗れた」
説明をしている間に応急処置が終わったようだ。
「あなたさま、痛みは和らぎましたか?」
「コンコでいいよ。まだ泣いちゃうくらい痛いけれど、もう話せる」
「では単刀直入に申し上げます。コンコさまはこの世界でも稀な、『呪われ』であります」
「私がヘンテコな力を持っていることはおおむね分かった。説明して。『自傷でしか傷が癒えない』って、どういうこと?」
おれは頭がたいして良くないから、黙ることしかできないけれど。ナナシとコンコさんの会話はサクサクと進むので、見ていて気持ちが良かった。
おれたちは治癒効果を『切り傷』のみに作用すると結論づけたが、彼は違う見解をもつようだ。
「これはあくまでナナシの推測ですが、コンコさまの自傷痕が完治したこと。他者から受けたであろう全身の痣と、先の刺し傷が癒えていないこと。以上のことから、自傷行為にのみ特化した呪いだと思われます」
「なるほど〜。状況からして間違いなさそうだね。ん? ならつまり——」
「はい、ナナシも同じことを考えておりました」
話が見えない。いったい二人はどんな思考を共有しているのだ?
次の瞬間、思案投げ首の体であるおれは見せつけられた。
コンコさんが傷口を男の刃物で切りつけたのだ。
「な!?」
漢字ドリルの薄文字をなぞるように、なんのためらいもなく線を引く。
たちまちに傷は癒え、ナナシの推測が正解だったことが証明された。
「外傷を、自傷に塗り替える。なるほど〜、こんな使い方があるのか」
「呪いへの適応が早すぎるわ……」
感嘆よりもドン引きに近い称賛。のちにコンコさんは自身の顔も切り刻み始めた。絵面は最悪だったが、狙い通り、父親に殴られた痣を自傷で上塗りし、元の尊顔に戻っていた。
普通に惚れ直すレベルで綺麗になった。
「ナナシくんでいいのかな? ありがとね」
「礼には及びません。当然のことをしたまでです」
その返答に疑問を覚えたおれはナナシに尋ねる。
「なんの義理があっておれたちの手助けをしてくれたんや」
「もー生石くんってば、恩人に向かって」
自覚している。慌てるばかりのおれよりも、はるかに有能だったコイツに、すこし妬いているのだ。口調も厳しくなる。コンコさんの一番は常におれでありたい。
反面、コイツを受け入れてやる理由を探している節もある。言動から切実な思いを感じ取ったのだ。コイツは今、命懸けでおれたちに取り入ろうとしているのではないのか?
「まずはナナシをあの男の支配から救ってくれたこと、お礼申し上げます。ナナシは多少人語を話せますが、それだけの木端です。あなた方のおかげで、理不尽から解放されたのです」
もしも母や半グレを吹っ飛ばし、おれたちを救ってくれるヒーローが現れたのなら。
祈らない夜はなかった。ナナシからすれば似たようなものだ。
「打算もあります。ナナシは見ての通り弱い。吹けば飛ぶ弱者です。誰かに隷従しておかなければ、簡単に死んでしまうでしょう。確かに男は理不尽でしたが、やつのおかげで生き延びてこられたのもまた事実なのです。主を失った今、ナナシはあなた方につかえたいと思う」
こいつ、なかなかにクレバーだな。生き延びるためなら自身の弱さをも利用する。正直、礼の言葉よりも数段好感がもてた。
「よろしい。ナナシくん、あなたを従者として認めます。さっそくだが褒美をとらせてやろう。のぞみを言ってみて」
おそらく彼の姿勢はコンコさんにも刺さった。
顔が治って浮かれているのもある、ノリノリだ。
彼女が楽しいとおれも楽しい。自然と笑みを浮かべる。
「では、あの男の肉をください。売ればそれなりの金になります。もちろんその金は、あなた方に還元します」
褒美にならんだろうとツッコミたくなったが、コンコさんは他に思うところがあったようだ。
「さっきから肉肉いっているけれど、どうしてそんなにお肉を重要視しているの? もしかして私たちってめっちゃ美味いの?」
「説明するには裏公団の実態まで話さなければなりません。手短に一言で申し上げるのなら——」
ナナシの言葉を聞いて、おれたちはこの世界の歪さにひとつ近づく。おいそれと踏み込んでいい領域でないことも思い知る。
「現世で産まれることが叶わなかった、ナナシ共『忌み子』が、人間に産まれ変わるためでございます」
水子。堕胎された子。流れた子。
そう、それはまるで、門番に取り上げられたコンコさんの孕み子のように——。
登場する予定がない設定を一つ。
主人公は現実世界から門番の儀式を通じて、裏公団へやってきていましたが、移動は双方向可能です。
つまり、裏公団から表公団にも渡れるのです。
ナナシを始めとする忌み子たちは、人間に成ることで儀式に耐え、現実へ渡ろうとしているのです。
それを司る『門番』は、かなりのキー人物です。




