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血溜まりチャチャチャ  作者: 海の字
第一章 裏公団編
5/38

5.殺す感触

 傷つけられたコンコさん。彼女の痛哭な表情は、おれから戸惑いをとっぱらった。


 殺意——。


 すぐさま渾身の前蹴りをいれる。

 転がすことはできなかったが、距離を取ることに成功した。


 見てくれはスッポン坊主に近い。

 トンチキな表情に弛んだ皮膚と爬虫類的な禿頭(とくとう)

 汚れた外套(がいとう)を身にまとい、鋭利な刃物を見せびらかしている。


 がたいはおれより大きいが、コンコさんに比べれば小さいだろう。しょせん中学生の膂力(りょりょく)で吹き飛ばせたのだから、筋肉量もたいして多くないとみた。


 警戒は必要だが、過酷な環境で場慣れしているおれからすれば、あまり怖さはない。


「お前、なにもんや」

「ヨコセ。人間ノカラダ。食ワセロ、呪ワレノニク」


 発語はスッポン坊主より難があるのだろう、聞き取るのがやっとのレベルだ。

 会話をするに値しないとみなし、臨戦体制をとる。


「不良に半グレ、ヤクザに浮浪者。そんな奴らばっか相手して、おれは無駄に喧嘩が強い」


 リンチにされるのが当たり前の日常で暮らしてきた。後遺症が残るほど痛めつけられた知人を何人も知っている。祖父をはじめ、死んだものも中には。


 自分を守るためには強くなるしかなかった。


 八つのころには鼻っぱしらをへし折るための拳の握り方を覚えていたし。十のころにはイジめてきたガキ大将を病院送りにした。


 母親のセフレの一人は地元じゃ喧嘩負けなしの格闘家崩れだ。

 稽古と称して虐待まがいの寝技を何度もかけられた。亜脱臼を繰り返すうちに、簡単な技術は自然と覚えた。


 奴は突然いなくなったが、どこぞで野垂れ死にでもしたのだろう。興味はないが、だからってトレーニングを怠った日はなかった。


 もちろん数を前には無力だし、大人相手なら到底敵わない。


 だとも貧弱な化け物に臆するほど、やわな修羅場は潜っていない。タイマンなら負ける気がしない。ぬるいんだよ——。


「公団民なめんなや!」


 駆け出す。やつは刃物を突き出してきたが、すかさずバックステップで半歩分距離を取り、鼻先でかわす。


 銃を向けられたことすらある。この程度ではビビっていられない。


 刃物を握る奴の右袖口を掴み、勢いよく対角に引っ張る。多少体勢を崩すことができた。攻勢は連続する。袖口を大きく振り上げ、空いた下半身に姿勢を落として潜り込む。


「ガァァ!?」


 取った。敵の右足に抱きつき、持ち上げ、つまりは片足立ちの状態にさせる。


 続いてタックルの要領で体重を前に乗せるも、タッパはあちらに分があるので、これには耐えてきた。


 織り込み済みだ。


 おれは前に突っ込む形で攻撃した。すなわち敵は大きく後ろへ重心を崩している。


 ただでさえ片足立ちなのだ。

 不安定な体幹、引き込むよう振り回すと、簡単にテイクダウンが取れた。


 すかさず馬乗りになる、マウントポジションという奴だ。


 ナイフを握る奴の左手首に体重を乗せ、地に縫い付けるよう固定する。


 ここまでの格闘からもわかる通り、化け物といえど身体的特徴は二足歩行の人間に近い。肩も肘も骨格も同様だ。つまり、《《関節技》》が極まる——。


「ガルガァ!」


 手首を押さえつけたまま、脇を締めさせる形に強く引きつける。

 奴の手首、肘、肩を支点に鋭角のV字を描くイメージだ。

 

 おれの左手を奴の肘下に滑り込ませ、一息に捻り上げると——。


「ギャアアア!!」


 行き場をなくした力学が関節に集約され、相手に激痛をもたらす。肩を外すことも可能だ。


 寝技においては最もポピュラーな技術の一つである、V 1アームロック。(アメリカーナともいう)


 敵は耐えきれず刃物を取りこぼした。


「コンコさん! やったれ!」

「この、クソッタレが!!」


 一閃。彼女のカッターナイフが敵の眼球を貫き、脳を抉った。


 吹き出す粘性の高い体液で全身が汚れる。弛緩した首元に容赦なくトドメの十字絞めをくらわす。しばらくすると動かなくなった。


 死んだ。

 達成感こそあれ、コンコさんの父を殴ったときのような罪悪感は感じなかった。


 こいつが人間的な外見でないからだろうか。

 人間でないのはおれたちのほうだろうか。


 もう後戻りはできない。


 両の手の汚れは、しばらく落ちそうになかった。

書き溜め分はここまでになります。週2〜3のペースで投稿しようと思います。

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