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血溜まりチャチャチャ  作者: 海の字
第一章 裏公団編
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4.エッチできないね

 いつから意識があったのだろう、あまりハッキリとしない。夢と現実の境目をなぞるような不思議な居心地だ。気がついたときにはすでに神社の外へ放り出されていた。


 スッポン坊主の姿はどこにも見当たらず、周りをウロチョロと観察するコンコさんだけがいた。


 一つ言えるのは、ここはもう先ほどの世界とは別の場所だということ。


 なぜそうと言い切れるのか。

 肌にまとわりつく粘着質な空気感、生物の気配を感じさせない深い静寂、何か不吉なことが起こるのだという確信めいた予感。


 根拠は他にもある。

 空だ。裏公団は空の色が現実と異なって見えた。

 青や赤だけじゃ無い。その他極彩色が混じり合った、高熱の日にみる悪夢のような空色。    


 不可解の連続、気が動転する。


「あっはー、こりゃすげーや」

 なぜ彼女は冷静でいられるのだろうか。今しがた我が子を奪われたばかりだというのに、いつもと変わらない良い笑顔だ。


「それは無責任か」

 殺したいほど憎い相手の子なわけだから、むしろせいせいしているだろう。


 他人の心の機微を察するのはどうにも苦手だ。

 特に彼女のような異端者ともなれば。


「は!?」

 何はともあれおれの局部である。先ほどの苦痛が嘘のよう、今は痛くも痒くもない。だがズボンの中身を覗きこむと絶望の光景が広がっていた。


 ——つまり何もなかった。


「うっへぇ。かわいくなっちゃってるじゃん」


 無断でコンコさんに覗き込まれたが、怒る気力すら湧かなかった。綺麗さっぱりに、なにもかも無くなっていたのだから。股先は滑らかな曲線を描き、尿道などの器官も見当たらない。儀式はつつがなく執行されたわけだ。


 おしっこをするときはどうすればいいのだろう。

 コンコさんが耳元で意地悪にささやく。


「これじゃあエッチできないね」


 受け入れ難い現実がふつふつと怒りに変換された。頭の奥で血が湧き立ち、じんと痛む。つまり泣きそうだってこと。今のおれは躊躇わない。


「あのスッポン野郎どこや。殺したる」


 もちろん八つ当たりだとわかっている。コンコさんにそそのかされ、儀式を受けいれたのはおれだ。喪失の責任はおれ自身にある。

 

 だからってこの怒りを抑えることはできない。

 思春期の男からすれば局部の喪失は死と同義だからだ。


「生石くん、私のためにありがとね。大好き」


 ……。


「もうどないでもええわ」


 地球規模の憤怒は呆気なく霧散した。

 好きな人の笑顔を前に思春期は敵わないのだ。


「んじゃ、行こっか」


 そんなこんなで歩き出す。

 裏公団だろうが裏世界だろうがやることは現実と変わらない。

 頭空っぽにして、疑問も不安も(かわら)に流して、毎日を漠然と生きるだけだ。

 それが不幸に対抗する唯一の(すべ)だと、おれたちは知っている。


 裏公団の外観は現実とさして変わらないように思えた。

 ただ、あの場所特有の、常に監視されているような視線をここでは感じない。


「建物の配置が公団とは違うよね」

 

 ハッとした。よくよく観察すると、県営住宅の並びや、送電塔に貯水タンク、他にもいろいろとあるが、どれもがおれ達の記憶とはわずかに乖離していた。


 そうなれば必然知る道も異なってくる。風景だけが同じな、まったく知らない場所にやって来たのだと認識を改める。


「うす気味悪いなぁ」

「そうだ。高いところから、ここがどうなっているのか眺めてみようよ」

「アリ」


 一度周囲の景色を観察しておきたい。

 幸いにも県営住宅の作りは現実と同じだったので、難なく侵入して屋上へ向かうことができた。


 こつこつ、階段を先に登るコンコさん。後ろ姿を眺めていると奇妙な違和感を覚えた。なぜだろう、普段と違って見えたのだ。


「?」


 所作は変わらない。だが強烈に匂う差異の正体はなんだ?


「あっ!? コンコさん腕!!」


 咄嗟に彼女の左腕を握ってしまう。

 本来そこにあるはずの、無数のリスカ跡が綺麗さっぱり無くなっていたからだ。


「えぇ、なにこれ」


 目立つ傷は一つもなく、すべすべな柔肌の感触だけが返ってきた。


 空の色が違うことよりも、スッポン坊主との遭遇よりも。目の前の異変はより身近な実感として、おれの小心をブルりと震わした。


 すでに(ことわり)から外れているのだと。


「よくわからないのだけれど、裏公団では傷が治るの?」

「いや、ちゃうと思う。だってコンコさん、顔……」

 いまだ腫れ上がったままだ。


「んー。これは出来立てホヤホヤのやつだから? にしても生石くんは治ってないしなぁ」


 コンコさんが坊主頭をゴシゴシと雑に撫でる。

 ヤンキー連中と喧嘩したときに縫った、頭頂部のハゲが健在らしい。


 唇の端を二ッと持ち上げられる。

 半グレにリンチされたとき抜けてしまった永久歯も、生えていないらしい。


 小首を捻っていると、コンコさんが懐からカッターナイフを取り出した。彼女は刃物を常備しているタイプのイタい人なのだ。


「実験してみようか」

 言うと刃先をおれの手の甲に当てがう。意図が読めたのでこくりとうなずく。


 優しく撫でるように切れ込みを入れられた。ツーっと血が滴る。少し痛い。それだけ。


「治る気配なし。私はどうだろう」 


 ここで変化が生じる。コンコさんがいつものように自傷すると、瞬く間に傷口が塞がったのだ。

 出血する暇さえなかった。まるで映像を逆再生しているかのような回復速度だ。これには流石の彼女も目を見開き驚いていた。


 すぐにより深く傷つける。

 神経が削がれる音を聞いた。


「えっぐ、躊躇(ちゅうちょ)ねえなぁ」

「うげぇ、今度も治っちゃったよ。プラナリアみたいで嫌だなぁ」


 両断されて、二体に分裂するコンコさんを想起する。そんなの世界が耐えられないぜ。


「マジで意味わからんけど、治癒現象はコンコさんだけに起こるみたいやな。おれはてんで治らへん」


「ふ〜ん。ま、いいや。べつに悪いことでもないし。どーでもいいや」

「軽っ!?」


 コンコさんは飽きたと言わんばかりに進み始めた。

 ほんと図太いなぁ。


 彼女は基本何事にも動じない。鋼の意志力とはまた違うのだろう。強いて言うのなら、自分のことに興味がないから、取り巻く環境すらはき捨てられるような。投げやりの精神性を垣間見た気がする。


 実験の結果わかったことは、痣や打撲痕は治らないものの、切り傷であれば程度の如何に関わらず、瞬時に回復すると言うことだ。


 なぜコンコさんだけにそんな不可思議がおこるのだろう。

 まったくもってカオスだ!


「うわぁ、すげえや」

 屋上からの景色にも度肝を抜かされた。


 現実の公団は盆地となっており、周囲を山々で囲われている。

 だというのにここは地平線の彼方まで公団が広がっていたのだ。


 目の前の景色だけを切り取っても、数百の県営住宅が立ちならんでいる。それが360℃みわたす限り伸びているのだから、まるで陸上で漂流してしまったかのような錯覚を覚える。


 (たび)にここは異界であるのだと言う事実を、まざまざと突きつけてくる。連続する驚愕はおれたちの注意を刈り取り。


 ——よって、背後に近づく凶刃に気づけなかった。


「ガァァァァ」

「生石くん! あぶない!!」


 振り返ったときにはすでに遅く。

 おれを庇ったコンコさんの腕に深々と刃物が突き刺ささっていた。


 血。


 おれの初恋が蔑ろにされた。

 敵を殺すのにこれ以上の理由はいらなかった。

わかりにくいですが一応異世界ものとなっております。

地味に書くのは初めてなので、ワクワクしています。

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