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血溜まりチャチャチャ  作者: 海の字
第三章 VSコノコ編
37/38

37.最終血戦

 ドス黒く濁った粘性のうねり。それは堆積した呪いの泥濘(でいねい)。コノコは千もの呪いを取り込むことで、ついに神智を超えたのだ。


 山の如く膨れ上がった禍つ巨人。異形の姿に臓が震えた。


【怖気づいたのか?】


「はっ! 敵は強いほどに血湧く!」


 数千人規模の血液はすでに手中にある。これより射出するは、貴様に殺された者どもの束ね、ことごとく理不を断ち切る一撃。


【すなわち赤色の射て星である。生石、ぶちまけろ】


「ぼたぼた!」


 初撃、奔流。

 血の槍はコノコの装い(ドロドロ)を見事剥がした。


「ぼたぼた!!」


 次撃、暴発(ぼうはつ)

 槍には《《りゅうの血》》を混ぜ合わせてある。

 躍動の指示を受けた爆性、衝撃は連鎖した。


「ぼたぼた!!!」


 奥義——。

 

【血戦刀】


 真髄が怨敵の本体を捉えた。  

 以上全霊、だとも首を落とすことかなわず。


「ちっ。仕留めそこなったか!」

【だがざっと八百の呪いを圧殺したさね】


 泥は肉体から漏れ出した塵芥(じんかい)にすぎない。あらわになった全身は、褥瘡(じょくそう)のごとく赤黒く変質していた。


 グロテスクな身体の中で唯一澄んだ瞳がおれを捉える。


 コノコが敵を視認した——。


【やつは複数の呪いを操るさね。気張れよ】


『視力が喪失する呪い』

『聴覚が欠損する呪い』

『触覚が壊死する呪い』

『味覚が剥離する呪い』

『嗅覚が蒸発する呪い』


 何も感じない。感覚器が呪い潰されたのだ。


「とはいえここは血溜まりや」


 先の一撃は地に暴露し、足元には血溜まりが形成されていた。


 これより我が領域内。たとえ五感を失おうとも、奴は脳の上で踊っているようなもの。


「必死のパッチなもんで、泥臭く行かせてもらう」


 踏み込む。繰り出すは発気の殴打。


「ステゴロじゃあ!!」


 手応えあり。『触れた者の手を捩じ切る呪い』により拳を吹き飛ばされた。指がばらけて宙を舞う。知ったことか、血液で代筆し、後頭部をわし掴む。


 引き寄せ、顔面に膝鉄をカチ込む。直撃。効果は見られないが、奴の意識をほんの少し前へ誘導した。


『口から致死性の毒霧を吐く呪い』


 異臭を感じ取り、すんでで躱す、今だ——。


 ステップで背後を取り、はがいじめの形で組み付く。

 バックテイクからのチョークスリーパー、好機! 首に回した両腕を全力で締め上げる。


「がはっ!?」


『背中からトゲをはやす呪い』


 トゲは臓腑を貫き、苦痛で意識が点滅する。

 

 コノコから離れ、傷ついた臓腑を血ででっち上げるも、痛いものは痛い。まったく嫌になるくらい歯が立たない。


「半端ねぇ……」


 だが無駄骨ではなかった。痛みを感じるということは触覚が。姿が見えるということは視覚が。匂いを感じるということは嗅覚が正常に機能している証拠だ。


 奴は複数の呪いを保有しているが、複数の呪いを並行するには限度があるのだ。


 その数おそらく五——。


「だからなんだっちゅう話やが」


 ありがたい、攻め続ける契機ができた。


「全部さらけだせや!」


 血の弾幕を絶え間なく浴びせ続ける。休息のいとまなどあたえてたまるか。


 近接。じりじりと。異様な圧に吐き気、かまわず踏み込め。


『筋肉を弛緩させる呪い』


 なんでもありか。立っていられなくなる。ちくしょう。四肢が言うことを聞かない。


 ならば強制的に奮い立たせてやる。


 心臓を叩く。リコイルエンジンのスターターを起動させるように。

 血は起爆し、大動脈内においては秒速十メートルを超えた。当然毛細血管が弾け飛ぶ。


 目から。鼻から。耳から。口から。ししむらから血が吹き出る。すべてはこの一歩を踏み出すために。


「だぁ!!」


 なんてことのない殴打。腰は入っていない。ダメージもさほどない。拳が捻じ切れる。激痛が戦意を挫こうと働く。息を吸うごとに死の予感がチラつく。


 なぜおれは命を蔑ろにしている?

 わからない。戦う理由なんてない。


 コノコに何かをされたわけでも、恨みがあるわけでもない。大義こそ皆無だ。


 なのにどうして死に物狂いで挑めるのか。


 わけがわからない。興味もない。


 ただ勝利条件だけが明白だ。


【コノコの血液を解析する。それがこちらに残された唯一の勝ち筋さね】


 コノコの皮膚は爛れ、痛ましくも血が滲んでいる。

 触れるだけで呪いは血の成分を解析し、ついには奴の息の根を止めるだろう。


 勝てるかもしれない。


 十分だ。それだけあれば立ち向かえる。


「目覚めてからずっと何かにイラついていた」


 以前にどんな理不尽があったのか。

 大丈夫。もう思い出さなくていいように、ここで全部終わりにする。


「まだまだ踊りたりんねん」


 ほら、手を取り合って。


「ふんっ——」


 背負い投げる。すぐさま鳩尾に膝を押し付け、ニーオンの体制。膝を滑らせマウントポジションへ。


「えらい素直やないか!」


 殴る。殴る。殴る。

 すべては見せかけの優勢だった。


 コノコが地面に触れた。瞬間、意識が燃えた。


『発火する呪い』


 炎に皮膚が焼けこげ、死の淵に追いやられる。

 だがより重篤なのは——。


【血溜まりが蒸発させられた!】


 呪いの領域が役割を終えた。


『五感を消失させる呪い』


 手詰まり。必死。もうおしまい。

 絶望。

 

「いや、まだだ」


 まだおれの血が残っている。


 意識が消える直前、コノコはすぐそばにいた。舌を噛み切り、血を多量に吐き出す。ほんの少し、たった一滴でも付着してくれたのならば——。


 血の呪いが、然るべき場所を教えてくれる。


「みっけ!」


 たとえ五感を失おうとも、身体の使い方は脊椎が知っている。


 飛びつき、組みつき、完璧!

 十字締めへ——。


「な!?」


『互いの位置を入れ替える呪い』


 視力が戻った。位置が入れ替わったのだろう、コノコは最高のポジションでおれに組みついていた。絶体絶命、その口元はニヤリと笑っていた。


 そうか、よかった。おれだけじゃなかった。お前も楽しんでくれていたのか。


 なら最後まで意地汚く足掻こう。せっかく産まれてきたのだから。目一杯、満ち足りるまで。


「ぼたぼた!!」


 一か八かの大勝負。心臓にただ一つ『出血』の命令を与える。瞬く間に赤が弾け、推進力を獲得。コノコから距離を取ることに成功した。


 だがしょせんおれはガキだ。

 限界を迎えた。


「あ——」


 血を失いすぎたのだ。末端が冷える。自意識が遠のく。もう何も考えられない。立っていられない。ただコノコを俯瞰している。


 気のせいかもしれない。コノコの言葉が聞こえたような気がする。


「遊んでくれてありがとう、産まれて初めて楽しかった」


 その手には泥が渦巻いていた。百の呪いを集約させた確実な死。おれにぶつけるつもりなのだ。


 血の解析はいまだ半分程度しか進んでいない。

 ここまでか。十分やった。おつかれ。おれも楽しかった。


 ちゃんと諦めた。ちゃんと負けた。


 だからこれは、あくる日の残暑みたいな、ほんの一滴のささやかな願いだ。


『最期にもう一度、あなたに会いたい』


 夕焼けに落ちる影を踏む。それが誰のものなのか、もう思い出せないけれど。


【これは奇跡などでない。血よりも確かな絆、まさに呪いの血縁さね】

 

「かぁさま?」


 コノコを見る。どこを見ている?

 視線の先には、それはそれは美しい、血まみれの女性が立っていた。


「生石様、遅ればせながら、ただいま参りました!」


 女性はおれの名前を呼んだ。

 かと思えば、ポーチのような袋を投げてきた。


「お使いください!」


 袋から、ドバッと血液が溢れ出てきた。

 瞬間、電撃のように神経系が高鳴った。


 おれはこの血を知っている。

 それどころか、恋していた。


 そうか、そうか、そうか。


「コノコ、お前あの人の息子やろ」


 コノコは我に帰ったのだろう、呪いの泥を射出した。だが数瞬、おれの方が早かった。


【奥義——】


 刃が泥を切り裂き、コノコに触れる。


 血の解析は半分ほどしか進んでいない。


『あの女性とコノコは親子である』


 だがもう半分は、溺れるほどに浴びてきた!!


「死にたくない」


「ぼたぼた!!」


 弾けて、溢れて。

 足元には、血溜まりだけが広がっていた。


「はぁ、はぁ」


 勝てた理由はただ一つ。

 コノコはあの人のことが、怨嗟をほんのひととき、忘れてしまえるほどに大好きで。


 おれはあの人のことを、何も覚えていなかったから。


「死にたくないなんて、言わんといて欲しかった」

【コノコは呪いさね。血と呪いは祈りに似ている】


 両の手を合わせる。こびりついた赤を見やる。

 死ねばどんな絆も冷たくなってしまう。

 コノコの生涯にはなんの意味があったのだろう。


 知るわけがない。ただ、目を逸らすつもりもない。


 こいつの分まで。


 生きろ。




 

 


 

 

 

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