3.この世界だと息が吸えない
「裏公団。忌み物たちが住まう土地。そこでは現実のあらゆる法則が通用せず、常世のしがらみも断ち切れよう。ならば産まれ変わりの儀式だ」
長々とどうも。
裏公団。例の裏世界という認識であっているのだろうか。
こことは違う場所。新しい人生を送る場所。マジで言ってんの?
「その儀式ってのが、私の赤ちゃんと、生石くんのアソコを捧げることなの?」
うなずくスッポン坊主。
奴の様相は恐怖以外の何者でもなく、よく平然と話せるものだとコンコさんに感心する。
「おれ、そんな場所に行くつもり毛頭あらへんで」
仮に裏公団なるものが実在したとして。そこが現実よりも素晴らしい場所だとさらに仮定して。
おれの局部を差し出す理由にはならない。
「ねぇおじさん。儀式っていうのは痛いものなの?」
一方コンコさんは興味津々だ。なぜ?
「痛みを伴わない産まれ変わりなどあろうものか」
どんどん行かない理由が増えていく。
「ふーん。ところで生石くんはさ、私のことが好きなんだよね」
「え、まぁ」
「私、行ってみたいな。一緒についてきてくれたなら、キスよりもすごいこと、したげるけど」
はぁ。
揺らがなかったと言えば嘘になる。おれだって男だ。好きな人にそんな誘われ方をすれば、意思も傾く。
だが二の句はでてこない。それ以上に怖かったからだ。儀式や目の前の怪物、なによりコンコさんの底なしの好奇心が。
「私はこの世界だと息が吸えない」
おれの両頬を手で引き寄せて、血走った目で訴えかけてくる。見つめていると吸い込まれそうになる。
「どう足掻いても、周りの全てが私を否定してくる。苦しい。苦しい。ここではないどこかへ行きたい。ねぇお願い、私と逃げてよ!」
鉄を切るような高い叫びも。悲壮に染まりきった表情も。おれを誘惑するのに有効だと、きっとわかってやっている。この人はそういう女だ。
「生石くんは人を殺してんだよ。いまさら普通に生きようなんてするなよ。資格がないんだから」
あんたも共犯だろうが。思わず叫びそうになる。
この人は容易く他人に責任をなすりつける。
「赤ちゃん、取られても平気なん?」
「ふふ、どーせ産んでも私が殺してた」
震えた。心底楽しそうな笑みに晒され、動悸がした。この人は破綻している。
思えば好きになったキッカケもイカれていた。
いつかの冬、その日は氷点下近くまで気温が落ち込んでいて。だが母は半グレ連中と寝るためにおれを家から追い出した。
公園のベンチ、低体温症で死にかけていたところを、コンコさんは条件付きで拾ってくれたのだ。
『腕を舐めてくれたら、家の中に入れてあげる』
このままでは死んでしまう。おれは提案に乗らざるを得なかった。
父親が仕事で留守にしていた狐塚宅は、暖房器具などありはしなかったが、それでも外よりはうん倍もマシで。
一晩中、リスカ跡まみれの腕を舐めた。
『ズキズキって痛むのがね、気持ちいいの。生きているって自覚できる』
おれは怪物の慰めものにされた。
コンコさんの蕩けたまなこに射抜かれた。
こうして小学生の性癖は壊されたわけです。
「私、生石くんのモノになってもいいよ」
はい、おしまい。
その後の儀式は筆舌に尽くしがたいものだった。
言葉になる手前の呪詛をボソボソと吐くスッポン坊主。
するとだんだん、局部から灼熱が込み上げてきて。かけがえの無い大切な部分を奪われたのだとわからされた。
血と苦痛に悶え、意識は暗転。
目が覚めたときにはすでに、世界がぐるりと裏返っていた。




