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血溜まりチャチャチャ  作者: 海の字
第二章 ギルドクエスト編
28/38

28.旅商人

 彼との出会いは唐突だった。他のプレイヤーから剥ぎ取った装備品を売却するため、おれは一人道具屋へ向かったのだが。誰もいないはずの売店で、彼はまるでこちらを待ち構えていたかのように店番をしていたのだ。


 現在この世界にNPCはいない。彼もれっきとしたプレイヤーであるはずだ。だがなぜだろう、てんで敵意といった感情を見出せなかった。むしろ席につけと促してくる始末だ。

 見た目は三十代後半くらいだろうか。布をターバンのように巻きつけ、顎鬚を無造作に伸ばしている。かと思えば子綺麗なチョッキにシルクのパンツといった、異国情緒溢れるフォーマルな装いだ。


「警戒するな。私はしがない旅の商人さ。君たちと敵対するつもりはないし、ひとかどの登場人物であろうとも思わない。君たちの物語に深く介入しないことを約束するよ。なのでわざわざ名乗らないし、詮索しなくてもいい」


 その言葉をうのみにできるはずもなく、念のため戦意を高めておくべきだと判断。


「私は商人だ。争そいごとは好まない。ひとまず商談の席へついてもらえないか。君には私を殺す権利がある。とはいえ私を殺害すれば、君は有益な商品の購入機会を永久に失効するがな」

 だがさすがは商人、こちらの購買意欲をくすぐるのがうまい。

「ごたくはええ。ようはおれと取引したいってことやろ」 


 しかたなしに座ってあげる。すこしでも害意を認めれば八つ裂きにしてくれる。


「話が早くて助かる。ではサービスとしてひとつ無料で情報を提供しよう。なぜ私がここで君を待てたのか。道具屋でなら、単独の君と出合える目算が高いと踏んでいたからだ。生石君」

 こいつ、なぜおれの名前を知っている……?


「商会ギルドは特殊でね。過去、道具屋を利用したことのあるすべてのプレイヤーネームと、購入履歴を把握することができるのさ。道具屋から顧客リストが送られてくるためにね」

 違和感はない。ギルクエ本編であっても、商会ギルドは道具屋の元締め的なシナリオだったはずだ。


「それによれば生石君は、道具屋を利用するとき、いつも決まって単独で行動をしている」

 他のプレイヤーを狩るのならいざしらず、些細な小用での外出で、みすみすコンコさんたちにリスクを犯させるわけにはいかない。二人には近くの空き家で待機してもらっている。なにかあれば血の皮袋ですぐに知らせてもらう手はずだ。


「私は君とだけ話がしたい。狐塚コンコとはなるたけ接触したくないんだ」

「おい、なんでコンコさんのことも知っとるんや。あの人は道具屋いっぺんもつこうてへんぞ」


 疑問が促進剤となって、会話へ前のめりになる。ハマればあちらの術中だ。


「サービスはここまでだよ。私の目的、私の能力、私の全てを知りたければ、君は対価として情報を差し出さなければならない」

【生石、相手は商人さね。商談のイニシアティブを握らせるな。カモられるぞ】


「そっちが買えよ。おれは今すぐ切り上げてもエエんやで」


『殺したっていいんだぞ』

 コンコさんを引合いに出したのだ。相応の敵意をぶつける。


「君は年齢の割になかなか聡いようだね。やりにくいなぁ」

 公団ではいい奴から順に死んでいく。騙し騙されが当たり前の場所で育った。舌戦の技量も入り用だ。


「なぜ私が狐塚コンコを避けたのか。君にだけ知っておいて欲しい情報があるからだ。今から提供する商材は、できるだけ他者に知られたくない。さぁ話したぞ、私は見返りとして狐塚コンコの呪いの詳細を求める」


「足りんな。そうやすやすと身内の情報売れるか」

「では加算だ。私は呪われである」


「信じられる根拠は?」

「魔道具、『オオカミ少年のホラ貝』」

 商人はテーブルの上に置かれていた巻貝のオブジェを指さす。


「これは商人の初期装備であり、貝の前で嘘を吐くと音を立てて知らせてくれるアイテムだ」

 ようは嘘発見器ってわけか。


「おれはピーマンが好き」

「おれは泳ぎがうまい」

「おれは童貞じゃない」

 ぴゅーと、陳腐な音色が三度響いた。全て口からでまかせの嘘であった。

【もっと他にあったろ……】


「コンコさんの呪いは自傷行為に限る治癒能力や」

 今度は鳴らなかった。魔道具の性能は本物らしい。つまり、これまでの商談に嘘はなかったということだ。


「私の呪いは『死者との対話』。死者が残す残留思念と一時的に会話ができる呪いだ。もちろん条件付きだがな。死者が残す残留思念の濃さによって、対話時間、明瞭差が格段に変わってしまう。しかも思念は日増しに薄れるため、死にたてほやほやでもなければ、まともな会話は成立しない。私が狐塚コンコを知っているのは、テレシアや咬犬直一から聞き出すことができたからだ」

 商人はボソボソと、『向こうから勝手に囁いてくることもあるんだよなぁ……』と嘆息した。

 呪いは呪いだ、そう都合よくはいかない。


「生石君の呪いは?」

 おれが呪われであることも知られているわけか。

 

答える義理はなかったが、死者との対話というのには興味がある。今後何かの役に立つかもしれないので、ひとまずは邪険に扱わないでおいてやろう。

「血液操作や。自分の血だけでなく、解析を終えた他者のも操作可能や」

 赤黒い右手で中指を立てる。


「なるほど、その呪いは神キナから伝授されたものか」

【ばか。話しすぎさね】

 人待たせとるねん、さっさと済ましたい。無駄なかけ引きは省こう。


「おれたちの目的は知的好奇心を満たすこと。裏世界を冒険して、コンコさんに心底楽しんでもらいたい」

「私の目的は逆だ。私は上を目指している。つまりは現実の世界だな」

 なぜ自分から裏世界へやってきたくせ、現世に戻りたがるのだろうか。ホームシック的な? 人の機微はむつかしいな。


【べつに全員が全員、現世で産まれているわけではないさね】

 そりゃそうだ。


「おれのレベルは七で、コンコさんは六や。呪いの熟練度は血中物質の操作にまで及んでいる。おっさんの産まれはどこや?」

「ここよりさらに三つ下の世界だ。数年かけてギルクエ世界まで昇ってきた。そんなおり、禍つ神の厄災にあてられてしまった」


「一つ忠告しとったるけど、現実、そないエエところちゃうで」

「人間を見ていたら分かるよ。ただ、私は根っから商人なもんで。純粋に人がたくさんいる場所へ行ってみたいだけなんだ。買い手の母数は多いに越したことはない」


 いろんなやつがいたもんだ。

 こいつもこいつでちゃんと狂っている。


「さてさて取引だ。私は危険を犯してまで強者である君に近づいた。私は過酷あふれるギルクエ世界を無事抜け出し、裏公団へ向かいたい。ならば他者に侵されない力が必要だ。どうか私の用心棒になってはくれないか」

おれに接触してきた理由はそれか。


 悪い話じゃない。『最後の一人になったものだけが下へ向かえる』

 つまり、上へ向かうのに殺し合いの制限はないということだ。

 彼を裏公団へ送り届けられれば、この世界から倒すべき敵を一人、争わずに減らせることになる。殺さなくてすむのなら結構じゃないか。無条件で請け負ってやってもよかった。


「断る。なぜその情報をおれだけに伝えた? 上へ向かえるちゅうことは、『ゲームのリタイア』が可能ってわけやろ。ビッグニュースじゃねえか。殺し合わずに済むし、何より生き残ることができる」

 わかりきっている、コンコさんだ。


「狐塚コンコはゲームのリタイアを求めないはずだ。前の世界へ戻る、つまりは既知であり、それをあの性格が許すはずもない」

 コンコさんは撤退を許さない。自身の好奇のために、喜んでおれの首を差し出すような人だ。


「他のプレイヤーに知られることも奴は拒むだろう。何せ訪問者が上へ向かえば、単純に対戦相手が減ってしまうのだからな」

 ゲームの途中抜けは御法度だ。


 きっと彼女はおれにうそぶく。商人を殺せと。災いの種を口封じしろと。無闇に情報を撒けば商人自身が危うくなると、こいつはちゃんとわかっている。

「おれにコンコさんを裏切れと?」


「そこまでは言っていない。黙っておけと頼んでいる。私一人いなくなったとしても、ゲームの進行になんら差し支えはない。上へ向かう手段を私が独占しているからだ。君が約束を守ってくれさえれば、情報が広まるリスクはない。生石君は私を安全地帯まで送り届けてくれさえすればいいんだ」


 思案する。この取引は思ったよりも重要事項なようだ。ルールを覆してしまう威力がある。

 簡単に決めていいことじゃない。

【悩むフリをするな】

「ごめん、やっぱ無理や。どうしてもコンコさんに対する背信行為に思えてしまう。もちろんあんたにはなんの恨みもない。だからコンコさんには何も言わない。おれたちとはここでお別れ、それで終いにしよう。他の強いやつに当たってくれや」


 商人はなにが可笑しいのか、不適な笑みを浮かべた。

「少年、あまり私を舐めるなよ。私は商人だ。もちろん君を頷かせるための商材は揃えてある」


 その後の話は、おれの世界観を根底から書き換えてしまうほどの、衝撃的なものばかりだった。


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