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血溜まりチャチャチャ  作者: 海の字
第二章 ギルドクエスト編
26/38

26.悩みながらだって殺せる

 咬犬を殺めてから半日が経過した。

 初めての殺人、これといった心境の変化はない。それがかえって恐ろしいのだ。悟れぬうちに病魔が全身を蝕むような……。


 罪悪感など抱かないに越したことはない。迷いは死に直結し、すなわちコンコさんの不利益につながる。でも、人には少なからず情というものがあるはずだ。

 

 奴の死に対する罪の意識はことさらになかった。

 なんと清々しさすらあった。 


【あの男には情も湧かなかったというだけのことだろう。そもそもの話、この世界にいると言うだけで十人以上は確実に殺めたクズさね。同情の余地はない】


 おれ含めてみな同じ穴のムジナということ。

 やるかやられるか。ここはすでに戦場であり、一個人の感情に左右されるべき領域から逸している。


【気どるな。今は眼前の敵に集中しろ】


 はいな。


 現在おれたちは盗賊ギルドへやってきていた。

 目的はもちろん敵の討伐だ。


 レベルアップすることで身体能力と呪いの熟練度が向上するとわかった今、積極的に敵を倒す理由ができた。


 早い段階でできるだけ多くの経験値を独占し、他者との差を離していきたい。


ばかげた盗品(ランダム・ロブ)


 だがさすがに第二世界のプレイヤー、生半可にはいかない。盗賊ギルドのアジトは城下町から少し外れたスラム街にあって。散策しているところを襲われてしまったのだ。


 敵は未だ姿を見せていない。スラム街の迷宮じみた裏路地や、複雑怪奇な建物の屋根を駆け回っていることは気配でわかるのだが、いかんせん素早すぎて影も踏ませてもらえない。


 その間敵はスキルを行使し続ける。

 効果はおそらく、『ランダムに物品を奪取する』力。


 敵が技名を宣告するたびに、装備品をひとつ奪われてしまう。額当て、接着剤、インナー、右の靴。法則性はなく、しかし抗う術もない。


 このままだと丸裸にされて、防御力がなくなったところを強襲されるだろう。


 投擲ナイフはもちろん、石ころですら手痛いダメージにつながりかねない。


 そも敵の目的がおれを殺すことでなく、装備品を根こそぎ奪うことにあったのなら、もう手のつけようがない。


 初期装備は何気に貴重だ。ギルド加入時の一度しかもらえるチャンスがなく、売れば結構な金になる。

 金は道具屋や武器屋で有益な物品と交換できるため、直接的ではないものの、失うことは敗北の遠因につながりかねない。


「こそこそ逃げ隠れするっちゅうことは、戦闘に自信がないんやろ。なら、こっちから出向いたろ——」


 アイテムポーチから水分補給用の皮袋を取り出す。中身の水を全て捨て、代わりに噛み切った指先を注ぎ口へ突っ込む。

 

 キナは血の呪いを使うとき、なんと言っていたか——。


【「ぼたぼた」】


 呪い。まじない。呪術。言葉にすることで血のイメージはより鮮明に脳溝を走る。


 皮袋の中を埋め尽くしていく血の濁流。それはもはや自身のわけ身とも呼べるほど、正確に位置、方角、距離を把握することができた。


ばかげた盗品(ランダム・ロブ)


 らっきぃ。

 敵はドンピシャで皮袋を簒奪してくれた。

 血は即席のGPSであり——。


「見つけたぁ!」


 敵の居場所をすぐさまつきとめる。

 追え。スタミナ管理などかなぐり捨てて、ここで確実に仕留めるために。


 背後をとった、素早さはあちらに分がある。このままではおめおめと逃げられてしまうだろう。なら——。


「ぼたぼた!」


 盗まれた皮袋が破裂する。爆発の命令を血に課したのだ。爆散する血液をさらに——。


「ぼたぼた!」


 結びつける。赤いロープは敵を捕縛し、身動きをふじた。すかさず飛び蹴りですっ転ばす。

 血のバッドを想像する、怯えた敵の顔と目が合う。


【こいつは何人もの子供と忌み子を、快楽のために殺してきたシリアルキラーだ。()れ、ワシが許す】


「し、死にたくない」

「ごめんな」


 振り下ろす。せめて苦しまないように。一撃で仕留められるように。渾身の力でもって頚椎を砕く。


『生石がレベル3に上がりました』

『コンコがレベル2に上がりました』

 

 ファンファーレがうるさい。肉体の疲労が治癒作用によって癒える。

 

「お、いいね! やっぱし同じパーティのほうがメリットは大きそうだ」


 合流したコンコさんもレベルが上がったようだ。


 咬犬のときは保険のためパーティ機能を使わなかったが、システムの恩恵を知った今、利用しない手はなかった。


 同じパーティになれば経験値が共有できるため、彼女は戦わずしてレベルを上げられる。

 マップで仲間の位置を特定できるし、HPやMP(精神力かな?)の残量も把握できる。


 安全な場所で隠れていたコンコさんが、すぐにここへやって来れたのもパーティ機能のおかげだ。


「生石様、大丈夫ですか? 顔色がすぐれないように見えます」

「ありゃ、やっぱり殺しは慣れないかい?」


 仕方がない、咬犬と他人を一緒くたにはできないよ。


 手のひらに生々しい感触が残っている。盗賊の怯えた目が頭から離れない。


 忘れなくていい。受け入れて、飲み干せ。


【お前は優しいな】


「大丈夫や」


 悩みながらだって殺せるから。


「それよりコンコさん、レベルが上がった実感は?」

「身体が軽くなったかなぁ。あと、多分だけれど……」

 

 彼女は右手を見た。ボトリと落ちた。ナイフを使わずに手首を自損してみせたのだ。呪いの熟練度が上がった結果、より気軽に自身を傷つけられるようになったと。

 

 正直気持ちわるい……。


「トカゲの尻尾切りみたいですね」

「ぶつよ♪」

「うげ!」


 ぶっていた。ナナシ、ありがとう。危うく殴られるのはおれのほうだった。


 落ちた手首をみる。出血が波紋を描く。

 なぜだろう、やれる気がする。やってみる価値はある。


「ぼたぼた」


 コンコさんの血が毒々しいバラのイミテーションに変わった。おれがそう念じたからだ。


「すご! 生石くんも私の血、使えるんだ!」


【ワシはすでにコンコの血の解析を終えていた。レベルが上がった影響だろう、お前も使用可能になったさね。さらにレベルが上がれば、他者の血も扱えるようになるかもな】


 行うべき努力をレベルアップでショートカットする。

 まさに呪いの所業だな。


「ナナシ君どうしたの? 黙りこくって」

「……使える作戦を思いつきました」


 いいね。戦況はより加速する。

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