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血溜まりチャチャチャ  作者: 海の字
第二章 ギルドクエスト編
25/38

25.おれはお前の……

「がはっ!?」

 

 痛烈なカウンターに見舞われ、ガラ空きになった顎を容赦なく蹴り上げられた。口の中で血の味がカッと広がる。歯が少々砕けたか。意識の手綱を手放すな、懸命に堪えろ。


「弱いのう」


 咬犬(こうがみ)はやると言ったら本当にやる。おれの手足を折るため、無警戒に近づいてきた。やはり心底舐めてくれている。それが唯一つけ入る隙であった。


「っ——」


 気絶したフリから一転、すぐさま胴体へとびつく。クワガタの鎌のように足でガッチリと胴をロックし、容易には外させない。クローズドガードポジションってやつだ。


「それで?」


 腕十字に始まり、十字締め、三角絞めなどの極め技を狙っていける、こちらに優位な状況であった。


「甘えんじゃねえの?」


 組み付くおれを咬犬は頭上高く持ち上げた。文字通り大人と子供の体格差、それはもう易々と。

 

 血の気が引いた。咬犬はおれを地面に叩きつけるつもりなのだ。

 バスターという、プロであっても死傷者が出かねない危険な技がある。柔術ではもちろん禁止されているが、異界にマニュアルは持ち込めない。下手すれば後頭部をかち割られる。


「チッ——」


 衝撃。

 歯を食いしばりたえる。

 両手で頭部をまもり、背中を丸め防御姿勢をとるも、耐え難い痛烈、肺が震えて呼吸ができない。

 武闘家の初期装備がなければひとたまりもなかった。


 咬犬は止まらない。根性でガードキープし続けたおれを嘲笑うがごとく、再度持ち上げた。


「ふざけやがって」


 絶望が戦意を挫こうと作用する。

 衝撃。衝撃。衝撃。

 骨が何本折れたのか、もう考えたくもない。


 痛みはない。死中にそれを感じる余裕などとうにない。だが濃密な敗色が、必死に抑えていた恐怖心をかき混ぜた。


 耐えろ。泣くな。おれの負けはコンコさんの終わりだ。


 たまらずガードを外し正体するも、あげく簡単に肩襟片袖を取られてしまった。


「離せ!」


 咬犬の把持力(はじりょく)は凄まじく、抵抗の余地は無い。大外刈りを決められ、流れるようにサイドポジション、マウントポジションへ。


「おのれが俺に勝てるわけないやろ」


 殴打、鼻が砕ける。

 殴打、眼球が破裂する。

 殴打、頭蓋が粉々に。


 度重なるダメージにより脳が萎縮し、意識は酩酊に呑まれた。手足の骨を折られても呻き声すらあげられないほどに。


 知っているさ。おれがあんたに勝てないことくらい。

 屈服は骨の髄に植え付けられている。

 サシで勝てるビジョンなど、キナ以上に見えていない。


 ——だがおれは一人じゃない。


 おれをいたぶるのに必死で、背後に近づくコンコさんの足音に気付けていない。手にはナイフが握られていた。おれの死闘はすべて、この瞬間を生み出すための布石にすぎず。


 刃が振り下ろされる。


「ヌルいんじゃ!」


 咬犬はわずかな気配をさとり、剛腕を振るう。コンコさんのナイフが弾き飛ばされた。


「見せつけるようにぶら下げてから、意識せんわけないや——」


 それすらも布石だとすれば?


 ギルクエ世界において、装備品各種はアイテムポーチという便利空間に保存できる。わざわざ重たいナイフを常備する必要はない。


 さらに職業魔物使いの特性として、使役する魔物にもアイテムポーチを持たせることが可能。つまり——。


「!?」


 咬犬の横腹を、ナナシのナイフが深々と突き刺していた。

 コンコさんのナイフは、意識をそちらへ割かせるためのブラフ。本命は歯牙にもかけないほどの弱者が放つ、意識外からの一撃だ。


 赤いシミが服の上からみるみる広がって、奴は苦悶の表情を浮かべた。どうにか反撃し、ナナシはあっけなく気絶した。


「ちっとは考えたみたいやな。一本取られたわ。せやけど致命傷やない」


 咬犬は冷静にナイフを引き抜き、多量に出血する傷口へ強力な瞬間接着剤を塗布した。ステゴロ上等の咬犬が、銃撃や刺突に備え常に持ち歩いているものだ。医学的には御法度だろうが、応急的に出血を抑えることができる。


「嬢ちゃん、やってくれたな。生石のセガレ可愛がるんも《《しまい》》や。いまからおのれをブチ犯す」


 コンコさんは懸命に暴れたが、抵抗むなしく咬犬に押さえつけられた。

 髪を握り、地面に打ち付けられる。白目を剥いて抵抗できない彼女の首筋を、咬犬はいやらしく舐めた。


 両手足の自由が効かないおれは、その様を眺めることしかできなかった。


「あ あ あ あ」


 何か大切なものが。

 人として最低限有しておかなければいけない品性とかが。ブチリと音を立ててこと切れた。


 怒りに震え、魂は叫ぶ。殺せと。


「殺す! 殺す! 殺す!!」


 罪も罰も鑑みない。もっとも原始的な、獣臭い殺意が全身に伝播し、神経系が弾ける。


 瞬間、頭ん中でファンファーレが鳴り響いた。


『生石がレベル2にアップしました』


 この世界ではパーティを組むことで経験値を共有できる。だがコンコさんはあえてそれをしなかった。なぜか。


『保険だよ。もし君が負けて、私たちに被害が及びそうになったとしても。君だけはレベルが上がるように』


 魔物やNPCでなく、訪問者との戦闘で経験値が得られるかは正直賭けだった。どうやら功を奏したようだ。


 咬犬はおれとの戦闘は『お終い』と明言した。

 先の戦いで得られた経験値は、敗北だとしてもおれへ授与される。


 コンコさんはシステムを熟読し、ある仕様に着目していた。ギルクエ世界におけるレベルアップの恩恵。


 《《全快》》だ。


『危なくなったら助けてね。私はあなたのモノなのだから』


「当たり前じゃぁぁ!!」


 駆け出す。その最中に今は亡きテレシアへ思いを馳せる。


 レベルアップの恩恵、身体能力の向上。

 そのほかスキルや魔法などの習得、だがこれらを否定する呪いの特性。


 特別な技術を強制的に植え付ける、それはもはや呪いの類に他ならず。

 複数の呪いを一身に宿すことができない手前、呪われは職業技を習得することが叶わない。


 だが世界を開闢(かいびゃく)せしかの神は、しっかりと呪われへの救済処置を残していた。


『呪いの熟練度向上』


 技を覚えられない代わりに、呪いの力が強化される。


 実感。

 

 まるで手足と同じ器官がもう一つ増えたかのよう、流した血の扱い方が自然とわかる。


 殺意を血で具現する。


 右手に集約される赤、足りない分は自身で補う。

 それはバットに近い、愚鈍な形をしていた。


 振り下ろす。おれのことなど眼中にない咬犬の頭目掛けて。


 直撃。痛みにうめく奴を蹴り倒し、コンコさんから離れさせる。


「や、やめ」

「なんや、まだ死んどらんのか」


 振り下ろす。

 手のひらに伝わる肉の感触、そこには快感も罪悪もない。


「たのむ、話を聞いてくれ」


 振り下ろす。

 何も感じない。ただ機械的に殺戮する。


「おれはお前の——」


 振り下ろす。少し静かになったか?

 臭い息をかがずに済む。


 振り下ろす。ついに身動きも取れなくなったか?

 ざまぁない。

 

 振り下ろす。顔の形がわからなくなった。二度と思い出したくもない。


【生石、もう死んどるさね】


 それは咬犬が? おれの心が?

 

 振り下ろす。何度でも。ちゃんとしなきゃ。

 振り下ろす。生き返る余地すら残さない。

 振り下ろす。呪いにすらさせてやらない。魂を肉塊ごと潰して潰す。


 貧血で倒れるまで、殴打は続いた。

 バタリ。

 赤い絨毯の上で。血溜まりの中で。


 おれは初めて師に。

 父に抱きしめてもらえた。

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