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血溜まりチャチャチャ  作者: 海の字
第二章 ギルドクエスト編
24/38

24.台風や地震よりも身近

 思えば物心がついたときから殴られていた。

 頭が凸凹に変形しているのはそのためだ。


 おれの家によく出入りする男たち。

 目的は祖父の借金の取り立てと、誰にでも肌を許していた母と寝るためだ。


 祖父はさほど大きくもない会社の窓際社員として、病弱な祖母とつつましく暮らしていた。

 しかしあくる日祖母が大病を煩い、高額な医療費を負担しなければいけなくなった。

 首が回らなくなり、金を借りてしまうのは必定だった。

 

 祖母の症状は重篤(じゅうとく)で、つきっきりの介護が必要であり。祖父は退職し、サラ金返済のため退職金や母の学資保険も切り崩した。そのせいで母はひどく祖父のことを恨んでいた。


 ついには闇金へ手を出し、以後はよくある地獄が待っていた。 


 法外な利子を賄うため、母は愚かにも夜鷹へ堕ちた。祖父はそのことを黙認し、祖母が亡くなった後も母は身売りを続け、やがておれを孕るに至る。

 

 二人は生活保護を受けていたのだが、昨今の情勢に煽られ監査が厳しくなった結果、受給を断ち切られてしまった。


 なんのスキルも学歴もない高齢の祖父は、まともな就職先を見つけることが難しく。定年前であるため年金も期待できず。半グレたちは返済能力がないと見なし、見せしめのため焼き殺した。


 半グレの暴力から必死に庇ってくれた祖父のこと。

 邪魔だろうに家に置いてくれていた母のこと。


 産まれる前から家庭を終わらせた祖父のこと。一度も抱きしめてくれなかった母のこと。


 二人ともそこはかとなく愛していたし、そこはかとなく死んで欲しかった。


 母を(なぶ)っていたあいつも。祖父を燃やしたあいつも。おれを殴ったどいつもこいつも、だから別に恨んじゃいない。


 一番嫌いなやつは、そうやって物事から目を逸らすおれ自身だ。


『顔あげや。誰が敵なのかもわからへんようじゃ、このさき生きていけへんで』


 咬犬直一は母のセフレのうちの一人だった。

 若い頃は格闘技に打ち込んでいたようだが、今では落ちぶれてもっぱら半グレの用心棒だ。


 おれはこの男に毎日稽古という名の虐待を受けていた。有事の際にしか仕事がないから、暇だったのだろう。


 関節技をきめられ、悔しくて降参しなかったらそのまま腕をへし折られた。


 クラスメイトに喧嘩で負かされたときは、そいつを病院送りにするまで毎日歯を抜くと言われ、本当に一本もっていかれた。


 言葉を交わした数よりも、殴られた回数の方が多かった。


 まだ身体も小さな小学生、いつ死んでもおかしくない環境。日々を乗り越えるためには、強くなるしかなかった。


 咬犬直一。それは台風や地震なんかよりも身近に感じられる、どうしようもない理不尽の名だ。


 やがて嵐が過ぎ去るように、咬犬は一年ほど前に姿を眩ませた。

 どうせ下手でもうったのだろうと深く考えなかったが、数奇な再会もあったものだ。


「おのれもコッチきとったんか。女侍らせて、ええご身分やのう」


 挑発的な笑み、下劣な眼差し。髪は汚く染められていて、髭の剃り残しも目立つ。


 しかし肉体美には目を見張るものがある。

 手足が異様に長く、柔軟性のある理想的な筋肉のつき方をしている。そうとう追い込まないとアレは実現できない。


 二面性が良識の欠落を如実に表していた。


「よーみたら狐塚さんとこの嬢ちゃんやないか。親父さんにはえらい世話になったわ。息災か?」

「殺しちゃったんだぁ」 

「はっ! そりゃ小気味いい」


「チッ」


 卑猥な視線をコンコさんに向けるな。虫唾が走る。

 臭い息を吐くな。殺す理由が研磨されていく。


「ア? なんや殺気立てて。おのれもこの世界おるっちゅうことは何人も殺してきたんやろ。一つ忠告しとったる。おのれに俺の(タマ)は取れへんで」


「どないやろ。試してみとく?」


 右腕を押さえる。怒りに激り、血が熱い。

 キナ、あんたの呪いは使えるのか?


【呪いは法則を超える。最後に使ったときから半日以上経過しているが、脳はいまだ傷ついたままだ。連続で2回も奥義を使ったてまえ、これ以上の酷使は難しいさね。頭が吹き飛びかねない】


 それでもいい。いざってときは頼む。

 

【勝つんだろ?】


 当たり前だ。

 

「ルールやもんな。おのれのこと、殺さなあかんのよな。せっかく育てたったのに、壊すんもったいない気もするけど。しゃーないか」


「ごちゃごちゃうっさいねん。小物臭うてたまらんわ」


 おれはお前を見ているぞ。

 敵を見ているぞ。


「はっ! 興が乗った、沸かせてやる。おのれの手足砕いて、身動き取れへんくしてから嬢ちゃんを徹底的に犯すことにする。おのれの母親のように粗雑には扱わん。泣き叫びながら命乞いする様を——」


 もういい。

 もう何も言うな。


 拳を繰り出すのと、やつの前蹴りがおれの(あばら)を砕いたのが同時に起こった。


 意識がわずかに暗転した。

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