23.咬犬直一
武闘家ギルドの拠点は教会の半地下にあった。『聖廟を隠れ蓑に、バトルジャンキーたちが夜な夜なファイトクラブを開いている』的な設定が、ギルクエ内であったような気がする。
位置はゲームコマンドの『地図』から簡単に割り出すことができた。コマンドは指で空を叩くと出現するのだが、操作方法はギルクエと同様のためすぐに慣れた。
魔物使いギルドへは先ほど出向き、コンコさんは無事ナナシを支配下に置いた。懸念点が減り胸を撫で下ろす。
クリア条件はコノコに書き換えられてしまったが、依然ギルドへ入会するメリットは大きい。
第一にレベルアップの解放。ギルクエにおいては魔物や悪人を討伐することで、経験値を貯めることができる。戦闘終了後、経験値が一定の割合に達するとレベルが上がる仕組みだ。
ギルクエにはパーティ機能があって、仲間を設定しておくことで得られる経験値の共有が可能。
レベルが上がるとステータス向上のほか、職業に応じたスキルや魔法を習得することができるってなわけだ。
他には支給武具、ようは初期装備の配布がある。裏世界へ来てからはやひと月以上、まともな衣服は学校の制服くらいしかなかった。流石に目に見えて汚れや劣化が蓄積していたので、新たな衣装を確保できたのは大きかった。
コンコさんはタイトな皮の軽鎧に、朱色のマント。腰には取り回しに容易い大型ナイフをぶら下げている。
ナナシは小綺麗な外套と、大容量のバックパックという簡素なもの。
おれは武闘家らしく道着に額当て、拳には丈夫な皮布を巻きつけた。他には鉄ゴテや脛当てなど、動作の邪魔にならない最低限の防具だ。初期装備とはいえ、どれも質が良くずっしりと重い。
『武闘家へ転職しますか?』
YESだ。
「一気に異世界らしくなったね」
「おん。正直ワクワクする」
武闘家ギルドのアジト内で小休憩をとる。
ナナシは装備品の整理を行い、おれは人を模した木偶でトレーニング、コンコさんは気になるルールがあるようで、ゲームの詳細をしきりに眺めている。
半日のサイクルは身体の回復でなく、裏世界へやってきた時点までの巻き戻し。つまりかたや学校帰りの学生と、かたや父親と乱闘になったあとの少女だ。
なので方針はこうなる。
『サイクルが始まってからの六時間は休息し、残り六時間で索敵を行う』
逃げ隠れするつもりはない。見つけ次第事を済ます。
「生石様、ナナシ共は地図を見てここへきました。なら……」
あぁ、他のプレイヤーもここへ来られるだろう。
安全をとるのなら魔物使いギルドにとどまればよかった。なにせいまだ魔物を観測できていないのだから、ナナシというイレギュラーを省けば魅力は少なく、人が寄り付く可能性は低い。
「アジトをここにしたのには理由がある。ギルドへ加入しにきた、おれたちみたいなプレイヤーを待ちぶせるためや」
「なるほど、つまり……」
わかっている。来るならくればいい。
「殺してやるよ」
葛藤はまだある。
殺す。強い言葉をつかって、けれど心情はちぐはぐだ。おれは人を殺めたことがない。
狐塚のオヤジさんは自殺した。忌み子は人間でないと定義した。キナには敗北した。
覚悟ばかりが先行して、疑念の余地は広がって。
本当に殺れるのか?
「何を迷うことがある」
おれがやらなきゃコンコさんが死ぬ。シンプルなルールだ。
彼女のためならなんだってやれる。女子供にだって容赦しないさ。
もう何度目になるだろう、不安と決意を繰り返す。
【思い悩むのは若者の特権だが、どうやら世界はそれを待ってくれない。生石、来たぞ】
だが、思案は著しく無意味だった。
「は、はは」
神は残酷だ。ひとかけの覚悟を無碍にし、おれがつまらない人間であると提起する。
「はははは!」
想い人のために罪を犯す。
褒められたことではない、だが信念に殉じられる。
人間の所業ではない、だが畏れ高い鬼であれる。
「どこまでいっても、おれはしょせんクソなんやな」
おれは鬼ですらなかった。
肥溜めに群がるゴミ虫以下の穢れだ。
「おう、生石のセガレ。ひさしぶりやないか」
「咬犬直一!!」
なぜなら純度100%の私的理由で。
おれはおれだけのために、今からこいつを殺さなければいけない。
むしろ良かったのかもしれない。
奴を殺すことにたいし、おれは一切のためらいを持たない。
奴は母親のセフレであり。
認めたくはないが、おれの師であった。




