21.限りなく死に近い呪詛
奴はボロボロの袈裟を裸体に巻いていた。その衣服には見覚えがあった。スッポン坊主のものだ。
【あやつは本当にコンコの子なのか?】
間違いない。コンコさんと親父さんの子供が、どんな顔になるのかずっと妄想していた。
おれが育てる予定だったのだ。見間違えるはずがない。
【業深いのう】
やつの外観はコンコさんにそっくりな美人だ。細い目筋と鼻筋、テレシアの血で紅を刺す潤んだ唇。すべてが艶かしい。
笑っている。だが瞳の奥に光はなく、ドス黒いモノが渦巻いている。喜びも怒りも、憎しみすらない虚構、人として有すべき最低限が欠損しているのだと一目でわかる。
キナを鬼と表現した。
あれは違う。あれは限りなく死に近い呪詛だ。
呪いそのものだ。
「あんたを食うつもりはない。降参のポーズ」
「へぇ、産まれたばかりなのにそんなもん知っとるんか」
「うん、知識は今食べたから」
だから産まれたばかりなのに言葉を話せるし、人も殺せる。奴はテレシアの死体に近づき、お残しも食べ始めた。
「行儀がなってへんなぁ」
「あんたが女だったら一緒に食べてあげれたんだけれどね」
「なんで女限定なん」
「目に映る女は全員殺すことにしたんだ」
粟立つ。なんて無邪気にものを言う。
『白線の上を歩くことにした』、それと同じ背丈じゃないか。
「すべての女を殺したなら、いつかママも殺せるでしょ。ボクを捨てた人なんだ。殺さなくちゃいけない」
不謹慎だがテレシアの人見知りには助けられた。さすがに自分と瓜二つの女がいれば、母親だと気づいてしまってもおかしくはない。
「知らんけど、捨てたんも理由があったからかもしれへんで?」
「どうでもいいよ。ママがどんなやつなのかは興味ない」
ムシャムシャ。
「なぜ?」
「ボクがそういう呪いだから」
【生石、説得は無駄さね。奴は呪いの擬人化。言葉が通じているのも奇跡に近い。精神体でなければ、ワシでも足がすくんでいただろう】
ムシャムシャ。
「なぜ母親だけなんや? それを言うなら父親だって同じ罪やろ。むしろもっと罪深い。無理やり孕ませた可能性が捨てきれへんねんから」
「そんなことを言われても仕方がないよ。そういうふうに出来ているってだけ」
【やめろ】
ムシャムシャ。
「つか、なんでおれが男って断言しとんねん。みせたろか? なんもはえとらんかもしれへんで」
「わかるよ。男は食べる気が起きないんだ」
【やめてくれ】
ムシャムシャ。
この煽りにはまったく意味がない。やつの気まぐれ一つで死んでしまえる立場にあるからだ。黙っておくのが得策だと、頭では理解している。
キナが怯えている、奴の呪いの深度は君以上なのか。
生かされている幸運を噛み締めるべきだ。
だともおれは知りたい。
世界で一番大好きな人の子供なんだ。
大好きな人が捨てた子供なんだ。
なら、その罪と罰がどれほどのものなのか、おれは知りたいし。背負いたい。
ムシャムシャ、ごくん。
「あれ? そういえばボクを産んだ肉も男だったな。じゃあ、別にママが女だとも限らないわけだ。思いついた! 男も殺そう!」
なんていい笑顔をする。せめて拭えよ、口元の血肉くらい。
幼子の笑みで、おぞましい悪腫を見せつけるな。
「でも男にかまっていられるほど、ボクは暇じゃない、お腹ぺこぺこなの。だから代わりに、《《世界》》で殺そう」
【生石、お前は大うつけさね。今のきゃつはなぜか神の権能すら喰らい尽くせた。世界の根本を書き変えることが可能さね】
「最後の一人になるまで殺し合い、生き残った奴だけが次へ進める。そうすれば、男も女も勝手に死んでくれるし、ボクは残った一人だけを食べればいい。あれれ、ボク天才なのかも♪」
食事を終えた奴は立ち上がる。足元には骨とドレスとメガネだけが転がっていた。
「んじゃ、ボクは次の世界を食べに行くね。ばいばい。もしもまた会えたのなら、そのときは好き嫌いしないって、約束したげる」
手を振って、奴は消えた。
『最後の一人になるまで殺しあえ』
世界のルールを書き換えられた。コンテニューなどと言う無粋なものは遺棄された、つまりは殺人の強要だ。
【案外冷静なのだな。状況をわかっているのか? 新しき則において、生き残るのは一人だけだ。つまりお前とナナシ、それにコンコは殺し合わなければいけないんだぞ】
古典的なバトルロワイヤル。むしろわかりやすくていい。コンコさん好みの展開じゃないか。
「わかっとる。ちゃんとことの責任は果たす」
おれのせいでこうなった。
なら簡単なことだ。生き残るのはコンコさんだけでいい。おれは死んでもかまわない。
コンコさん以外の全員を殺して、おれは彼女の贄となろう。それがおれにできる責任の取り方だ。
ナナシのことは心配していない。コンコさんがどうにかしてくれるハズだ。あの人はゲームの裏技を見つけるのが得意だから。
もし無理なら、それも含めて全部背負って死んでやる。
おれはそれができる男だ。
本当か?
大丈夫。やれる。確信がある。
おれは自分の『好き』を疑わない。
ちゃんとできる。
でも今は一人だから。
「キナ、形だけでもいい。震えが止まらないんだ。抱きしめてほしい」
【甘えた奴め】
今だけは怯えることを自分に許す。
血がほのかに暖かい。




