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血溜まりチャチャチャ  作者: 海の字
第二章 ギルドクエスト編
20/38

20.期待してはいけない

 異世界転移という言葉がある。ようは異なる世界へトリップすることを指しているので、おれたちの状況にも当てはまるのだろう。

   

 あまりピンとこない。

 創作物において、異世界転移物はなぜか『中世ヨーロッパ風』であることが多く。血生臭い裏公団とは打って変わって、きらびやかな場所である印象だから。


「だだだ、だからボクは神になった!!」


 彼女は勢いよくまくしたてた。

 奇妙な女だ。厚縁のメガネをかけて、髪もボサついていて。なのに服装だけは豪華絢爛なドレスをまとっている。まるで夢の国のプリンセスになってしまった、芋臭いオタク感。


「ぼぼぼ、ボクの名前はテレシア・キャメロン、この世界を司る門番」


 テレシアなんて名前が絶望的に似合わないくらいには、彼女は普遍的な日本人顔だった。着飾っているのは服装だけでないようだ。


「生石や」


 挨拶を手短に済ます。

 少し焦っていた。周囲にコンコさんとナナシの姿が見えなかったからだ。

 おれとテレシア以外の一才が排除された無の空間は、まるでキナと語り合った夢の世界である。自由を制限されている。


【安心せえ、二人は無事さね。いまはきゃつとの会話に集中すべきだ】


 精神体であるキナは問題なくそばにいてくれた。

 助かるよ、おれは一人だとてんでダメだから。正体は一人だと実家から飛び出すこともできなかった臆病者だ。


「キ、キナさんの言うとおり。お仲間は現在順番待ち。君の後に説明責任は果たす」


 ほう。どうやらテレシアはキナのことを認識できているようだ。さすが神さん。


「いっしょくたに済ませたらええのに」

「ひ、人と会話をするのは苦手。大人数だととと、とくに」


 彼女にどうしても根暗な印象を抱いてしまう。

 どもった喋りに、目も合わせてくれない姿勢、挙動。とくに——。


「ききき、キナさんの、世界がとてもつまらなかった。殺風景。だからボクは、素敵な場所を作ることにした」


【はぁ?】


 他人の神経を無自覚に逆撫でする、絶望的な空気の読めなさ。コミュニケーションが苦手であることは明白だった。


「これがぼ、ボクの作った世界」


 目の前に映し出されたのは、空から俯瞰したような立体地図、巨大な城塞都市が描かれていた。


 城は石造りの古風なもので、城下の街並みも赤茶けた屋根が特徴的な、それこそ『中世ヨーロッパ風』の建造物だった。


 しかしなぜだろう、強烈な既視感をこの地図に抱いた。正体はすぐに知ることができた。


「ルールを説明する」


 表示されたコマンドにビビッときた。

 文字のフォント、デザイン。

 コンコさんの家でさんざん遊ばせてもらった、古いゲームタイトルのコマンドに酷似していたのだ。

 

「ギルドクエスト……!」

「ささ、さすがギルクエ。何世代も年下なのにわかってくれるんだ」


 ギルドクエストとは、和製RPGのはしりになった作品として広く知られている。とりわけ三作目は社会現象にもなったほどの人気作だ。おれもコンコさんの家で履修済みである。

 この地図もまた三作目のものを踏襲していた。


「ルールを説明する。ギルクエ世界でも裏公団と同じく、半日に一度時間がリセットされる」


 ルール説明ならスラスラと話すことができるようだ。たくさん練習したんだな。


「異なる点は次の世界へ進むためのクリア条件。原作であれば魔王を討伐し、世界平和を成し遂げることでクリアとなるが。今回君たち訪問者にはプレイヤーでなく、『NPC』を演じてもらうことになる」


 ノンプレイヤーキャラクター。ようは人間が操作する主人公でなく、物語を彩る脇役。


「今作の醍醐味である七つのギルドを知っている?」

 

 もちろん知っている。

 戦士ギルド。魔法使いギルド。聖職者ギルド。武闘家ギルド。盗賊ギルド。商会ギルド。魔物使いギルド。

(IIIでは七つだが、最新作のⅫでは実に百近くのギルドがある)


 主人公勇者はこのうちのどれか三つから信頼できる仲間を引き抜き、計四人で魔王討伐パーティを組む。


 どのギルド、つまりどのキャラを選択するかで、クリアするまでの難易度や道のりが大幅に変化し。しまいには結婚相手やエンディングなどの重要なストーリーにまで影響を及ぼす、やり込み要素満載な、何度でも遊べるスルメゲームだ。


 ちなみにコンコさんは、ギルドに頼らず魔王のソロ討伐を目指す、スーパーハードモードをクリアした傑物である。


(たった一人で魔王を倒してしまったために、誰も勇者の正体を知らず。やがて勇者こそ真の魔王なのだと責め立てられてしまう胸糞バッドエンド。コンコさんはゲラっていた)


「君たち訪問者には勇者でなくギルド団員になってもらう。団員として他所よりもギルドを発展させ、魅力的なキャラクターを育成するのだ。育てたキャラクターが勇者であるボクに仲間として選ばれたのなら、儀式はクリアとなり、次の世界へ進むことを許す」


 ようはギルド育成ゲームというわけか。


「いいい、以上、ルール説明終わり。詳細はコマンドを確認してくれ。ください」


「へぇ、面白そうやん」


「ありがとう……。せいぜいボクのこと、楽しませてね」


 詳細によれば訪問者同士の争いもないし、万一死亡したとしてもコンテニューができる仕様のようだ。

 血みどろの裏公団後だとギャップがすごい。ルールも厳密に定められていて、まさにゲームといった感じ。

 

 テレシアは理性的だし、そも会話が成立する。

 キナはなんでこれができなかったんだ?


【世界の創造は万能でない。ワシは存在しないはずの忌み子を顕現させ、あまつ半日サイクルシステムの雛形も作った。ゲーム風に表現するのなら、メモリがカツカツだったさね】


 世界想像には定められた容量があり、その中であれば好き勝手できるってわけね。


 キナは忌み子の実在という無茶をやってのけたから、自身の精神すらすり減らす必要があった。データ容量をなくなく削る開発者のように。


【生石はワシの世界、嫌いかの】

 まさか。ここより何百倍も素敵だよ。

【キキ】


 この世界における勇者とはテレシアその人。

 つまり彼女は、《《自身がギルクエを楽しむため》》に、おれたち訪問者を利用している。


 正直面白いシステムだが、より高尚なのがどちらかと言われれば、比べるまでもないだろう。


 瀟洒な城は欲望で、ボロの鉄筋コンクリートは優しさでできていた。

 おれたちに相応しい場所がどちらかも、言うまでもない。


 問題はコンコさんだ。彼女がこの世界に対しどんなリアクションを示すか未知数である。


 彼女はゲームが好きだし得意だから、わりかしこの世界にはフィットしている。

 けれど彼女は、《《やめたゲームは二度とプレイしない》》。


 やめたと言うことは、骨の髄までしゃぶり尽くしたと言うこと。飽きて手放したのなら、なんの未練も持たない。父親がそうであったように。


 ギルド団員と勇者、今回は立場が違う。別ゲー判定にはならないだろうか。かりに同じと見なされたとき、どんな反応を示すのだろう。

 懸念点はある。ただ、少しだけ安心する。しばらくは人を殺す理由を探さなくてすみそうだ。


 がらり。がらり。


 そんな感動を破却する音。バラバラに崩れ落ちる音。


 つくづく思うよ。人生に期待してはいけない。

 しょせんおれたちは、血溜まりのなかでしか泳げない哀れなウオなのだから。


【ままならないな】


 何かが《《来た》》のだと、肌で感じる。

 キナと同質量の殺意が産毛を炙る。


 裏公団では現在門番が不在だ。

 訪問者は儀式を介せず、自由にギルクエ世界へ渡って来られる。そんな理屈すら忘却の彼方へ押しやる降臨。

 

 世界の法則を捻じ曲げる呪いの(あぎと)


「え?」


 驚愕に目を見開く。

 たった一言の困惑を発し、テレシアの首は胴体と袂を別れた。逆さにした蛇口から水が溢れるように、見慣れた赤が強烈だ。


 テレシアは食われたのだ。この世界へやってきた闖入者に。奴に——。


「産まれたばかりなもんで、お腹ぺこぺこなの」


 視認された。見つけられた。

 あ、死ぬわこれ。


【ぼたぼた】


 だが動く気にすらなれなかった。なにせ——。


【奥義・血戦刀】


 奴がコンコさんの息子だったから。

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