19.奥義 血戦刀
「色々と心配おかけました。無事生き返ったと思います」
「まったくだよ。私は生石くんがいなくなって、生きる気力を失ったんだから。危うく自殺しかけたぜ」
「ほんま?」
「ほんま」
「……」
ナナシが物言いたげにこちらをみている。
コンコさんと上手く付き合っていくコツは、言葉を額面通り受け取り、素直に喜ぶことだ。
おれは夢の中でキナと結託し、無事復活することができた。弊害はある、例えば右半身が赤黒く変色していること。失った部位をキナの血で代用しているからだ。呪いは法則を上書きする、半日が経っても戻ることはない。
血の義手。創作物ではカッコいい設定だが、いかんせん時間が経過した血液そのものなので、見た目はグロいし少し匂う。動作自体は問題なくこなすことができた。
一つ奇怪なのは——。
「マジで見えてんの?」
「うん、マジで見えてる」
おれのそばでキナが佇んでいること。
夢の中のような裸ではなく、肌をいっさい露出しないダボダボの服を着ている。
指輪やピアスのような装飾品をジャラジャラと鳴らし。癖の強い香水が鼻腔の奥に刺さり、頭がクラクラする。
さらにはキセルを蒸してやりたい放題、意地悪なジト目でニマついている。
「私には一切見えとらんけどね〜」
コンコさんがキナのいる場所を手で仰いだが、煙を撫でるように通過した。
【当然さね。ワシは脳の血流をいじることでお前に幻覚を見せている。物理的影響はない】
なんの必要があって?
【言っただろう、お前たちの動向を眺めると。ワシは『見られている』という認識をお前に植え付けたかった。せいぜい楽しませてくれ】
お空の上から見守っている的なフィーリングかと……。
「呪いを継承することは、精神を継承すること。神ともなればそのくらいやってのけるのかもしれません」
「あっはー、おもろいことなってんじゃん。どうよ生石くん、キナちゃんは可愛い?」
「めちゃくちゃ可愛い……」
裸の時は化け物みが強くて気にならなかったが、服やアクセサリーで着飾ったキナはかなり様になっていた。
濃いめな化粧をしているのもある。身長はおれとたいして変わらないというのに、大人な雰囲気がすごく、正直エロい。
鼻血は相変わらず垂らしているけれど、ダウナーな雰囲気はより醸し出されていた。
【お前の好みに合わせてみた】
なるほどどおりで……。
「眼福です」
「美女に囲まれて羨ましい男だよ」
流石にコンコさんのほうが上だけれどね。
現在おれたちは古井戸の前までやって来ていた。先へ進む前に確かめておきたいことがあったのだ。ずばり《《呪い》》の運用である。
おれはキナを取り込み呪われとなった。ならば神がかった血液操作を行えると思ったのだが、そう上手くはいかないらしい。
「ふん!!」
血液凝縮体である右手に全神経を集中させる。だがいくら踏んばってみても指先がウネウネするだけだった。
「うげ、きもち悪る」
うるせぇプラナイア。
【血管が指の先よりもさらに伸びるイメージさね。血の葉脈はどこまでも広がり、全てがお前の手中となる】
ウネウネが加速した。
【キキ。他者の呪いなのだ、一朝一夕に操れるものでないさね。ゆめゆめ鍛錬を怠らぬことだな。興が乗った。ひとつ、お前に真髄を見せてやろう】
キナが手を振るった刹那、おれの右腕が鋭利な形状に変化し、静かに薙がれた。
【ぼたぼた】
空間が断絶される音。
数百メートルは遠方にあるだろう県営住宅が、真っ二つに両断されたのだ。
「はぁっ!?」
【奥義・血戦刀。極めればこの領域にまで辿り着けるさね】
異能や体術でどうにかなるレベルを逸脱している。まさに神業。儀式のときに使われたら、余裕で負けていただろう。
【理性を無くしたなれ果てに、ここまでのことはできんよ。だが、今のワシは呪い自体に刻まれた記憶のようなものさね、お前の健常な脳を操れば生前のように血を操ることができる】
「こわ!!」
つまりおれを自由に操作できるってわけだ。ラジコンかよ。
【あまり期待してくれるな。ようは精神の乗っ取りだからの、お前という精神性が生きている限り、ワシが操作し続けると脳への負担が甚大になりすぎる。ワシの意識ごと前頭前野が吹っ飛びかねない。せいぜい使えて日に一度だろう】
「やっぱこわい!!」
にしてもなぜ二人は血戦刀に驚かないのだろう。
『昨日、散々みせつけられたからなぁ』と言わんばかりの、諦めの表情だ。
キナのことは前向きに捉えている。
なぜだか神はストレス発散ができたような、スッキリとした面持ちだし、可愛いし。
コンコさんは相変わらず楽しそうだし。
ナナシにはひどく感謝された。謝罪も多くてゲンナリした。
がんばったおれ。よくやったおれ。
そんなこんなで古井戸へ飛び込んだ。
これといった感慨はない。
貧乏なせいで県外にも出たことのないおれが、となり街へ向かうバスに乗り込んだときと同じ。乗車券と、少しの高揚だけを握りしめて。