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血溜まりチャチャチャ  作者: 海の字
第一章 裏公団編
18/38

18.魔王爆誕

 うずたかく積み上げられた死体の山。

 コンコ達は殺めた人間を処理することなく、次の世界へと進んだ。


 主には忌み子たちの成長を促す狙いがあった。しかし誰も死体に手をつけようとしない。


 常に死と隣り合わせの生活をしてきた彼らは、機敏にも異様な《《気配》》を感じ取っていたのだ。


 呪いはなにも人間だけの特権でない。複雑怪奇な精神をもつものなれば、忌み子であっても異能を発現するだろう。


 彼は喰らっていた。


 彼は他の忌み子と同様に、堕胎された命のひとつであった。


 出産を嫌った父による執拗な暴力の末、流産してしまったのだ。


 公団においてはなんら珍しくない悲劇、彼が特異だったのは、忌み子になっても生前の記憶をハッキリと有していたことにつきる。


 胎内記憶というものがある。科学的根拠はなんら解明されていないが、母に身篭られていたときの記憶を保持する稚児が中にはいるのだ。


 基本は羊水の温もりや、外部からの振動などといった、曖昧な断片ばかりだが。彼はより詳細に母の恐怖心までも感じとっていた。


 父親によるに日常的なDV。

 母の心臓から一番近い胎児は、日々繰り返される高心拍を聞いていた。うるさいほどの、恐怖からくる拍動だ。


 父の暴言暴力は予定日に近づくほど激しさを増した。こうなることがわかっていたから、母は中絶ができなくなる期間まで子の存在を隠していた。


 だが父は容赦しなかった。ついには膨れ上がった腹部に非人道的な一撃を与えた。


 最期の記憶は、『激痛』。


 彼は祈った。『ちゃんと産まれたかった』と。

 彼は裏公団で目覚め、やがて祈りは『ちゃんと産みたい』という呪いへ転じた。


 人間になるという夢のさらに果て。

 自身が赤子を身ごもり、次こそはちゃんと産んであげたいと。


 発露した呪いは『生殖器官に限る絶対支配』。


 体液の分泌、海綿体の膨張、月経、射精、ひいては快楽、痛覚までも自在に操ることができる。

 生殖器官が発達していない忌み子や幼子には通用しないが、対人間に対しては無類の強さを誇る。


 だが、彼は力に興味がなかった。望みはただ一つ、『出産』である。


 望みを叶えるために彼は『門番』となり、生石とコンコに出会った。生石がスッポン坊主と呼んだ者のことである。


 僧侶は自身の呪いをいかんなく発揮し、コンコの子宮ごと赤子を簒奪(さんだつ)。生石の男性器までも奪った。


 僧侶は歓喜に震えた。おそらく裏公団で初めて喜びの涙を流した者だ。


 僧侶は出産の機会をじっと待った。

 時が止まっている裏公団において、胎児は成長しない。進めるには、人肉を多量に食らうしかない。


 忌み子が人間になるのとは訳が違う。忌み子が人間を産むわけだから、必要になる肉の量は桁違いだ。


 それすらも二人が用意した。

 ダンビラ組の死体である。


 僧侶は我を忘れ人間を貪り食った。異様な気迫におされ、他者は静観を決めこむしかなかった。


 胎児はすくすくと成長し、僧侶の腹はゾッとするほど大きく膨れ上がった。

  

 ここで異様なことが起きる。

 呪われは、呪われの肉を食べてはいけない。


 馳走の中には呪われも当然ふくまれており、僧侶が喰らえば、精神に異常をきたし崩壊するのが本来だ。


 だが彼の妄執に変化は見られなかった。

 それもそのはずだ、食した呪いは全て《《胎児》》に注がれていたのだから。


 強烈な精神が瓦解するまでぶつかり合うから、呪われは呪われを食えない。


 なら、自我がなければ?


 記憶、感情、五感すら未発達である胎児は、呪いを複数受け入れる空の器として最適であった。


 様々な要因が合わさった結果、裏世界において観測史上初めて、呪いを複数個宿す個体が育ちつつあった。


 僧侶は人肉をあますことなく食し。胎児はすでに成人男性ほどに成育していた。僧侶の見た目は悍ましい女王アリの様相を成した。


 ここで彼はミスを犯す。

 出産経路の誤認だ。


 忌み子は十全な教育を受ける機会がない。

 必然、適切な性知識も持たない。


 出産には性器が必要であるという、曖昧な認識だけが先行して。産道を持たない生石の男性器を奪ってしまったのだ。


 子を提供してくれたコンコに僧侶は恩義を感じていた。だからこそ膣までも奪うことができなかった。


 これより成人男性が、未熟な魔羅を通って産まれ落ちる。母体が耐えられるはずもなく、この世で最も悲惨な類の激痛を僧侶は受けるだろう。


 だが僧侶にとって、痛覚は祝福に他ならなかった。我が子の命を感じ取りながら、劇的に死したのだ。


 十の呪いは混ざり、濃縮され、原型をとどめることなく強大な『ナニカ』に変質した。


 それは世界を壊す力。それは万象を崩す叫び。

 悪意の最奥、失意の果て、堕落の谷底。


 呪いの最上位、いわば『魔王』の爆誕である。


 だが魔王は、命をとして己を産んだ代理の母体に興味がなかった。

 一瞥もくれることなく、誕生の喜びに浸ることもせず、ただ古井戸の方を見据えていた。


 コンコはまだ責任を果たしていない。

 身勝手な理由で堕胎した罪をあがなっていない。


 魔王はいわば世界(呪い)そのもの。裏公団の化身。


 キナがもっとも嫌悪する人種を、キナの世界が許すはずもない。


「犯して、殺して、食ってやる」

 

 自身を捨てた真なる母、コンコに対する怨嗟だけが。

 歪な幼子、魔王に許された感情だった。


 これは確定した、そう遠くない未来の話だ。

 魔王は必ず、コンコを殺すだろう。


 第一章 完。

 

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