17.怪物達の饗宴
「コンコさまはどうとも思われないのですか。ナナシめはとても悲しいのです。生石さまが、生石さまが……」
「自分が唆したくせに悲劇のヒロイン気取ってんなよ。まぁ、気分は良くないよね。楽しみにしていたビスケットの袋を開けてみた、すると中はバラバラに砕けていた。それくらいの絶望さ。はぁ、惜しいやつを亡くしたよ」
二人はキナと生石が相打ちになったと誤認していた。実際は生石を救うために、血液化したキナが傷口から入り込んでいた。
最短で最愛の死を受け入れていたコンコは、だからこそ驚きの声を上げた。
「ぎゃあ!?」
死んだはずの生石が、死んだままに立ち上がったのだ。その瞳に精気はなく、呼びかけにも無反応だった。
「まさか、キナ様ですか?」
生石の表情は険しく、まさにキナそのもの。
正解だ。現在生石は、肉体の主導権をキナの呪いに乗っ取られている状態にある。
キナがなぜ生石に目をつけたのか。
もちろんナナシとの友情に胸打たれたからだ。
しかし前提として、彼女にはまともな理性など残っておらず。
『憎悪を晴らすことができる』という目的によるものも大きいだろう。理性を無くし、ゆえに本能に従った。
生石の精神は、呪いを発現するほどの複雑な構造をしていない。『深く考え込まない』を信条にしているためである。
かつ、類稀なる肉体強度によりキナを受け入れる土台が完成していた。
そんなものはただのキッカケに過ぎない。
『狐塚コンコ』こそが真相である。
先の戦闘のおり、キナはコンコの呪いを大量に浴びた。
操作のため血の解析を試みたが、法則を上書きする呪われの血だ、相応の時間を要する。
結果、解析を中断し戦闘のスタイルを変えざるを得なかった。
無駄だったと言うわけではない。呪いとはとどのつまり精神の表出であり、キナは解析のおりコンコの歪な思惑を感じ取っていた。
『私にとってつまらない人間は、いなくなってほしい』
コンコは生粋の刹那主義者であり。コンコにとって他人とは、面白い人間か否かのみが主菜である。
逆に言えば、つまらないと判断した者に容赦はしない。『興味がない』と言えたなら、コンコはまだ常人の範疇であれた。
コンコは敵意、いやそれ以上の殺意を抱いてしまうほどに鬱屈していた。
生石はコンコのためなら何だってする殉教者として愉快だし。
ナナシは弱小の皮を剥げば人間以上に傲慢な野望が露出する。
ならばこの場合の『つまらない』は、『ダンビラ組』をさす。
人殺しを諦め、神になる野望も捨て、混沌に仮初の秩序をでっち上げた。そのくせ人間らしく弱者を迫害する卑劣な姿勢。
コンコは叶うことなら『ダンビラ商店街の壊滅』を望んでいた。
キナは忌み子を虐げる『人間共の死滅』を望んでいた。
二人の望みが《《合致》》したのだ。
瞬間、キナの目的意識がビリビリとコンコの恥部を焼いた。
「は、はは!! こりゃいいぜ。キナ、やるんだな!?」
なぜ今までキナが門番に甘んじていたのか。
いくら憎もうと、古井戸から遠く離れた土地に居を構える人間の元へ行く知性が、神にはもう残されていなかった。
己の血を染み込ませ続けた古井戸周辺の領域から出てしまうと、呪いの真価が発揮できないのもある。
実際、生石にはそれで追い込まれてしまった。
今は違う。生石の足と、コンコの知恵がある。彼女に従うだけで、最短で攻め入ることができる。
キナはすでに血の解析を終えていた。
なので領域の外へ出たとしても問題にならない。
コンコという『無限に出血できる血液タンク』を獲得したためである。
「世界をぶっ潰すんだな!?」
その後キナはコンコ主導のもと、百の人間と、『十呪烏合』と呼ばれる呪われの傑物たちに引導を渡した。
商店街は消えて無くなり、『ウェルカム・ダンビラ商店街』のアーチだけがかつての名残りを残していた。
このことを生石は何も知らない。