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血溜まりチャチャチャ  作者: 海の字
第一章 裏公団編
15/38

15.血溜まりの上で踊ろう

 キナ討伐を目標にしてはや一か月が過ぎた。

 神の力量を推し測るにそれだけを要したのだ。


 キナは強い。

 多数の呪われを囲むダンビラ組が、束を成しても攻めあぐねていたのだから、分かっていたつもりだった。


 常軌を逸していた。


 彼女の呪いは、『血を操る力』だ。キナを中心に広がる血溜まりは、すなわち神の領域であり。足を踏み入れた途端、変形した血刃に裁断される。


 試しに物を放り投げてみると、キナの元へ到達する前に細切れになった。領域内全てがシュレッダーであるような印象だ。

 血を操る力は漫画やアニメなどで馴染み深いが、いざ目の前にするとグロテスクな光景だった。


 粘着質な赤、鋭利な死線。


 勝つ方法をいくつか考えた。例えば遠距離からの狙撃。血刃に反応されるよりも早く、遠方から確実に仕留める。良いアイデアに思えたが、これには銃や弓のような道具が必要になる。物資に乏しい裏公団では、調達は困難だろう。毒物や血を触媒とした感電も同じ理由で厳しい。そもそも化学方面の知識に疎く、まともな案は湧いて来なかった。

 

 コンコさんの呪いを利用してみるのはどうか。

 目には目を、埒外には埒外を。神におれたちの怪物をあてがう。ただし彼女自身の戦闘力は皆無だから、呪いの特性だけに着目する。


 ヒントならあった。以下はいつかの会話だ。


『呪われが呪われの肉食うたらどうなるん? 二つ持ちになったりするん?』

『呪いは法則すら書き換える異能。そんなものを二つも抱えれば、肉体どころか魂すら瓦解するのが関の山です。呪いを複数個持つ例は未だかつて観測されたことがありません』


 つまり、呪われに無理矢理にでも呪われの肉を食べさせることができたのなら、確実に仕留められるわけだ。


 ただし、この策はキナに通用しない。食卓を並べることすらままならないのだから。


 さりとておれはクソだから、とびっきりにふざけた案を思いつく。


 決戦は間もなくだ。


 ガタガタと揺れる車内、意識を一点に集中させる。油断していたら酔ってしまいそう。

「ありゃ!? またエンストしちゃった。操作めちゃむずいね」


 先月発見した、例のオンボロ三輪バキュームカーである。


 安心して欲しい。積んであるのは糞尿の類でなく、主にはコンコさんの血液だ。


 この世界では半日に一度、肉体の損傷がリセットされる。コンコさんの呪いは自傷をたちどころに癒す。


 二つの不思議が合わさった結果、タイミングさえ見計らえば、いかな致命傷を受けてもまず死なない自傷行為が完成した。


 つまりいくらでも出血することが可能ってわけ。


「無駄にしないでよー。集めるの、まじで大変だったんだから」

 大動脈を掻き切れば出血量は多い。しかし『痛すぎる』とのことで、馴染みのリストカットでコツコツと貯めてきた。


 のべ脅威の500リットル。湯船二、三杯分だ。


 キナの呪いは血を操る力。適応するまでに時間はかかるが、他人の血ですら操作した目撃例があるという。


 留意すべき点は、適応に時間がかかると言うこと。

 つまり、故意にキナの血液とコンコさんの血液を混ぜ合わせることで、血液操作を一時的に封じ。たもとへたどり着くまでの猶予を稼ぐ。


 神の領域を呪いの血で上書きする。


 そうこうしているうちに、キナの元へたどり着いたようだ。


 何度かここへは通ったが、未だに落ち着かない。

 瞳は抉り抜かれているというのに、じっとどこかを睨みつけて、世界をひたすらに憎んでいる。おれたち下賤からは想像もつかない、哀れな高尚。


 その内にどれほどの怨念を、どれだけの慟哭を抱え生き続けているのか。分からない。知りたくもない。だが一つだけ言えるのは。


「もう疲れたやろ、終わりにしよ」


 タンクの蓋をあける。コンコさんの血溜まりに沈む。

 生暖かくて、咽返すほどの濃い匂い。隅々に彼女の呪いがまとわりついて。


 準備は整った。

「行くよ!!」

 コンコさんの掛け声とともに、アクセルは踏み込まれた。領域に入る直前、コンコさんは運転席から身を放り投げた。当然大怪我を負うも、故意であるため傷は治る。ここまでは作戦通り。


 慣性は非情だ。よほど大きな心意を無視して、おれの覚悟すら疎かにして、神を轢き殺さんと突撃する。

 車はまもなく切断されたが、読み通り血液まで呪いは及ばず。


「殺し合いじぁあ!!」


 タンクは弾け、内容物が爆散する。赤い濁流ごとおれは神の元へ。手には刃物、一撃で終わらせてやる。


「!?」


 キナは領域内の血液が使えないと見るや、すかさず適応を諦め《《自身の血液》》を変質させた。


 口元から溢れる血を散弾銃のように噴射したのだ。

 

 ぬかった。油断した。


 回避不可能。直撃。脇腹から肩口まで瞬時に貫かれ、生存に不可欠な臓器ごと左腕を持っていかれた。死は免れない。


「がはっ!?」


 ゆるやかに流れる時、思考が引き延ばされ、走馬灯のように思い出が流れては消えていく。


 殺せ。殺せ。殺せ。


 残光には大義も、憐憫も、ナナシも、コンコさんすらいなくて。ただひたすらに闘争を求めていた。


 初めて自覚する。おれは他者と殺し合うのが、わりかし好きなのだと。


 あらゆる理由は闘争のための種火でしかない。

 一度火がつくと、あとは何も無くなるまで燃え続ける。


 何が人間性だ、バカバカしい。おれも程度のしれた鬼じゃないか。


「チャチャチャ」


 瞬間、肉体が蘇生する。意識が現実に引き戻され、策が功をそうしたのだと知る。


「どうも、復活ってやつです」


 正午の鐘が鳴り響く。

 おれは突撃の時間を、半日が終わるすんでで開始した。


 不測の事態により致命的な攻撃を受けたとしても、《《一度》》だけ無かったことにできる。システムの穴をついた保険である。


「ここはすでにおれの距離や」

 血の散弾銃も指向性を読みさえすれば、避けられないことはない。


 さぁ、延長戦だ。

 踊ろうじゃないか、呪われた血溜まりの上で。


 血の発射。屈んでかわす、その動力すら次に活かす。


 前転に近い動作でキナの懐に侵入、彼女の内脚に手を引っ掛け、それを軸に組つく。


 自ら相手に近づくリスキーな技だが、腕がないため抵抗力が弱く、成功するという確信があった。

 軸足に絡みつき、相手の動きを封じる理想的なエントリー。

 

 おれは一息に足関節を——。


(魑魅魍魎が蔓延る格闘技の世界にあって、なおも異彩を放つ男がいた。彼は打撃が主な総合格闘技において、愚直にも《《関節技》》を極めた。ついた異名は『足カン十段』、またの名を『妖怪』。彼が編み出したこの技を世界は、『今成ロール』と呼んだ)


 へし折る。


 体制が崩れた。キナが膝をつくと同時にアッパーカット。跳ね上がった上体へ目がけ、刃物を差し込む。


「手応えあり!!」


 致命傷だ。だがもう油断はしない。

 頸動脈、心臓、肝臓、大腿動脈、臍下丹田、五臓六腑をぐちゃぐちゃにする。確実に仕留める。


「しゃあ!!」


 勝利の確信。雄叫びを上げる。おれたちは勝ったのだ。

 傍観していたナナシとコンコさんが駆け寄ってくる。


 さて、危機的状況だ。


 別に油断していたわけじゃない。決して舐めてなどいなかった。間違いなくおれの人生において、キナは最大の強敵であり、文字通りの神だった。


 だがその認識すら超えられた。


 なんてことはない。キナの呪いの丈を、誰も推し量ることなど出来ていなかったということ。勝手に推察して、勝手に同情して。


 コンコさんの顔が、驚愕に染まる。

「生石くん!?」


 怖気がして振り返ると、赤く爛れた神が、怨嗟の相で立ち上がっていた。


 神は自身の血を強制的に流動させ、傷ついた臓器と同様の働きを実現したのだ。

 理論上、脳に血を回せさえすれば、生物的死ではない。


 血の咆哮。本能で理解する。発射された血流に触れたものは、跡形も残らず消し炭になると。


 零コンマ数秒のタメ。おれだけならかわすこともできただろう。

 だが、(やじり)の先にはナナシがいた。


 たかがナナシだ。見捨てれば良い。おれはそこまでお人好しじゃない。守る道理などない。


 仕方がなかった。

 避けるしかなかった。

 誰もが納得する言い訳を並べて、自身すら騙して、ナナシを見捨てれば良い。

 

 すこしだけ泣いて、『二度と忘れない』とか綺麗事ほざいて、思い出にすれば良い。


 頭では分かっているのに、そんな正論を考えるよりも先に体が動いていた。


 少しでも発射角度を逸らすために突貫する。たとえおれが暴発に巻き込まれたとしても。


 らしくないな。


 おれはナナシを庇った。半身の感覚が消失した。

 死を自覚するよりも早く、意識が暗点した。


超超脹相イイかんじ!!

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