14.殺意をでっちあげる
「キナ様の心情を知ることは叶いません。しかし、断片であれば推し量ることができる」
おれたちは古井戸から、県営住宅の空き家へと場所を移していた。
落ち着いて話をしたかったのもあるし、キナを見ているとどうにも居た堪れない気持ちになるから。
「人間は母の腹から産まれてくる。忌み子は違います。ナナシたちは『産まれてこれなかった』命だ」
流産、死産。不運にも人間になることができなかった者たち。
「気がついたときにはすでにここにいました。あるはずのない人生を、神はお与えなさったのです。我々忌み子に親はなく、ですがキナさまの寵愛は受けている」
忌み子は産まれ落ちるとき、神意の輪郭をほのかに感じとるそうだ。
「憐憫、慈愛、期待をナナシは覚えました。あれはきっとキナさまの末端だ」
別世界は神の『願望』が形になったもの。つまりキナは、『忌み子が人間になれる権利』を望んだ。
同族を喰らい人間になってもいい。ナナシのように忌み子のまま別世界で生きてもいい。選ぶことすらできなかった命にチャンスを与えた。
「愛? あの鬼が? イメージわかんわ」
「神は自身の肉を忌み子へお与えになった。半日間のサイクル生存できる、ギリギリの状態になるまで身を削り、か弱き者に生き残る術を残した。たとえばナナシなら、人ほどに話せる舌と知性を」
削いで。削いで。優しさを削いで。
「最後には『呪い』だけが残留したわけやな」
「はい、キナ様は人間を憎んでおります。五体満足という幸福を振りかざし、忌み子を食い物にする人間たちを。だからこそ儀式の内容は、『人間を十人殺し、死体を忌み子へくれてやること』」
儀式のために人間の死肉を差し出す都合上、忌み子の成長がより促進されるわけか、合理的だ。
「以上がキナさまへの見解です。神はああも苦悩されているというのに、愚かな忌み子は感謝を忘れ、保身に走った」
結果、人を殺す力も勇気もないダンビラ組に支配されている。
「むごい話だよねー。娯楽のための料理なんかにされちゃってさ」
どの口が言ってんだか。あんたはたらふく食っていただろ。
「神が哀れでなりません。キナ様はすでに自我を無くしている。ナナシは果てのない呪いを断ち切って差し上げたいのです。今一度お願いします、どうか神殺しを手伝ってください」
「うん、ちょいまち、考える」
殺す理由を考える。
おれは冷たいやつだから、忌み子たちに同情することはない。キナにもあてられはしたが、ナナシほどの激情はもたない。
「友達のためじゃ足りないの?」
「足りるから怖いんや」
今のおれなら、つい先日出会ったばかりのナナシのためにキナを殺せる。
狐塚のオヤジと、何人かの忌み子を手にかけて、倫理の枷が腐食し始めた実感がある。その先にあるのは修羅だけだ。
「おれは自分の人間性を守るために、せめて納得できる理由が欲しいんや」
どうせあと数人も殺れば、形骸化すると分かっているくせに。必死にまともであれと言い聞かせる。
「なんで? 壊れちまいなよ」
でなきゃあの魔性に呑まれてしまうから。
万引きをよしとしない品性と、殺人を是とする狂気が矛盾なく同居している。ほとほと思い知らされる、彼女は怪物なのだと。
だからこそだ。あなたの横に立つのなら、ふさわしき強さが必要だ。どんな嵐がこようとも決して折れぬ主柱であらねば、待っているのは当然の破滅だ。
考えろ。殺す理由。殺す理由——。
「ナナシ、死体は手前で用意せなあかんの?」
「さらにいえば自らの手で殺す必要があります。誰かと協力して得た死体は数にカウントされないからです。神はなるたけ人同士が敵対関係であることを望まれているのかもしれません」
なるほど、つまりおれが三十人の人間を殺そうが、ナナシとコンコさんは儀式を突破できないわけか。
「なら簡単なことや。ナナシとコンコさんを危険な目に合わせるわけにはいかん。つまり儀式の破綻が必須や」
ナナシのために。コンコさんのために。満ち足りた。
「おれはキナを叩く」