13.キラキラなビー玉
裏公団の門番である『キナ』を、おれたちはただ呆然と眺めていた。あいつを見ていると、なんだか妙な胸騒ぎがするのだ。
「あ」
正体に気づく。
嵐に混ぜ返された大海の荒波、あるいは轢かれて朽ちた道端の野干を見たときに抱く——。
ささやかな絶望だ。
決して助けてやることができない。
あそこまで堕ちた人間を救うことは誰にも。
彼岸との距離、おれたちは残酷なまでの差を見ている。
「同じなんや」
既視感。
ブランコが揺れる。ブランコが揺れる。
生きたまま燃やされた祖父も、あんな顔をしていた。
「うぅ」
啜り泣く声。
「ナナシ、なんで泣いとん」
「わかりません、ただ辛いのです」
言葉に感応してしまった。おれも同じ気持ちだ。叫び出したくなる虚無感を共有しているのだ。
らしくないのに、彼の肩を引き寄せて。ナナシはおれの袖口に縋り付いて泣いた。
自分で言うのもなんだけれど、おれたちはわりかし不幸だ。
非行、虐待、ネグレクト、強姦、殺人、堕胎、隷属。宝物みたいに大切にしている不幸を並べて。
でもおれたちはちょっとだけ幸せ者だ。
好きな人がいるという幸せ、好奇心という幸せ、生存欲求という幸せ。
ビー玉ごしに見上げたお天道みたいな、綺麗で、かすかに感動する、なけなしの希望があるから人は生きていられる。
あいつは何一つない。憎しみだけが世界なら、おれはアレを人と呼べない。
救えない、わからない、なぜだか無性に泣けてくる。
「おいおいおい、なにさこの展開。なんでいきなりシットリしちゃってんの?」
センチな気分になっていると、ろくでなしが声を荒げた。
「あー、そう言うことね。ハイハイわかったわかった」
そして勝手に自己解決。いつものことだ。
「ナナシ君、君は少し性急すぎだ。私、気づいちゃった。思えば今朝から違和感満載だったんだよね。なぜ私たちの目標設定にいきなり口を挟んできた? しょせん荷物持ちの分際で。なぜ儀式を受けろと示唆してきた? 人にも神にもなるつもりないくせに。たはーっ。無欲なフリして、とんだ業突く張りじゃないか」
口調にトゲはあったが、反して笑みは聖母のように穏やかだった。
「お前、自分の願望のために生石君を利用したな?」
しゃがんで目線の高さを合わせるコンコさん。
意味がわからなかった。ナナシの願望?
「お前は生石君の優しさに漬け込んだわけだ。こいつは不幸な女がフェチだから、きっとキナにも同情し、哀れに思うだろう」
喉笛を鷲掴みにされたような、本能的な身震いが走る。見開かれるコンコさんの瞳、そのギラツキは捕食者の嬉々だ。
「本来儀式を終えれば、私たちは先へ進むことができる。キナともそこまでだ。だがお前はそんなこと望んでいない」
意図が見えない。コンコさん何にキレている?
「お前は生石君に、キナを救ってもらいたいんだろ」
言葉を反芻して、すぐに否定する。
「買い被りすぎや。確かにちょびっと憐れに思ったが、おれにキナを救う甲斐性なんてない。全人類ないやろ」
「わかっていないやつは話しかけてくんなー? 生石てめぇ、私の男みくびんなよ? 君なら必ずキナを救ってみせられる。アレを救う唯一の方法。それは——」
ドサッ。
音を立ててナナシが額を地面に擦り付けた。
「無礼なナナシめは好きにしていただいてかまいません。だからどうか、キナ様を殺してあげてください!」
鬼を救う唯一の方法、それは殺してあげることだけ。
「腹が立つのはソコ! 生石君は私のものなのです。そして彼の優しさにつけ込むのも私のやり方だ。こすい真似すんな。友達なんだぜ? なら初めからハッキリと言えばいいじゃん。『可哀想だから助けてあげて!』って」
「……友達?」
「ナナシ、どうやらおれたちはすでに友達らしい」
なら、やることは初めから変わらない。
コンコさんのために父を殺そうと思った。
次はナナシのためにキナを殺そう。
「ナナシ、おれにキナのことを教えろ。ちゃんと殺せるように。ちゃんとあいつを知りたい」
「ううううう」
ナナシはギャン泣きし始めた。
「かあい〜」
コンコさんは悦に浸っていた。