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血溜まりチャチャチャ  作者: 海の字
第一章 裏公団編
12/38

12.キナ

「裏公団にも異界へと続く穴があいています」

 さらに下の世界へ向かう大穴。


 話によると、別世界は幾重にも下へ続く階層状になっているそうだ。

 

「別世界は裏公団も含め、神になった人間が生み出したもの。すべての異界を踏破し、最深部に辿り着いたとき。人間は新たな世界を創造する権利を獲得する」


「なになに? 急に壮大。ダンジョン攻略みたいなもんかね?」


 試練を越えたなら、自身の望むままに。まさに神の所業だ。


「目標がないのなら、お二人も目指してみては?」

 面白い話だと思った。とはいえ今日のナナシはなんだか押しが強い。


「んー、どう思うよ生石くん」

「神とか言われても、いまいちピンとこんなー」


 望むべくはコンコさんひとりだ。彼女と一緒にいられたなら、おれは何も求めない。


「だよねー、私も同じ気持ち。神様とかはわりかしどうでもいい。ただ、別世界ってのは少し気になるな。普通に行ってみたい。裏公団の風景にも飽きてきた頃合いだし」


 コンコさんの好奇心は底なしだ。あなたが向かうというのなら、おれはどんな場所にだってついていく。

 地獄までお供しましょうとも。


「んじゃ、ひとまずの目標はレッツ別世界ということで〜」


「一つ疑問なんやけど、なんでダンビラ組の奴らは神目指さへんの?」


「組長ふくむ幹部の何人かは、現状に満足していると言われています」


 弱者である忌み子を支配し、お山の大将気取っているわけか。ヌルい現状に甘んじて、お幸せな連中だ。


「下っ端の構成員たちは単純に技量不足で、門番さまの儀式を突破できないのかと」


 今でも印象深い、袈裟(けさ)姿の忌み子以外にも、門番はどうやらいるみたいだ。


「どの世界にも基本、門番さまがいます。なので裏公団から下の異界へ向かうさいにも、門番さまの儀式を行う必要があるのです。当然、生半に突破できるものでない」


 ゲームで言うところの階層ボスのようなイメージが近いのかもしれない。ミッションをクリアすると次のエリアへ進める。

 ゲームはコンコさんチに遊びに行ったときの定番だった。


「百聞は一見にしかずです。早速午後にでも見に行きましょう」

「異議なし〜」


 腹ごしらえも終えたため、店を出て商店街を後にする。

 アーチを抜けると静けさが増した。虫の羽音すら聞こえてこない、鯖色のしじま。


 昨晩の騒動があったからだろう、今のところつけられているような気配はない。


「んー。ちょいまち。私らは別世界へ向かうとして、ナナシ君はどうするのさ。お別れ?」

「ついていきますよ。裏公団にさほど未練はありませんので」


「ここでならお金さえあれば戦わずして肉が買える。安全に人間を目指せる。その環境を捨てちゃうわけ?」


「人間になることは忌み子の悲願でこそありますが、ナナシ個人でいえばさほど重要でないのです。正直言うと、人間がそれほど素晴らしいものに見えなくて」


 コンコさんと顔を見合わせて笑う。

「傑作だ。私も同感だよナナシ君」


「ナナシはお二人についていきたい。お二人は人間なのに、ナナシを対等に扱ってくれる」


 わりかし差別していたほうだろ。今でこそ友達になれたらいいなとは思っています。


「人間として接するわけでも、忌み子として接するわけでもない。ナナシ個人を見てくれている。なんだか、宿願が陳腐な妄執に思えてきます」


「私は宇宙人とも仲良くなりたいと思っているよん」

「お二人と一緒にいれば、もう明日に怯えなくてすむかもしれない」


 重い言葉だ。ひ弱な彼はどれほどの経験を積んできたのだろう。およそ小さな身体にどれだけを秘めているのだろう。


 推し量ることはできない。せめて同じ歩幅で歩くことしか。


 駄弁っていると、路肩であるものを見つけた。それが何か公団民なら一目でわかった。


「げ! バキュームカーや」


 公団ではいまだにぼっとんトイレが主流なため、糞尿を汲み取るためのバキュームカーが現役で走っている。

 令和時代には似つかわしくないオンボロの三輪が、道端に乗り捨てられていた。


「裏公団では排泄量がすくないから、この子の出番もないんだろうね〜。お、鍵つけっぱじゃん」

 コンコさんが物色していると、鈍いエンジン音が響いた。

「まだ使えるっぽいよ」


「コンコさん、もう行こうぜ。こいつにいい思い出ないねん」


 むかし、ひょんな事件に巻き込まれたことがある、下校中のことだ。金銭面でトラブルがあった男の部屋に向け、ヤクザが嫌がらせでバキュームカーを逆噴射しやがったのだ。

 糞尿が男の部屋だけでなく、あたり一面に爆散した。近くにいたおれにも飛び火して、3日は臭いが落ちなかった。

 あれは酷い出来事だった。家からも追い出された。さすがのコンコさんも泊めさせてくれなかった。


「むかし父の手伝いで、標的の部屋に逆噴射かましてやったことがあるよ。あれは小気味よかったなぁ」


「もしや怨敵に出くわしてしまった……?」

 深く考えないでおこう、ろくなことにならない気がする。

「この場所は覚えておこうぜ。何かの役に立つかも」


 三時間ほど歩いただろうか、どうやら目的の場所に辿り着いたようだ。

 そこはかなり大きめの広間になっていて、中央に貞子もあんぐりの典型的な古井戸があった。


 おそらくあの井戸が下の世界へ続く大穴なのだろう。つまり——。


「アレが門番か」


 井戸の前に佇む少女が一人。両腕がなく、両目も欠損している。顎から下が欠落し、骨が浮き彫りになるほど痩せ細っている。なぜ生きていられるのか不思議なくらいにズタボロな有様だ。


 だが奴から発せられるオーラは凄まじく、容易に他者を近づけさせない。より目を引くのは、むせ返すほどに濃い血の惨状だ。


「えげつ」


 少女を中心に広がる、半径十メートルほどの血溜まり。数トン分はありそうだ。


 およそこの世のものとは思えぬ圧巻の光景に息を呑んだ。血は少女のもので間違いない。今もダラダラと口から垂れ流し続けている。


 衣服は着ていない、だが鮮血がドレスのように全身を赤くめかしつけていた。なぜ出血死しないのだろう? あれははたして生きていると言えるのか?


「裏公団の門番、今は遠き神の枯れ果て。『キナ』様でございます」


 返す言葉はなかった。

 おれたちはただ目の前の光景に圧倒されていた。

 

 呪い。


 二文字が頭をよぎる。そうだ、アレは呪いなのだ。

 人間性を損ない、必要不可欠を削いだあとに残る、(まが)つ憎悪の泥。でなけりゃあんな表情はできない。あんな——。


「この世の全てが憎いってツラだね」


 少女の相貌は空虚を強く睨みつけ、黒く変色するまでに鬱血していた。もしも様を表すに一番近い言葉があるとすれば。


「鬼や」


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